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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第二章
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第二章 その12

  12


 巨人の先導で進む通路は、いかにもふしぎな空間だった。


 広さ自体はそれほどでもない。

 しかし巨人の身長に合わせてなのか、天井は高く、明らかに人工的に作られたと思しき土の通路で、満ちている光は天井近くで輝くふしぎな発光体によるものだった。


「まさか、こんなところでグワール族の方と出会うなんて、思いもしませんでした」


 ユイはさすがに安心した様子であたりを見回しながら言った。


「あの、ユイ、グワール族って、なに?」


 と桐也がちいさい声で聞くと、ユイはああとうなずいて、


「そうですよね、キリヤくんはまだ知りませんよね――グワール族はこの大陸の北方に住んでいる種族なんです。もちろん、町へ出てきているひとや、ほかのところに暮らしているひとも大勢いますけど――ギイさんもグワール族なんです。グワール族はみんな大きいことがいちばん特徴的で」

「はあ、たしかにでかいよなあ」


 先導する巨人は三メートル近い長身だし、ギイもこの年頃の少女にしてはかなり長身の一八〇センチ以上ある。

 最初に教室でギイを見たときは単に背が高い女の子だと思っていたのだが、それは種族の差によるものらしく、つい桐也はユイの頭に生えた耳を見た。

 見られていることを意識したのか、ユイの耳がぴく、と動く。


「グワール族の長身は、マリラ族の耳みたいなものですね、きっと」

「なるほど。この世界にはいろんな種族がいるんだな」

「ええ、ほかにもいくつか――でもこんなところでグワール族の方と会うのは珍しいですよ」

「そりゃあ、おれもこんなとこで人間と会うとは思ってなかったなあ」


 巨人は振り返り、豪快に笑った。


「そういや、まだおまえらの名前も聞いてなかったなあ。おれはランドルウ=ギムリ。ま、適当に呼んでくれや。ギイの名前はもう聞いたが、ほかは?」

「私はフィアナ・グルランス・アイオーンですわ。フィアナ様とでも呼んでくださいな」

「おう、フィアナだな」

「……ひとの話、聞いてます?」

「あ、わたしはユイ・モーリウス・スクダニウスです。マリラ族です、よろしくお願いします」

「おお、マリラ族か、そりゃまた珍しい。で、最後の少年は?」

「キリヤ。ヌノシマ・キリヤだ」

「ふむ、わかった。キリヤか、おまえ、なかなかやるなあ。ま、おれにはちょっと勝てなかったけどな、がはは!」

「むう、おれは剣士なんだ。剣があれば、勝てたよ」

「がはは、そうかそうか、いまどき剣士とはなあ。いや、おもしろい。じゃあ、おまえらは全員剣士なのか?」

「まさか」


 とフィアナは心外だというように眉をひそめる。


「キリヤ以外はみんな魔砲師よ。伝統ある王立フィラール魔砲師学校の生徒」

「ほほう、おれも聞いたことあるな、そこは。魔砲師か、なるほど――おまえらみたいな子どもも魔砲師になる時代なんだなあ」

「ちょっと、子どもじゃないわよ、失礼な」

「がはは、すまんすまん」


 細い通路はゆるやかに傾斜し、さらに地下深い場所へ続いているようだった。

 いったいどこまで行くのかと桐也が心配になってきたころ、通路の先に扉が見えてきて、ランドルウがそれを開けると、その先には想像もしていなかった光景が広がっていた。


「わあ、すごい――!」

「な、なに、これ――」


 狭い通路の先にあったのは、都市である。


 地下深くにある恐ろしく巨大な空洞に築かれた、巨大な地下都市。

 縦に長い、卵のような形の空洞で、その周囲に昆虫の住処のようにいくつもの通路や居住区が築かれていた。

 桐也たちはその空間のちょうど中腹あたりに出てきたのだが、下を覗き込めばビルの三、四十階から見下ろすほど高かったし、頭上にもまた同じ程度の空間が続いていて、行き交う人間の姿がミニチュアに見えるほど巨大な空間である。


 それだけの巨大な空間なのに、ふしぎと光で満ちている。

 光は頭上から降り注いでいるのではなく、ふしぎなことに、雪のように無数の発光体が空気中を漂っていて、その数えきれないかずの発光体がこの空間を隅々まで照らしているようだった。


