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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第三章
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第三章 その4

  4


 実行は翌日の早朝ということになった。

 それまでのあいだに各自手分けをして媒介を回収するということになり、簡単に手に入るものはその日のうちに入手しておき、ユークリッドの剥製標本はその日の午後こっそり無許可で借りて、残すはバラネラの葉を伝う朝露だけだった。


「よし、落とすぞ。ちゃんと構えてろよ」

「りょーかい――お、きたきた!」


 学校の西の端に植えられた、まだ高さ二十センチほどの植物。

 鮮やかな緑に輝くその葉をレンが揺らすと、透明な水滴がひとつ、つつと葉の表面を伝い、葉の先端で待ち構える備品室から拝借した試験管のなかに、ぽつり、と流れ落ちた。


 たったの一滴だが、バラネラの葉を伝う朝露にはちがいない。

 玲亜は試験管のなかに溜まった水滴を眺め、にしし、と笑う。


「これで媒介は全部揃ったよね。あとはフェンリルちゃんを呼び出すだけ……!」

「そんなにうまくいくとは思えないけどなあ」


 レンはすこし呆れたように言ったが、はじめはまったく不可能だと思っていたことがいまではもしかしたらうまくいくかもしれないというところまで進んでいることに気づき、玲亜の前向きさに改めて驚く。

 もしどこかで諦めていれば、当然ここまで計画を進めることはできなかった。

 かなりの偶然があったとはいえ、結局、ここまで聖妖精フェンリル召喚計画が進んだのは玲亜のおかげであることは間違いない。


 まあ、そもそも玲亜が言い出し、玲亜がやりたいだけのことだから、おかげ、というのもおかしな話ではあるが。

 自分はどちらかというとフィギュアとして付き合わされているだけだし。


「でもさ、もしフェンリルを呼び出せたとして、それはそれで先生から怒られるんじゃないのか? 勝手にそんなことして、って」

「う、まあ、そうかもしれないけどさー」


 と玲亜は試験管を前後に揺らしながら唇を尖らせる。


「怒られるかもしれないって思ったらなんにもできないよ。それに、そのとき楽しかったら、怒られてもいいでしょ。怒られるときはみんないっしょなわけだし」

「みんないっしょっていうか、おまえ以外はみんな巻き込まれただけだけどな」

「む、レンちゃん、冷たい」

「あたしは最初から冷たいよ」

「うそだ、ほんとはいいひとなくせに!」

「い、いいひとじゃないって。あたしなんか、あれだ、捨て猫とかいても、絶対見捨てるし。ゴミとかそのへんに捨てるし」

「あー、はいはい、そうですねー」

「くそ、腹立つ反応……」


 ともかく、召喚魔砲を行う場所として選んだ大きめの演習場へ戻ると、すでに地面に媒介をずらりと並べ、桐也とユイが待っていた。

 ふたりとも、なんだかんだといって協力してくれているのである。


「おまたせー。見て、ちゃんと採れたよ!」

「おお、できたか。しかしまあ、よく揃ったもんだよなあ」


 桐也は地面に並べられた十数個の媒介を眺め、感慨深そうにうなずいた。

 その媒介には、一見したところ、なにも法則性はないように思える。


 たとえば聖妖精フェンリルの召喚に必要な媒介は、バラネラの葉を伝う朝露とユークリッドの毛以外に、クロガエルの卵の殻だとか、ヴィリア石の破片だとか、挙句の果てに乙女の涙なるものも必要で、それはレンが無理やりワサビを食わされて収集されたのだが、ともかくそんな妖精とは無関係そうなものばかりが集められている。


