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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第三章
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第三章 その8

  8


「儂の封印を解くためには、特別な空間に入らなければならない。言ってみれば儂の身体のなかだ。儂は肉体を持っているのではない、単なる空間面でしかないからの。境界線の向こうに行かなければ、封印を解くことはできぬ。儂のなかのどこかに封印の鍵がある。鍵を見つけ、外せば、封印は解ける。まあ、体感してみればわかる」


 妖精王の説明は理解できるような、できないようなもので、まあ要するにがんばれ、というのとなんら変わりないような気もしたが、懇切丁寧に説明されても理解できるとは思えなかったから、ともかくやるしかないらしかった。


「……で、なんでおれたちがその担当に選ばれたわけ?」


 ここは校長室ではない。

 いまは使われていない教室のひとつに、桐也たちは集められていた。


 集められたメンバーは全部で四人――いつものように、桐也、ユイ、玲亜、レンである。

 教室にはほかに、リクとソフィアもいる。

 彼らは実際に封印解除には参加しないが、なにか起こったときのために見守っているのが仕事だった。


「優秀な魔砲師のほうがいいなら、絶対おれたちより先生のほうがいいと思うんだけど」

「人選は儂がした」


 妖精王はふよふよと浮かびながらにやりと笑う。


「なにしろ、儂の体内に取り込むようなものだからの。知らぬ人間より、知っておる人間のほうがよい――なんだ、キリヤ、儂のなかに入るのがそんなに嫌か?」

「う、い、いや、別にそういうわけじゃ――」


 他意はない。

 他意はないとわかっていながら、桐也はつい妖精王の漂う髪が隠しているだけの豊満な身体を見て、横にいる玲亜から脇腹を小突かれる。


「危険はないんですね、妖精王さま」


 ソフィアが感情の見えない声で言った。

 妖精王はちらりとそちらを見て、


「ない、とは言えぬ。下手をしたら儂のなかの空間、未視空間ヴィジョン・ゼロから抜け出せぬようになるかもしれぬ。とくに封印解除に失敗したときは、儂でも助け出せるかどうかわからぬが、しかしできるとすればこの四人しかおらぬのも事実。いかにおまえたちが優秀な魔砲師でも、未視空間で魔砲は使えぬからの」

「……では、仕方ありません」


 ソフィアはふうと息をついた。

 桐也としてはもうちょっとソフィアにはがんばってもらいたかったが、仕方ない、どうやら得体のしれない空間に飛び込むことが自分の運命らしいと諦める。


「ユイ、悪いな、こんなことに巻き込んで」

「いえ、そんな――」


 桐也や玲亜に遅れること二十分ほど、結局授業中に呼び出されることになったユイは、桐也を見て軽く首を振り、微笑んだ。


「わたしたち、フィギュアですから、いっしょに行動するのは当たり前ですよ」

「う、そ、そうかなあ」

「……お兄ちゃん、さっきからずっとでれでれしてる。妖精王さんとユイさん、どっちがいいわけ?」

「べ、別にどっちとかそういうもんじゃないだろ。あとでれでれもしてない!」

「なあ、あたしも行かなきゃいけないのか?」


 とレンは気だるそうに言った。


「別に妖精王の封印なんて興味ないし、あたし、別に役には立たないよ、たぶん」

「まあ、そう言うな」


 妖精王はレンの頭上を漂いながらぽんぽんと頭を撫でる。


「なかに入れば案外楽しいかもしれぬぞ。未視空間は、この空間とはなにもかもちがうからの。時間もなければ、物質もない。あるのは幻。夢のなかのようなものだ。四人のうちのだれかが封印を解けばよい。残りの三人は楽しい夢でも見ているがいい――では、そろそろはじめるか」

「どうやればいいの?」

「そこに輪になれ。互いに手をつないでな。その手は離すな。手を離せば、幻の世界で迷って戻れぬようになるぞ」


 桐也たち四人は、言われたとおり手をつないで輪になった。

 その空間の真ん中に妖精王が立つ。


 手を離すな、と脅されたから、桐也の手を握っている玲亜とユイも力が入っていた。

 桐也とは直接手をつないでいないレンは桐也の正面に立っていて、目が合うと、なぜか気恥ずかしそうに視線を逸らされた。


 未視空間とは、いったいどんな空間なのか。

 夢のようなもの、と妖精王は言うが、それがどれだけ本当なのかもわからない。

 そもそも封印がどんなものなのか、どうやって封印を解くのかもまったく知らされてはいなかったが、それを聞いても妖精王は「見ればわかる」としか言わなかった。


「なにしろ世界そのものが幻だからの。これといった形はない。しかし見ればそうとわかるはずだ。なにしろ見た人間にとっての封印の形をしておるだろうからの。よし、準備はいいな。四人とも目を閉じよ――そして、深く眠れ」