 真向かいには巨大な滝もある。

 巨大すぎて、落ちてくる水の量はすさまじいのだが、地面に落ちるまでにすべて霧と化し、真下にも滝壺のようなものはなかった。


 空間の外周に所狭しと走っている通路はみな土でできているようだった。

 空間のいちばん下、広場のようになっている場所には緑が茂り、ちょっとした林のようにも見える。


「すごいとこ、だよね」


 ギイがぽつりと言った。


「フィアナとはぐれてすぐ、ランちゃんにここへ連れてきてもらったの」

「ランちゃん? もしかしてあの男のこと?」

「そう。ランちゃん。ここからもう一回フィアナを探すために洞窟へ行ったけど、なかなか見つからなかった」

「ま、まあ、私も結構移動してたし――でも、地下にこんなグワール族の町があるなんて、聞いたことなかった」

「さ、こっちだ。いちばん下まで行くのはちょっと大変だけどな」

「う、たしかに大変そうだ……」


 空間の外周には通路のほかに螺旋階段のようなものもあって、四人とランドルウはそこをひたすら下へ向かって降りていった。

 この町には当然、ランドルウのほかにも大勢のグワール族がいた。

 彼らは男女問わずみな長身だったが、やはり男のほうが背は高いらしく、女はギイよりもすこし大きいくらいの身長が多い。


「ここにはどれくらいのひとたちが暮らしているんですか?」

「さあ、数えたことねえけど、五百くらいじゃねえかなあ、がはは」

「わあ、そんなにたくさん……」

「長に聞けばよくわかるだろ。長はいちばん下にいるでよ」


 地下都市のなかには滝が流れ落ちる水音が絶えず聞こえている。

 しかしそれ以外は比較的しずかで、ときおり子どもが泣く声が聞こえたり、ひとが密集しているところではざわめきが聞こえたりするくらいで、そもそも五百人といってもこの大都市にはすくなすぎるのだと桐也は気づいた。

 おそらくその十倍いても、決して狭いとは感じないだろう。


 ひたすら階段を下りること約十分、四人とランドルウはようやく都市のいちばん下にたどり着いた。

 そこからぐっと頭上を見上げれば、天井はもうほとんど見えないくらいで、無数の発光体がきらめきながら空間を漂うさまが幻想的に見える。


 地下都市の最深部にはちょっとした林があり、そこを進んでいくと、ちいさな小屋があった。

 ランドルウは別段気遣う様子もなく、ノックもせずに扉を開き、なかに入る。


「長、珍しく客がきたぞ、がはは」

「おお、客か」


 小屋の奥にいたのは、ランドルウと同じくらいの背丈の、しかし見るからに年を取ったグワール族の男で、白髪を後ろに撫でつけ、開いているのか閉じているのかよくわからない目で桐也たちを見ると、にい、と笑った。


「グワール族の少女と、人間と、マリラ族か。これは珍しいの、ほっほ。ランドルウよ、せっかく久しぶりの客人じゃ、もてなしの準備をせねばの」

「おお、そうだな、じゃあおれは準備をしてくる。おまえらはしばらくここで待っていろ、うまい飯もあるからな」

「はい、わかりました――あの、グワール族の長の方、ですか?」

「マリラ族の少女よ、それほど改まらんでもよい、よい。わしはただここでいちばんの年寄りというだけじゃ。ま、適当に座るがよい。ようこんな地下まできたの、わしならわざわざこんなところまでこようとは思わんが。ほっほ」

「えっと、ちょっと理由があって……でも、こんなところにグワール族の町があるなんてぜんぜん知りませんでした」

「ほっほ、そりゃあ知らんじゃろうて。だれにでも知られているようでは意味がないでの。ここはもともと、隠れ家として作られた都市じゃ」

「隠れ家? いったい、なにから隠れようと……」

「争いじゃよ。わしらグワール族は争いを好まん。かといって、上の世界で生きていれば、なにかと争いに巻き込まれることも多い。そこで争いに巻き込まれず生きるにはどうすればよいか考え、同じ考えを共にする者たちとここへやってきたというわけじゃな、ほっほ」


