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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第四章
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第四章 その1


   魔砲世界の絶対剣士



  0


 そのひとはきっと悪いひとだと思った。

 もしかしたらこの世界をめちゃくちゃにしてしまうようなひとなのかもしれないとわかっていたけれど、わたしはそのひとを見捨てることができなかった。



  1


 警報が鳴っている。

 けたたましいというより、どことなく空虚な、のんきそうな音で、しかし警報が鳴ったということはさっそくこちらの侵入に気づかれたということだ。


「やっぱり、やめたほうがよかったんじゃないの?」


 カナタの言葉にギンガは振り返り、


「いまさら言っても遅いやろ。それとも、ちょっとした手違いでしたって謝ってみるか? 許してくれるとは思えへんけどな。捕まって、拷問されて、情報を抜き取られて、そのへんの川にぽいやで。それか、洗脳されて廃人になるかやな」

「う、それは嫌やけど。いや、でも、そんなことされへんやろ、ふつう」

「わからんで。なにしろ相手は巨大やからな。なにがあってもおかしくない」

「だから、慎重にやるべきやったんちゃうん」

「慎重にやって、これや。おまえもさっきは同意してたやろ?」

「そう、やけどさ」

「あたし、イケメンにやったら拷問されてもええなー」

「脳みそ桃色のミオンはほっといて、ま、こうやって警報が鳴りゃ雑魚は消える。いちいち雑魚をのしていくよりはこのほうが楽ってもんやろ」


 そうかなあ、とカナタは呟きながらずれる丸メガネをくいと上げた。

 そうや、とギンガは断定的に言って、人気のない広場を見回す。


 王立フィラール魔砲師学校の、正門を突破したところ。

 目の前には巨大な噴水のオブジェがあり、広場もかなりの広さだったが、人気はなかった。


 警報が鳴り出して一分と経っていない。

 避難したにしては早すぎる。

 おそらくいまは授業中で、生徒たちはもともと校舎の教室にいたのだろうと判断し、ギンガは広場を横切った。


 広場の西側は石畳の道になっていて、そこを進むと向かって右側に大きな建物が見えた。

 それが校舎かと思ったが、八階建ての建物はさすがに校舎としては大きすぎる。

 おそらく学生寮かなにかだろう。

 さすが王立フィラール魔砲師学校、世界一の魔砲師養成学校と呼ばれるだけあり、立派な施設だった。


 そもそもこの敷地自体、尋常ではないほど広い。

 ちいさな町ならすっぽり入ってしまいそうな規模で、そんな空間を優雅に使って建物が点在している有り様を見ると、どうにも伝統にあぐらをかいているようにしか思えなかった。


「ふん、まあ、ええわ。いまはそうやってふんぞり返ってれば。そのうち、そんな態度も取れんようになる――いくで、ふたりとも。三人固まって行動する。離れんなよ」


 ギンガはかけ出した。

 カナタとミオンがそれに続く。

 ギンガとカナタはフィギュアであり、すでに〈血の契〉を済ませ、ミオンも学校に到着する前の汽車でそれを済ませていたから、いつでも戦闘可能な状況だった。


 さあ、出てこい、王立フィラール魔砲師学校の魔砲師たち。

 ギンガは校舎を目指しながらにやりと笑う。

 目にものを見せてやる。



  *



 警報が鳴り出し、リクとソフィアが出ていってしまったところで、桐也、ユイ、玲亜、レンの四人、そして封印を解かれて真の力を取り戻した妖精王は、いったいどうしたものか、としばらく使われていない教室のなかでぼんやり待機していた。