 囁くような声だった。

 眠れって言われてもな、そう簡単には眠れないよ、と桐也は思うが、そう思いながらも急激に身体が重くなるのを感じる。


 眠気などという生易しいものではなかった。

 落下である。

 身体が強烈な重力に引っ張られ、地中へ落ちていく。


 桐也はすさまじい落下の感覚を覚えながらも両手だけは強く握りしめていた。

 はじめはその両手に玲亜とユイの手の感触があったのだが、いつしか感触が失われ、落ちているのか昇っているのか、自分が手をつないでいるのかいないのか、起きているのか寝ているのかなにもかもが曖昧になっていく。


 そこは、白い世界だった。

 一面が白く、上下も左右もない。


 まるで白い紙のなかに閉じ込められたような気分だった――と思うと、足元に一本の黒い線ができる。

 桐也はその線上にゆっくり降り立った。


 地面だ。

 白い空の下に、無限に続く黒い地面がある。


「……ここが、未視世界ってやつ?」


 あたりを見回してみても、視線を止めるべきものはなにもなかった。

 建物もないし、空には太陽もない。

 ただ一面がまっ白で、まわりには玲亜たちの姿もなかった。


 桐也は自分の手を見下ろして、


「やばいな。手、離しちゃったのかな……玲亜たち、無事だろうな」


 まあ、このなにもない空間なら危険はないだろうと思うことにして、桐也はともかく無限に続いている地面を歩き出した。


 地面にはおうとつもなにもない。

 のっぺりした漆黒で、覗きこむと自分の姿が映り込む。


 そんな地面をしばらく歩いても、当然のようにまわりの景色は変わらなかった。

 このまま手がかりもなにもないまま歩き続けるのか、と思った矢先、桐也は背筋にぞっとしたものを感じて慌てて身体を折り曲げた。


 先ほどまで桐也の頭があった場所を、ひゅん、と鋭い風切音を立て、なにかが通過する。

 桐也は前に転がり、距離を取って起き上がった。


 そこに立っているのは、人影である。

 人影としか言いようがない。


 黒くのっぺりした人型のなにかが、そこだけはっきりと色彩がある日本刀を持ち、桐也と相対していた。


「おいおい、問答無用で首を落とすつもりかよ――」


 桐也は思わず自分の首を撫で、無意識のうちに対抗するための武器を探した。

 武器はあった。

 桐也はいつの間にか人影と同じ日本刀を右手に持っていた。

 それがいつ現れたのか、どこから握っていたのかはわからなかったが、そんなことを考えるひまもなく、人影が飛びかかってくる。


「やるしかねえってことか――!」


 桐也は刀を構え、人影をにらんだ。



  *



 無限の道。

 一本道で迷いようはないが、しかし、どこにも繋がっていないのではないかと思うような、細い道だった。


「うー、どこまで歩けばいいんだろ……」


 玲亜はもうずいぶんその道を歩いていた。

 周囲は一面白く、どれだけ歩いても変化がなかったから、実際に歩いているのか、歩いた気になっていて本当は一歩も進んでいないのか判断することはできない。

 しかしすくなくとも止まっていれば前には進まないだろうと、玲亜はこのなにもない一本道をひたすらに歩いているのだった。


「お兄ちゃんたち、大丈夫かなあ。このまま歩いていけば封印があるのかな……うー、だれかー、返事してよー!」


 玲亜の声は空間に反響するだけで、どこからも返事はなかった。

 玲亜はため息をつき、歩き続ければなにかあるはずだと信じて、また足を動かした。


「はあ、退屈だなあ……」



  *



 このところ、仕事以外のことがなにもできないほど忙しい日が続いていた。

 王宮に務める魔砲師とはそういうものだとは聞かされていたが、それにしてもこんなに忙しいのかとユイはすこし参ってしまいそうになるが、これが憧れていた仕事なのだと気を取り直す。


