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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第三章
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第三章 その2

  2


「……で、なんでおれまで呼び出されたんだ?」


 眠たそうな顔をしてのっそり立っている桐也に、そりゃもちろん、と玲亜は胸を張る。


「お兄ちゃんってものは、かわいい妹の言うことならなんでも聞くもんなんだから、当たり前でしょ」

「……え、かわいい妹? え?」

「死ね!」

「ひどい!」


 仲のいい兄妹だこと、とレンがため息をつくと、そのとなりでユイもくすくすと笑った。


 場所は図書館――思い立ったが吉日とばかりに、玲亜とレンはさっそく図書館へやってきたのだが、そこに収められている膨大な本のなかからむずかしい魔砲の使い方が書かれた本を探すのはふたりでは大変だと、急遽呼び出されたのが玲亜の兄である桐也と、そのフィギュアのユイ・モーリウス・スクダニウスのふたりだった。


 レンとしては桐也に会うのはこれが二回目、ユイに会うのははじめてだったが、ユイのうわさは一年にも聞こえている。

 とてつもない素質を持ちながら、三年間もフィギュアがいなかった魔砲師――しかしつい最近フィギュアが現れたらしいという話も聞いていて、それが桐也だと知ったときには驚いたものだった。


 しかしまあ、四人いれば本も見つけやすいだろう、とは思うものの。


「いや、でも、図書館ってはじめてきたけど、えらい広さだなあ……」


 桐也が感心したように、あるいは呆れたように息をついた。

 その実感はよくわかる、とレンもうなずく。


 王立フィラール魔砲師学校は古い伝統を持つ学校であり、その図書館には学校の創立当初から収集された魔砲に関する書物がこれでもかと詰め込まれ、校舎よりもはるかに広い建物ひとつがまるごと図書館になり、それでもなお収まりきらないものが地下の書庫にも収められているというから、すべての本を読もうと思えば一生かかっても足りないのではないかというほどの本の量だった。


 本棚にはそれぞれナンバーが振られ、一からはじまり、一八三三番まである。

 要するに千個以上の本棚がずらりと並んでいるわけで、その様子だけでも圧巻だった。


 ただ、そこから目的の本を探す、しかもその本のタイトルも表紙もわからないとなったら、ほとんど絶望的な作業に思えてくる。


「で、なにを探すんだって?」

「すごい魔砲のやり方が書いてある本!」

「すごい魔砲、ねえ……そんな本、あるのか? そもそも魔砲って本でやり方を勉強して使えるようになるもんなの?」

「魔砲は想像力が大事ですから、本で勉強することもたくさんありますけど……」


 とユイはすこし首をかしげる。

 レンはその上品なお嬢さま的外見のユイがなんとなく苦手で、自然と玲亜のとなりに陣取っている。


「でも、やっぱり突然むずかしい魔砲はなかなか大変だと思います。レイアちゃんも、素質があるんですから、もっと手順を踏んでむずかしい魔砲を勉強すればいいのに」

「だって早く派手な魔砲とか使いたいもん。こう、ばーん! みたいな」

「ばーん、ですか」

「いや、わかるぞ、玲亜。でもな、これは武道にも通じることだが、そもそも人間には地力というものがあってだな、日々の鍛錬で地力を鍛え、それによってはじめてさらに上の武術を学ぶことができるわけで、突然不相応な技術を学ぼうとして――」

