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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第二章
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第二章 その14(終)

  14


 それにしても疲れたわ、とフィアナは汽車に乗り込むや否や座席に倒れ込むように座り、深く息をついた。


「試験を邪魔しに行ったのに、まさかこんなことになるとは……もう、ほんと最悪」

「……悪いことしたら、悪いことが帰ってくる。おばあちゃんが言ってた」


 ギイはフィアナの対面にゆっくりと座り、見計らったように汽車が汽笛を上げて発車。

 ふたりはリクに姿を見られるわけにはいかなかったので、森からすぐにこの駅へ直行したから、まだユイたちは汽車には乗っていないはずだった。


「なにが最悪って、結果的にユイとキリヤが試験に合格する手助けをしたってことよ。もー、嫌になるわ――おまけにあの男には、し、下着を見られるし……!」

「……パンツ全開はいつものことじゃ?」

「いっつも全開のわけないでしょ! しかも今回見られたのはパンツじゃなくてぶ――く、くう、思い出しても腹が立つわ。この苛立ち、どうしようかしら。学校に戻ったら絶対あいつらになにか仕返ししてやる……」

「いつもどおりの八つ当たり、むしろ清々しい。でも、フィアナ」


 ギイはわずかに首をかしげて、


「洞窟のなかではぐれたあと、なにしてた?」

「そりゃあ、あんた、大変だったんだから。あんたは化け物に喰われたと思うし、道はわからないし、まっ暗でなにも見えないし、湖には落ちるし。あんたこそ、あいつがいいやつならいいやつって言いなさいよ。そしたら逃げる必要なんかなかったのに」

「言う前に逃げたくせに。でも、フィアナならすぐに洞窟、出られたんじゃ? 天井に穴が空いてるとこ、いっぱいあったし」

「う……ま、まあ、それは、あれよ」


 恐怖のあまり錯乱してとにかくまっ暗な洞窟を走り回っていたとは言わず、フィアナは金髪を掻き上げた。


「あんたを見捨てて洞窟から出るわけにはいかないでしょ。もしあんたが化け物に食べられてたとしても、骨くらいは拾ってあげないと」

「フィアナ……ごめん、わたし、誤解してた。どうせびびって洞窟のなかを走り回って冷静に考えられなくなってたんだろうって思ってたけど、ちがった」

「あ、当たり前よ、私がそんなに薄情なわけないでしょ。あんたがいかにのろまでも、一応、フィギュアなんだから」


 桐也がギイを助けなければと言ったとき、どうせ喰われたんだからさっさと出よう、と主張したことは、あえて黙っておくフィアナだった。

 人生、余計なことをしゃべるより、黙っていたほうがいいこともある。

 なにも知らなければお互い幸せに生きていけるというものだ。


「わたし、もーれつに感動してる。フィアナ、おっぱい揉んでもいい?」

「なんで!? どういう脈絡でそこにつながったの!」

「なんとなく、いいかなと思って」

「いいわけないでしょ、ばかね」

「……でも、キリヤとユイも、いいやつだった」

「そ、そうかしらね。善人面してるだけじゃないの? 私は気に食わないけど」


 まあ、たしかに、ギイを助けるために化け物と戦おうとしたり、ときどき見せる冷静な判断力だったり、ユイのやさしさだったり、洞窟のなかでなにも感じなかったかといえばうそになるが、それも黙っておくほうがいいことにちがいなかった。