「……そもそも、乙女の涙って、そういうことなのか? なんか、そういうふうに呼ばれてる宝石とかじゃなくて?」

「宝石とは書いてないんだから、ほんとの乙女の涙でいいんじゃない?」

「じゃ、おまえの涙でもよかったわけだろ、レイア」

「えー、でもこのなかでいちばん乙女なのってレンちゃんじゃん」

「どこがだよ、ワサビ鼻に詰めるぞ」

「まあまあ、もう済んだことだし」


 桐也がとりなし、ユイがくすくすと笑う。

 玲亜はバラネラの葉を伝う朝露が入った試験管を、体長一メートルほどのユークリッドの剥製標本の横に並べた。


 これで、一応、準備は完了である。

 玲亜はふうと息をつき、精神統一のために目を閉じた。


 そしてかっと目を見開き、はあっ、と気合いを入れた声を上げ、両手を突き出した。

 そのまわりで三人は固唾を呑んで見守った。


 そして――、


「……あ、そうだ、まだどうやって召喚したらいいのか聞いてなかった」

「知らんかったんかいっ。おもむろに目つぶったからもうやり方知ってるのかと思ったのに!」

「えへへ、失敗失敗――で、ユイさん、どうやったらいいの?」

「え、ええっと……」


 ユイは図書館から借りた――こっそり持ち出したとも言う――本をめくる。

 そのあいだ、レンは何気なく空を見上げる。


 まだ早朝、日が昇るかどうかという時間帯だった。

 空の西側は暗く、東側からはぼんやりと太陽の光が見えはじめているが、空にはまだ星も輝いているし、いびつな形の巨大な月も消えてはいなかった。


 月は今日もまんまるの左上だけがすこし欠けたような形で、空を占領していた。

 レンはなぜか昔からその月が苦手だった。


 怖い、というより、月がよく見える日は、決まってなにか悪いことが起こっているような気がする。

 ――家族が事故で死んだのも、月がよく見える夜だった。


「――レンちゃん」


 玲亜がユイからレクチャーを受けているあいだ、桐也がするりとレンに近づき、同じように空を見上げる。


「玲亜と仲よくしてくれてありがと」

「……なんだよ、突然?」

「いや、別に、深い意味はないけど」

「あたし、そういうの、嫌いなんだ」


 ふん、とレンは鼻を鳴らす。


「別に、仲よくしてあげなきゃって思ったからレイアと仲よくしてるわけじゃない。そんなに親切じゃないんで」

「……レンちゃん、玲亜から聞いたとおり、いい子だなあ」

「ど、どこが? ぜんぜんいい子じゃねえし」

「ま、でも、玲亜もいいやつだろ?」

「……まあ」

「自慢の妹なんだ」

「……血はつながってないって聞いたけど」

「血のつながりなんて関係ない。自分の兄弟だって、ほんとに血がつながってるのかどうかなんてわかんないだろ? いちいち血液検査で調べるわけでもないし。ただいっしょに育って、お兄ちゃんって呼んでくれてるんだから、血のつながりがあろうがなかろうがおれの妹だよ」

「ふうん……」


 ちょっと、うらやましいな、と思う。

 玲亜がうらやましいのか、桐也がうらやましいのかは自分でもわからなかったが。


「よーし、完全に理解した!」


 と玲亜が声を張り上げる。

 そのとなりでユイが「ほんとかなあ」と心配そうな顔。


「要するに、あれだよね、いまじねーしょんとぱっしょんが大事ってことだよね?」

「ま、まあ、そう……ですかね?」

「大丈夫、任せて。いまじねーしょんとぱっしょんならだれにも負けないから」


 その自信がどこからくるのかはわからないが、なんとなく玲亜ならやってのけそうな気がするのも不気味だった。


 ともかく、玲亜は再び並べた媒介の前に立ち、目を閉じる。

 レンたちはそれからすこし離れた後方で様子を見守った。


「……成功、するかな」


 とレンが呟くと、桐也はどうかなと首をかしげて、


「ま、失敗しても危険があるわけじゃないし。ただ召喚できないだけなんだから」

「……って言いながら、それは?」

「ああ、これ?」


 桐也は片手に持った鉄の棒をちょっと掲げた。


「鉄の棒」

「それは見りゃわかる」

「もし召喚が成功したら、妖精が言うこと聞かなくて暴れ出すかもしれないってユイが言うからさ。そのとき用の武器」

「……鉄の棒で妖精をなんとかできるのか?」

「鉄の棒さえあればだいたいは倒せるよ」

「鉄の棒すげえ」


 すごいのはおれだと思うんだけどなあ、と桐也が寂しそうに呟くのは無視する。

 玲亜は媒介の前でしずかに呼吸を整えていた。


 早朝の冷たい空気が肌にぴりりとする。

 嫌な予感がした。

 月のせいだとレンは思う。

 月が、あんなに大きく輝いているから。

 早く太陽が昇ってくれればいいのに。

 月を覆い隠す、大きな光が。


「――あ」


 ユイがちいさく声を上げ、自分の腕を抱いた。


「まわりのエレメンツが集まってきます――すごい量――」


 レンも、おそらくはユイよりも鈍い感覚なのだろうが、同じような気配を感じていた。

 風とはちがう、しかし目には見えないなにかが、媒介を並べた一帯に向かってするすると落ち込んでいく。


 一度の魔砲で使うエレメンツの量とは比べ物にならない規模だった。

 周囲からエレメンツがすべてなくなってしまうのではないかと思うほど大量のエレメンツがそこに吸い込まれ、媒介の真上、空中一メートルほどのところにわだかまり、渦を巻きつつあった。