「さ、がんばって探そ。急がないと今日中には見つからないよ。レンちゃんとあたしはこっち、ユイさんとお兄ちゃんは向こうのほうからね。じゃ、そういうことでよろしく!」

「……ま、いいけどさ。別に、無視されるくらいなんでもないもんね」

「キリヤくん、元気出してください」


 桐也はユイのぽんぽんと背中を叩かれて慰められながら図書館の奥のほうへ進んでいく。

 仲のいい兄妹に、仲のいいフィギュアである。

 レンはなんだか惚気を見せられたような気になり、ともかくいちばん近くにあった本棚の本を手に取った。


「レンちゃん見つかった?」

「早ぇよ、まだ最初の本開いたとこだって」


 この図書館に収められているのは、基本的には魔砲に関する本のみである。

 一般的な書店にあるような文芸小説、マンガ、料理本やら図鑑やらは置かれていない。


 レンが手に取ったのは紫色の表紙の比較的新しい本で、ぺらぺらとめくると、魔砲師に関する歴史が書かれた本らしかった。

 座学の授業でもやるような、サルバドールがどうの、暗黒時代がどうのという文字を見てさっそく眠気が襲ってくる。

 レンは早々に本を閉じ、本棚に戻してあくびを洩らした。


 次の本も、その次の本も似たようなもので、昔のえらい魔砲師についての伝記だったり、魔砲の仕組みを解説した本だったりで、希望の情報はなかなか得られない。

 レンと玲亜で同じ本棚の端と端から調べはじめ、真ん中で合流すると次の本棚に移り、また合流して次へ――という作業を一時間ほど繰り返したところで、さすがに飽きてくる。


「なあレイア、やっぱりそんな本見つからないよ。もうやめて、昼寝でもしようぜ」

「うー、どこかにはあるはずだよ。だってこんなにいっぱい本があるんだもん」

「そりゃ、どっかにはあるかもしれないけど、そのどっかを見つけるのが大変だ」

「こういうときこそ魔砲が使えないかなあ。目的の本を探す魔砲とか」

「そんなピンポイントな魔砲ないだろ。魔砲っていっても万能じゃないんだし」


 よく、魔砲師ではない人間は魔砲を万能の力のように勘違いするが、すこしでも魔砲について学べばそれが錯覚であることがすぐにわかる。


 魔砲の基本には世界を構成する四つの元素がある。

 それを操る力が魔砲であり、世界を構成している四元素、エレメンツを操ることができるということは、原理的にはこの世界そのものを操ることができるということでもあるのだが、もちろんそんな力を持った魔砲師はいまも昔も存在していない。


 だいたいの魔砲師は、自分の特性であるひとつの元素しか操ることができない。

 それが超一流になるとふたつの元素を操る魔砲師もいて、現代で最強の魔砲師であっても三つの元素が限界だといわれている。


 三つの元素を自在に操ることができれば大抵のことはこなせるのだが、しかし世界そのものを操るには四つの元素が必要であり、たとえば火種がないところに火を熾し、竜巻で街ひとつを壊滅させることはできても、それこそ探している本を魔砲で探し当てることなどできないし、特定のだれかの記憶を消すとか、特定の物体を消滅させるとか、そんな高度なことはできないのである。


「あっ、レンちゃん、見てこれ!」


 と玲亜が声を上げて手招きする。

 もしかして見つけたのかと近づいてみると、玲亜はレンに向かってばっと本を開いた。


 なんだろう、と本に目を凝らしたレンは、思わずのけぞる。


「な、ななな……!」

「エロい本、見つけた!」

「そんなもん見つけてんじゃねえ! は、早く戻せよ!」


 おそらく生徒のだれかがこっそり持ち込んだにちがいないが、それにしても、とんでもない本だった。

 レンは思わず周囲を窺う――幸いいまはテスト前でもないから、図書館は静まり返り、生徒の姿は見えない。


「はあ、びっくりした……」

「あはは、レンちゃんうぶなんだから」

「う、うるさいよ。おまえが変態なだけだろ――ほんと、なんでおまえはそうオヤジなんだよ」

「オヤジじゃないよ、乙女だよ」

「エロ本見つけてよろこぶ乙女がいるか」


 それはもう乙女の殻をかぶったオヤジにちがいない。

 オヤジじゃないんだけどなあ、と呟きながら玲亜は見つけた本を棚に戻す。


「でもレンちゃんがうぶなのはたしかだね。レンちゃん、見た目はかっこいい感じなのに、中身は超乙女だし」

「お、乙女じゃねえよ、別に」

「いや、乙女だね。レンちゃん、じゃあ、いままでだれかと付き合ったこと、ある?」

「……あ、あるよ、そりゃあ、もう、二十人くらい」

「近年まれに見るくらいうそが下手だなあ……」

「だ、だまれ! そそ、そういうおまえは、あんのかよ」

「ないけど」

「ないんかいっ! じゃあいっしょじゃねえかっ」

「でも、好きなひとはいるよ」

「どうせあれだろ、色っぽいお姉さん、とかだろ」

「ううん、お兄ちゃん」

「ほらな、やっぱりおにい……お、お兄ちゃん?」

「そ、お兄ちゃん」


 めぼしい本を物色する玲亜の横顔は、とても冗談を言っているようではなかった。

 普段から冗談しか言わないような玲亜の、めずらしく本気の顔なのである。


 レンは一瞬戸惑う。

 そこは、そう簡単に触れていい場所ではない気がした。

 かといってここで突然話題を変えるのもおかしいし、変な気を遣っていると思われたくもなかったから、本棚から適当な本を取り出し、それを調べるふりをして横目で玲亜を窺いながら、言う。