 あいつらは話題を独占している邪魔なやつらなのである。

 世界中の人間はみんなフィアナ・グルランス・アイオーンの話をしていればいいわけで、ああいう余計なやつらは一匹ずつ潰していくに限る。


「はあ、まったく、ちょっと邪魔してすぐ帰るつもりだったのに、丸一日もかかるなんて……」

「無断外出、怒られるかな?」

「たぶんね。でもま、それでまた私が注目の的になるわけだし、結果的にはよかったけど」

「……フィアナ、結構単純。でもそこがいい」

「とりあえず、私、寝るわ。昨日もなんか頭痛くてよく寝られなかったし。昨日の夜のことはなぜかなんにも覚えてないけど」


 それは酒を飲んだせいでは、とギイは思ったが、なにも言わず、代わりにおやすみと言った。

 フィアナは座席の背もたれにもたれ、目を閉じ、すぐに寝息を立てはじめる。

 ギイはそれを対面の席からじっと眺めた。


 こうして黙って眠っていれば、フィアナはたしかにひとがうわさしたくなるくらいの美少女なのである。

 しゃべれば、多分に残念なところがあるのだが。


「……おやすみ、フィアナ」


 ギイはもう一度言って、自分もふわあとあくびを洩らし、ゆっくり目を閉じた。



  *



 日が差し込む校長室。

 校長のヨルバ・ディスレイル・セレスタと、教師であるソフィア・アルバーンは互いにむずかしい顔をして向かい合っていた。


「まだ時空魔砲を使った魔砲師の手がかりは見つかりませんか」

「はい――校内を調査しましたが、時空魔砲を行いそうな魔砲師は見つかりませんでした。そもそも校内に時空の『出口』が開いたのは偶然なのかもしれません」

「しかし、魔砲師ならだれでも時空魔砲を使えるというわけではない。現時点で世界でもっとも優秀な魔砲師でさえ、時空魔砲は扱えないでしょう」

「協会に所属していない在野の魔砲師の可能性もあります。そうなれば、向こうからなにかしらの行動を起こさないかぎり、こちらから見つけ出すことはむずかしいと思われます」

「ふむ――ところで」


 とヨルバが言いかけたとき、校長室の扉がノックされ、ふたりは会話をやめた。

 ヨルバはちらりとソフィアに目配せしてから、


「どうぞ」

「失礼します――ああ、ソフィア、いたのかい」

「リク……試験は終わったの?」


 ソフィアの言葉にリクは眼鏡をくいと上げながらうなずき、それから大きなあくびを洩らした。


「結局、昨日はよく眠れなかったよ。校長、報告します。ユイ、モーリウス・スクダニウス、ならびにヌノシマ・キリヤの二名は、無事に進級試験を突破しました。一日で出てきましたよ。しかもいろいろとおまけつきで」

「おまけつき?」

「古代の地下都市を発見したそうです。現在はグワール族が住んでいるそうで、そのグワール族と仲よくなり、地上まで送ってもらったと」

「……例の洞窟から脱出するのが試験内容じゃなかったかしら。それがどうして、古代の地下都市だの、グワール族だのにつながるの」

「さあ、こっちとしてもまったく予想外だったんだけど、あの洞窟がその地下都市とつながってたらしい。で、偶然そこでグワール族に出会って地下都市で宴会をやったんだと」

「宴会……」


 はあ、とソフィアはため息を漏らす。


「なにをするにしても一筋縄じゃいかない子たちね」

「まったく。でもま、一応試験は試験だ。一日で出てきたんだから、合格とするしかない。ってわけで、校長、そういうことです」

「わかりました、ご苦労さまです――ところで、先生、先ほどソフィア先生とも話をしていたんですが」


 ヨルバはリクをじっと見つめ、言った。


「彼ら、キリヤくんとレイアちゃんのふたりを見ていて、なにか気づいたことはありませんか?」

「ふたりを見ていて? いや――キリヤくんはともかく、妹のほうはほとんど会いもしませんが。キリヤくんの印象で言うなら、まあ、変わったやつですよ。魔砲師としての才能はないけれど、ほかにはいろいろおもしろい才能を持っていそうで。とくにあの運動能力は、下手をすれば魔砲を使う魔砲師でさえ圧倒できる」

「レイアのほうは私が受け持っていますが」


 とソフィア。


「魔砲師としての素質は平均よりも高く、学習意欲もあります。転校した日にフィギュアも見つかりましたし――変わったところはとくにないと思いますが」

「ふむ――ではやはり、あのふたりが時空魔砲に巻き込まれたのは偶然でしょうか。それとも、あのふたりはこの世界へくるべくしてきたのだと思いますか? ふたりの話を聞くと、時空魔砲を使った魔砲師は、明らかにふたりのうちのどちらかを、おそらくはキリヤくんを狙っていたと思われます。彼らがここへきたのは偶然ではないと、私は思うのですが」

「……ふたりには、なにか秘密があるということですか?」

「秘密といえるものかどうかはわかりません。価値がある、というほうが正確でしょう。時空魔砲を使い、探し出すだけの価値が、彼らにはある――」


 静寂が下りた。

 ヨルバはゆっくり息をつき、続ける。


「問題の魔砲師は、おそらく再び彼らふたりに接触するでしょう。このまま放置しているのでは時空魔砲まで使ったかいがない。ふたりとも、なるべく彼らの様子を気にするようにしてください。禁術を使う魔砲師は、魔砲師の社会全体の罪人です。危険な存在を放置するわけにはいきません」

「はい、校長」

「では、お願いしますよ」


 リクとソフィアは並んで校長室を出た。

 ヨルバは背もたれに身体を預け、椅子をゆっくりと回し、窓から見える学校の景色をしばらく眺める。


 平和で敬虔な学び舎――しかし魔砲師の力は正義にも悪にもなり得る。


「あの戦争のころのように、再び悪意を持った魔砲師が現れなければよいのですが――」



  ――第二章、了

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