「なにが起こったんだろうな。なんか、侵入者がどうのこうのって言ってたけど。不審者でも入ってきたのかな」

「ただの不審者なら、こんな警報は鳴らないと思いますけど」


 ユイはすこし不安そうな表情でぴーぴーと鳴っている警報に耳を澄ませた。


「それに正門の警備は厳重ですから、よほどのことじゃない限り、そこを突破されるなんてことは……」

「その、よほどのこと、ってやつがあったってことだろ」


 腕組みをし、レンは呟いて、ふわあとあくびを洩らす。


「ま、どっちみちあたしたちには関係ないことだよ。あーあ、眠たい。早く教室戻って居眠りしたいな」

「レンちゃん、昨日寝不足だったの?」


 と玲亜。


「いや、十一時間くらい寝たけど」

「寝すぎだよっ。レンちゃん、こんなこと言いたくないけど、たくさん寝たってレンちゃんの胸はそれ以上育たな――むぐっ」

「最後まで言わせるか! おまえは、まったく――そんな理由で寝てるんじゃねえっての。それに、ま、まだ育つかもしんないだろ」


 たとえばあんなふうに、とレンは頭上をふよふよと浮かんでいる妖精王を見上げる。

 妖精王のそれは、いや、それに限らず、その身体は、まるで人間の理想型を集約したような輪郭だった。

 それに匹敵する体型を、とはさすがに高望みだろうが、せめてその一部くらいは、と妖精王をじっと仰ぎ見ていると、妖精王はふと視線をレンに落として、


「娘よ、現実を認めるということも大事なことだぞ」

「く、くっ、どいつもこいつも……!」

「とにかく、まあ」


 と桐也は後ろで繰り広げられる会話は聞こえないふりをして、


「おれたちも教室に戻ったほうがいいかもな。生徒を教室に避難させて、とかなんとか言ってたし。教室に戻ったらもうちょっと詳しいことがわかるかもしれない」

「そうですね。じゃあ、一度教室に戻りましょうか」


 ということになって、四人と一体は使われていない教室を出た。

 桐也とユイは三年生の教室、玲亜とレンは一年生の教室で、妖精王は玲亜についていくようだったから、一階の階段の前で分かれようとした、そのとき。


「む、後ろからなにかきたぞ」


 妖精王がそう言った瞬間、桐也たちが立っていた廊下の窓ガラスが一斉に砕け散った。


「わっ――」

「きゃあっ――」


 吹き荒れたのは風である。

 目も開けていられないほどの暴風。

 それが窓ガラスを粉々に砕き、廊下に入り込む。


 なにが起こったのかわからないまま桐也は妖精王からもらった剣を抜き、鞘を捨てた。

 容易ならぬ敵がきたと、本能が告げている。


 風が止んだ。

 しずかになった廊下で、かしゃん、と音が鳴った。

 だれかが粉々になった窓ガラスを踏んだ音。


「後ろ!」


 桐也は叫び、同時に振り返りながら剣を振っている。


「うお、危ねえ!」


 と声が聞こえ、いくつかの足音が入り乱れて、桐也はようやく敵の姿を確認した。

 いつの間に廊下へ入ってきたのか――あの暴風に乗って入ってきたとしか思えなかったが、そこに立っているのは、桐也たちとさほど年齢が変わらない三人の少年、少女だった。


 うちふたりが男。

 ひとりが女である。


 男のうち、ひとりが小柄で、もうひとりは丸メガネをかけ、目を見開いて桐也を観察している。

 小柄な男のほうはポケットに手を突っ込んだままじっと桐也を見ていたが、得物を持っている桐也と相対しても余裕を失わず、にやりと笑ってみせた。


「ずいぶんおもしろいやつがおるんやな、ここには――魔砲師のくせに、剣を使うんか?」


 相手を小馬鹿にするような、小柄な男の態度だった。

 桐也はその挑発には乗らず、三人の様子をしずかに観察する。


「なんだよ、おまえ。ここの生徒じゃないな」

「ああ、もちろんここの生徒ちゃうで。そうやな、あんたらからすれば侵入者ってやつかな?」

「おまえらが――なにしにきたんだ。何者だよ」

「質問が多いな。ええで、オレに勝ったらなんでも答えたるわ――ミオン、カナタ、おまえらは残りのやつらをやれ! オレはこいつを引き受ける」


 小柄な男はそう叫び、割れた窓の外へ飛び出した。

 桐也は一瞬、迷う――しかしユイがしっかりとうなずくのを見て、この場は残りの三人にまかせて男を追った。


 男は校舎の外で桐也を待っていた。

 相変わらずポケットに手を突っ込んだまま、悠然と、あるいは挑発するように桐也を見ている。


「その剣、変わった形やな」

「妖精王の剣なんでね」

「妖精王? へえ、あの伝説の、ねえ。それやったら、さぞかし強いんやろな。試しにやってみせてや。オレの身体でも斬ってみるか?」


 男はポケットから手を出し、両腕を広げた。

 隙といえば、これ以上ないほどの隙である。

 一瞬で距離を詰めて男に剣を当てることはできると桐也は確信したが、迂闊に飛び込むのは危険だとも感じていた。


 なにか、この男は企んでいる。

 正攻法ではない、奇策をもって待ち構えているような雰囲気。


「どうした、やらんのか? 妖精王の剣ってのは、はったりやったんかな」

「おまえの目的はなんなんだ?」

「あんたに言う必要はない。ま、別にあんたを殺しにきたわけでもないし、生徒のだれかを殺しにきたわけでもない。ちょっとした挨拶みたいなもんや。ただの挨拶やったらおもろないからな、こういう形を取らせてもらったが」

「挨拶、ねえ――おれも、おまえを殺すつもりはない。正直、この剣はまだもらったばっかりで使い慣れてないんだ。下手したら怪我じゃ済まないかもしれない」

「ええで、恨みはせえへん。オレは魔砲師や。戦いのなかで死ぬ覚悟はある――なんて、ま、ほんまは死にたくないけどな。でもちょっとくらいは楽しもうや、剣士さんよ」


 男の広げた両手に、ぽん、と水の玉が浮かんだ。

 人間の頭ほどの大きさで、透明な膜に捕らわれているように空中で揺れて波打ちながら浮かんでいる。


 ――水の魔砲師か。

 桐也は身構えた。


「水って、一見害がないように見えるやろ?」


 男は両手に水の玉を浮かせながらにやりと笑う。


「でも、案外危ないもんやからな――はあっ!」

「む――」


 ぶんと水の玉が放り投げられる。

 動きは不規則だが、さほど早くはない。

 桐也は余裕をもって水の塊を切り落とした。

 ばしゃんと音を立てて水が広がり、その飛沫が桐也に振りかかる。


 男は横へ走り、さらにふたつ、三つと水の塊を桐也に向かって投げつけた。

 それも攻撃にはちがいない。

 しかし所詮、ただの水である。

 桐也はそのすべてを切り落とし、一面水浸しになった中央に立って男を見る。


「なんの遊びだ?」

「慣れてへんっていうわりには剣の扱いがうまいやないか。ま、正直、オレは正面切っての正々堂々の戦いなんてのは苦手なんや。頭を使うほうが得意やからな――だから、悪いけど、ちょっと卑怯な手を使わせてもらう」