「お、お兄ちゃんって、その、あのひと?」

「あの変人」

「容赦ないな……でも、その、兄貴なんだろ?」

「お兄ちゃんっていっても、血はつながってないんだ、あたしたち」

「え――」


 これまた唐突な、そして重大な告白だった。

 とても先ほどまでエロ本を見つけて目をきらきらさせていた少女とは思えない。


「あたしもお兄ちゃんも孤児院の育ちだから、ほんとの親は知らないんだ。いっしょの孤児院で育ったからお兄ちゃんって呼んでるだけ。ほんとは血もつながってない他人なの」

「……ふ、ふうん、そう、なんだ」


 重い。

 いかにも重たすぎる。

 どう反応していいのかわからないレンに、玲亜は続ける。


「それでまあ、あんなお兄ちゃんだけど、一応頼りになるし、最初はほんとにお兄ちゃんみたいな気持ちだったけど、そのうちそれが恋心に変化して――」

「……な、なるほど、な。まあ、うん、その」

「――なーんてことは、ま、ないんだけど」

「ないんかいっ! 振りが長いわ、そして重いわ! どっからうそなんだよっ」

「あはは、レンちゃん、つっこみうまいなー」

「うるさいわっ。はあ、ほんと、おまえといたら疲れる……ど、どっから冗談だったんだよ」

「ほとんどほんとだよ。孤児院で育ったってところも、血がつながってないってところも。そのあとの、恋心に変化して、っていうのは、ま、うそだけど」

「いちばんどうでもいいとこだけうそで、あとの重たいとこはほんとなのかよ……」

「まあ、人生いろいろだよね。別に孤児院で育ったから不幸せだとは思わないし。結構楽しいよ、兄弟がいっぱいできたみたいで」

「う……」


 ここにきてもやはり玲亜は前向きだった。

 むしろ、そういう境遇で育ったからこそ前向きな性格になったのかもしれない。


 レンは、自分はどうだっただろうと考える。

 やっぱり自分は、自分の人生に振りかかってきた様々な不幸な出来事を、玲亜ほど前向きに捉えることもできなかったし、受け入れることもできなかった。


 もし、自分の人生をもっと前向きに明るく考えていたら、レンはここにいなかったかもしれない。

 そう考えると、玲亜の言い草ではないが、人生いろいろ、なにがよくてなにが悪いのかはわかったものではない。


「で、レンちゃんは?」

「なんだよ?」

「好きなひと、いないの?」

「いないよ、そんなの。興味ないから」

「えー、残念。レンちゃん結構モテそうなのに。ま、胸はちっちゃめだけど」

「胸は関係ねえ――ん、なんだ、これ」

「どうしたの?」


 玲亜がするすると近づいてくる。

 レンは何気なく本棚から抜き取った本を手のなかで改めた。


 いかにも古めかしい、黒い表紙の本で、端のほうは傷んで紙がほつれているし、なかのページも日焼けに黄ばんで、見るからに怪しい。

 なによりその本にはタイトルもなければ表紙イラストもなかった。

 一面黒の装丁で、背表紙も裏表紙も同じ。


「わ、それ、絶対ふつうの本じゃないよ。呪いの本じゃない? 開いた人間が呪われちゃうやつ」

「や、やめろよ……レイア、おまえ、開けよ」

「なんでよ、レンちゃんが見つけたんだから」

「でもおまえが読みたいんだろ」

「じゃあ、いっしょに開く?」

「わ、わかったよ……いいか、開くぞ」


 まさか本当に呪いなんてものがあるわけじゃなし、と思いながらもレンは緊張した表情で表紙を持った。

 表紙の上のほうを玲亜が、下のほうをレンが持ち、いっせーの、で同時に開く。


 長年開かれていなかったその本は、ぺりぺり、と糊を剥がすような音を立てて開いた。

 とたん、古い本のにおいが漂ってくる。


 ふたりはいちばんはじめの、なにも書かれていない白いページを見下ろし、どうやら呪いはなかったらしいと息をついた。


「ほらな、呪いなんかなかっただろ」

「レンちゃんびびってたくせにー」

「び、びびってねえよ――ほら、次のページ開くぞ」


 古い紙は慎重に開かなければ破れてしまいそうで、レンは指先でゆっくりページをめくった。

 二、三枚のうちはどれも白紙。

 このままなにも描かれていないのかと思いきや、その次のページには文字がびっしりと書き込まれている。


「わ、細かい字だな……」

「なんて書いてあるの?」

「ちょっと待て……ん、あ、これ、昔の文字だよ。座学で習ったけど、まだよくわかんないな……」


 さらにページをめくっていけば、古い文字で二十枚も三十枚も記述が続いていた。

 どうも怪しい、とふたりは直感する。

 これはきっと、いままでのくだらない本とはちがうことが書かれているにちがいない――もしかしたらだれも見たことがない古い魔砲について書かれた書物かもしれない。


 ふたりは顔を見合わせた。

 玲亜はにやりと笑い、レンはその笑顔に若干の不安を感じつつ、しかし、たしかにおもしろそうだと、かすかにうなずいた。

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