 王宮には日々、いろいろな情報が送られてくる。

 周囲の国の情報であったり、敵対する可能性がある国にスパイとして侵入している魔砲師からの報告であったり、そうした無数の情報に優先順位をつけて国王への報告へ回すというのがユイの仕事だった。


 正直、その仕事自体は、魔砲師でなくてもこなすことができる。

 しかし王宮で働ける人間はみな優秀な魔砲師と決まっていて、王宮に入るということはすなわち一流の魔砲師としてこの国に貢献することに他ならなかった。


 ユイはずっと、そんな魔砲師になることを夢見ていた。

 祖父のような、ひとの役に立つ偉大な魔砲師に。


「ユイ、がんばっているかい」

「あ、おじいちゃん!」


 ユイは仕事の手を止め、部屋の入り口に立っている祖父を招き入れた。

 祖父はにこにこと笑いながら椅子に座り、テーブルいっぱいに広げられた情報を眺める――ユイはふと、その光景に違和感を覚えた。


 祖父はもう何年も前に亡くなったはずなのに、どうしてここにいるんだろう。

 それに、自分はもう大人になったのに、祖父は最後に見たときの姿のまま、すこしも年を取っていないように思える。


 しかし祖父のひとのよさそうな笑顔を見ているとそんな疑問はどうでもよくなり、ユイは大好きな祖父が見守る前で仕事を再開した。


「なかなか大変な仕事だろう。一日中、神経を使わなければならない」

「うん、でも、その分やりがいもあるから、大丈夫。それにおじいちゃんのときはもっと大変だったでしょ?」

「そうだな……わたしの時代は戦争があった。優秀な魔砲師は、こんなふうに裏方として働いたりはしなかったんだよ。わたしの時代の魔砲師はそのまま優秀な兵士でもあり、指揮官でもあった」

「おじいちゃんはそこで活躍したんだよね。それで、当時の王さまから三つ目の名前をもらって貴族になった」

「運がよかっただけだよ。そして、ユイ、忘れてはいけないのは、わたしが運がよかった分、敵国のだれかは不運だったということだ。戦争とはそういうものだ。ひとつしかないものをふたりで取り合うんだからね。どちらかが手に入れれば、もう片方は手に入れられない。どちらが手に入れるのかは、ときに実力で決まり、ときに運で決まる。わたしの場合は運で決まることが多かった」

「でも、おじいちゃんは偉大な魔砲師だって、みんなが言ってる――どうしてそんなに悲しそうな顔をするの? わたしたちはみんな、おじいちゃんのことを誇りに思ってるよ」

「そしてその分、あの当時敵だっただれかの家族はわたしを憎んでいるだろう。わたしは憎しみと引き換えに爵位をもらった。爵位にそれだけの価値があるかどうかは、わたしにはわからなかった。しかし……そう、戦争というものは、愚かなほうが勝利するのかもしれない。こんなことはもうやめようと、冷静になったほうが負けてしまうんだ」

「そんなこと言わないで。おじいちゃん、わたし、おじいちゃんみたいになりたくて、魔砲師になったんだから」

「ユイ、わたしを追いかけるのはやめなさい。ひとは、本当に自分が望んでいるものに気づくことがなによりもむずかしい――しかしそれに気づかずに過ごす人生はとても苦しいものだ。ユイ、わたしは、おまえには幸せになってほしいんだ。わたしのようになりたいと思い、こうなったのなら、いまこうしていることが幸せかどうか、もう一度考えてみてほしい。もし幸せだと思わないなら、悪いことは言わない、早く自分が本当に望むものに気づくんだ」


 祖父は椅子から立ち上がった。

 ゆっくりと、戦争で傷めた片足を引きずりながら部屋を出ていく。


「ユイ」


 入り口で祖父は振り返り、いつものやさしい笑顔を浮かべた。


「おまえがどうなっても、わたしはおまえのことを見守っているよ。おまえは、おまえが望むように生きなさい。それがわたしの幸せだ」

「おじいちゃん――」


 ユイは祖父を追い、部屋を出た。

 しかし祖父の姿はどこにも見えなかった。

 ユイは部屋に戻ろうとして、立ち止まり、部屋のなかには入らず、王宮のなかをゆっくりと歩いた。


 自分が憧れていた場所。

 いま自分が立っている場所。


 ユイはゆっくりとそれを確かめてまわり、そして最後に、ちいさく首を振った。

 その瞬間、王宮は消滅した。


 まっ白な世界のなかで、あとに残ったのはユイひとりだけだった。

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