 レンにはかすかにそれが見える。

 視覚ではなく魔砲師としての感覚で、それを感じる。


 ユイはさらにはっきりとエレメンツの流れを見ているのだろう。

 驚いた表情を浮かべ、無意識のうちにとなりにいた桐也の腕を掴んでいる。


 ――なにかが出てくる。

 集められた大量のエレメンツを食い破るようにして、なにかが。


「むむむ、いでよ、聖妖精フェンリル!」


 玲亜がばっと両腕を上げた。

 それを合図にエレメンツがはじけ飛ぶ。


「きゃっ――」


 ユイが思わず顔を背け、レンも目を細めた。

 エレメンツの塊が一瞬にしてはじけ飛んだかと思うと、そこからぬるりと影が現れた。


 実体を持ったなにかが、なにもないはずの空中に現れる様子を、桐也も見る。


 まず見えたのは、青紫色の触手だった。


「……でかいイタチみたいな形じゃなかったっけ?」


 イタチに触手なんぞあっただろうか。

 無論、あるはずはないのである。


 レンはその空中から、見るからにぬるぬるとした気持ちの悪い触手が無数にあふれ出してくるのを見た。

 触手の一本一本は人間の胴体ほども太い。

 それが十、二十では足りない数、あふれ出してくる。


「あ、あれ? ふぇ、フェンリルちゃん?」


 玲亜もなにかおかしいぞと気づき、後ずさったが、そのときはもう「そいつ」の全体が空中に現れたあとだった。


 巨大なタコである。

 あるいは、タコ状のなにか、だった。


 タコにしては触手が多い。

 その触手がうねうねと動き、袋状になった本体は半ばそのなかに埋もれているような状態だった。


「これがフェンリル……な、わけ、ないよな?」

「れ、レイア、おまえ、なに召喚したんだよ!」

「し、知らないよぅ! あたしはフェンリルちゃんと召喚したつも――ぎゃあっ!」

「レイア!」


 うねうねとうごめいたい触手の一本が玲亜の背後に近づき、その身体にするりと巻きつくと、いとも簡単に空中へ持ち上げた。

 玲亜が野太い悲鳴を上げ、とっさに駆け寄ったレンは自分の判断を呪った。


「わっ、こ、こっちくんな、ぎゃっ、きゃああっ!」


 新たな触手が地を這うようにレンに近づき、逃げようとした足を掴むとぶんと空中に釣り上げた。

 天地が逆転する。

 しかしそれより足にまとわりつく触手のぬるぬるとした感触が気持ち悪く、さらにそれ以上に、


「こ、こっちはスカートだっての! さ、逆さまはやめろー!」


 両手で必死にスカートの裾を押さえるが、重力には逆らうことができない。

 玲亜とレンを触手に捉えたなぞの怪物は、ぶおおお、とあたりの空気を振動させて吠えた。


「玲亜ちゃん、レンちゃん、すぐに助けます!」


 ユイがポケットからちいさなナイフを取り出す。

 それで自分の指を浅く傷つけると、桐也も同じように血を流し、ふたりは手を重ねた。


 そしてユイは炎の魔砲を発動しようとしたのだが、〈血の契〉を交わしてからの攻撃ではどうしてもタイムラグがある。

 そのあいだになぞの怪物はぬるぬるとふたりに近づいていた。


「きゃっ、こ、こっちにこないで――!」


 ユイの手から大きな炎が上がる。

 それが、ユイを捉えようとしていた触手の一本を焦がした。


 怪物は苦しげな声を上げたが、無数にある触手の一本が焼かれたくらいではなんら支障はないらしく、叫びながらもほかの触手がユイを狙う。


「ユイ!」


 桐也は鉄の棒を振りかぶり、近づいてきた触手のひとつを叩き斬ったが、それは別の触手がユイの身体に巻き付いたあとだった。


「きゃあっ、ぬ、ぬるぬるはいやああ!」

「く、くそ、ユイまで――」


 桐也はきっと怪物をにらんだ。

 にらんだつもりだったのだが、飛んできた靴が頭に当たる。


「いてっ」

「こっち見んな、ばか!」


 どうやらレンがスカートを押さえながら投げたものらしかった。

 なかなかのコントロール、と感心している場合ではない。


 ともかくこの怪物をなんとかしなければ、と桐也は鉄の棒を構える。

 怪物も、こいつは一筋縄ではいかないぞ、というように、桐也に対しては慎重だった――あるいは、男だから積極的にならなかっただけかもしれないが。


「――はあっ」


 桐也が地面を蹴る。

 空中で触手が迫った。

 ぶんと鉄の棒を横に振り、近づいた触手を叩き落とすどころか、その場で切断してみせる。


 どうと音を立てて触手が落ちた。

 怪物が怒ったように無数の触手を鋭く桐也へ伸ばす。

 それが、ちょうど着地し、身動きが取れなくなった瞬間だった。


「しまっ――」


 触手に遮られて視界が暗くなった、その瞬間、桐也は風の動きのようなものを感じた。

 いや、風ではない。

 もっと曖昧な、しかしたしかに感じる「動き」。


 後ろになにかいる。

 とてつもない力を持った、なにかが。


 怪物が吠えた。

 そして不意に触手から力が抜け、身体が自由になる。


「きゃっ――」

「わっ――」


 触手に捕まっていた玲亜たちも急に解放され、それぞれ地面に落ちる。

 桐也は自分の身体を包み込もうとしていた触手を払いのけ、力の正体を確かめるために振り返った。


 そこにいたのは、白銀の女だった。

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