「なに――」


 男はぱっと両手を合わせた。

 また水を生み出すのかと思ったが、ちがう――桐也は足元の濡れた地面が白く凍りついていくのに気づいた。


「そうか、くそ――」


 男の狙いに気づいたが、全身ずぶ濡れになった状況には変わりなかった。

 桐也はその場から飛び退く。

 それを、白い霜のような氷が空気中の水分を凍らせながら追った。


「残念ながら、水分が存在しない場所なんて、この世界にはないからな」


 乾いた地面に着地したつもりだったが、着地の瞬間、すでに足が凍りついて動かなくなっていた。

 濡れた服が、肌が、足元から徐々に凍っていく。

 桐也はもがいた。しかし氷は砕けるどころか、さらに硬くなり、何重にもなって桐也の足を覆った――氷自体がさらに水を作り出し、その水が凍り、さらに水が生み出され、という繰り返しで、ものの三十秒ほどで桐也の下半身は三十センチ以上ある氷で覆われた。


「さて――」


 男はポケットに手を突っ込み、ゆっくりと桐也に近づく。

 もちろん、自由に動かせる腕の間合いには近づかず、氷漬けになった姿をじっくり眺めた。


「今日は暑いから、ちょうどええやろ」

「……水の魔砲師は、こんなこともできるのか」

「あんたがなんの魔砲師なんかは知らんけど、これくらいはわかるやろ――オレはいつでもあんたの全身を氷漬けにできる。腕も、顔も。そうすりゃあんたは窒息死や」

「やらないのか?」

「氷の像になりたい願望があるっていうならやってもええけどな。なあ、その剣、詳しく見せてや。オレも剣は好きでな――」


 男がもう一歩近づいた瞬間、桐也はぶんと剣をふるった。

 男はまだ間合いに入ってはいなかった。

 剣も男に向かって振ったのではない――自分の下半身に向けて振り下ろしたのである。


 ぎん、と一瞬固い氷に刃が阻まれた。

 三十センチ以上もある氷である。

 いかに鋭い剣でもそう簡単には砕けない、と高をくくっていた男は、さすがに驚いたように目を見開いた。


 剣先が氷が弾かれたと思った瞬間、氷全体にひびが入り、きいん、と金属が共鳴するような音を立て、砕け散ったのである。

 しかも、砕け散った氷はすぐさま水に変わり、土に染みこんで消えた。


 桐也は驚いて一瞬反応が遅れた男にすっと剣先を突きつけた。


「悪いけど、この剣は魔砲の力を打ち消せるらしくてな」


 桐也はかすかに笑った。


「おれもはじめて使ったけど、なるほど、こうなるのか」

「――ちっ、油断したか」

「お互いさまだ。さて、どうする?」


 はじめて悔しげに顔をしかめる男に、桐也はすっと剣を引いた。

 とどめは刺さない。

 しかしもう一度やるなら受けて立つという態度だった。


 男も身構える。

 負けたままで終われるかと、頭では次の策を練っている。


 ふたりは三メートルほど距離を置いて向かい合い、どちらかともなく二回戦をはじめようと気合いの声を上げようとした瞬間、


「ちょ、ちょっと待ったー!」


 なんとなく間の抜けた声が割って入り、ふたりは同時に振り返った。


「それ以上争うのは先生がゆるし、あっ、ゆ、ゆる、ゆる――!」


 駆け寄ってきただれかが、なにもないところでつま先をつっかけ、しばらく粘ったものの、ばたりと倒れた。


 しばらく沈黙。

 ええっと、と桐也が困った顔をすると、男のほうは深々とため息をついた。


「すまん、あれ、うちの関係者や」

「そ、そうか……思いっきりコケたけど、大丈夫なのか?」

「いつものことやし、ほっとけば立ち上がる。でも、ま、これ以上は無理やな」


 男はもう一度ため息をつき、仕方ないというように倒れた人影に近づいていった。


「先生、いつまで寝てんねん。あの状況から言ってクソ恥ずかしいのはわかるけど、さっさと起きぃや」

「べ、別に、恥ずかしいからずっと倒れてたわけじゃないですから」


 起き上がったのは若い女性だった。

 スカートを払い、髪を直し、その頬はたしかに赤い。


「とにかく、あなたたち、争いはやめな……あれ、もう、争ってない?」

「はあ……こんなでも教師なんやから、やってられへんよなあ」


 つくづくというふうに呟く男に、なんとなく同情できるような気がした桐也だった。

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