 白髪の老人はなんでもないことのように笑ったが、その皺には無数の歳月が刻み込まれ、異様な迫力と説得力があった。

 その凄みにすこし気圧されたようにユイが言葉を失うと、代わりにギイが口を開く。


「この町は、グワール族が作ったの?」

「いやいや、わしらにはこんな巨大な都市を作る技術などありゃあせん。わしらはただここを発見しただけじゃ。この都市はわしらが見つけるはるか昔からこのままの形でここにあったんじゃよ」

「はるか昔って、どれくらい?」

「そうじゃなあ」


 と老人は長いあごひげをなで、簡単に言った。


「かれこれ二千年ほど前かの」

「に、二千年!?」

「ほっほ、歴史とはかくも長いものじゃ。わしらがここへきてからは、まだ二百年ほどか。わしがまだ米粒ほどにちいさくてかわいらしいころじゃったの、ほっほ」

「じゃあ、ここにグワール族がきたのは、サルバドール戦争のころってこと?」


 フィアナが言うと、老人はこくんとうなずく。


「そう、いまはそう呼ばれておるの。あれは、悲惨な時代じゃったなあ……争いに巻き込まれんためにはこんなところに逃げ込むしかなかったんじゃ。どちらかの味方になればもう片方から攻撃を受ける、どちらの味方にもならなければ両方から攻められる――そういう時代じゃったからの」

「二千年前っていったら、ちょうど歴史の空白になってる暗黒時代のころ……そんな時代に、こんな大きな地下都市が作られていたなんて」

「二千年、というのはだいたいの年月じゃよ、人間のお嬢さん。実際は三千年以上前かもしれん。昔、大陸に暮らしておった人間たちは優秀での、様々な機械を作り出し、いま以上の複雑な町をいくつも作っておった。この都市も、おそらくそのひとつじゃろう。ところで、どうしてこの地下空間が明るいのか、わかるかね?」

「どうしてって、あのふしぎな光がいくつも浮いているからでしょ?」

「うむ、うむ。しかし、あの光がなんなのか、それはわしらにもわからんのじゃよ。なんとなく、便利じゃからそのままにしておるがの、ほっほ。おそらく昔の人間たちが作った機械ではないかと考えておるが、どういう仕組で、どういうものなのかはまったくわからん。そのへんに漂っておるものを捕まえてみてもちいさすぎてよく見えんのじゃ」

「ロストテクノロジーってこと? そんなものが――」

「ま、なんにせよ、平和に暮らすために役立つものはあえて排除する必要もない。わしらはそうして暮らしてきたんじゃ――お、そろそろ準備ができたようじゃな。いいにおいがするわい」


 たしかに、小屋の外からなんともいえない甘く食欲をそそる匂いが漂ってきていた。

 四人が立ち上がり、小屋の外に出ると、すでに何十人かのグワール族が準備を進めていて、机を並べたり、椅子を並べたり、そのあいだで子どもが走り回っていたり、なにやら一大宴会の様相を呈している。


 料理はすこし離れたところで火を熾し、作っているようだった。

 準備を手伝っていないグワール族もぞくぞくと階段を下りて広場に集まりつつあり、そこにランドルウが両手いっぱいにグラスを持ってやってくる。


「おお、おまえら、準備ができたぞ。好きなとこに座って、好きなもん飲んで、好きなもんを食え、がはは」

「……どうしましょう?」


 ユイはちらりと桐也を見上げた。

 桐也はにっと笑い、答える。


「せっかく歓迎してくれてるんだし、楽しもうぜ。おれも動きまわったから腹減ったよ」

「その前に、あんた」


 とフィアナが横目で桐也を見る。


「服、着なさいよ。いつまで上半身裸のつもり?」

「だって、着るもんないもん。それともそのシャツ、返してくれるのか?」

「う、いやよ。それともこの衆人環視の前で脱げっていうの? 変態!」

「ちぇ、せっかく貸してやってるのに、感謝がないよなあ」


 しかしまあ、上半身裸でも寒くはない気温で、とくにまわりも気にしているふうでもないし、と桐也はそのまま椅子に座った。

 するとすぐ、目の前いっぱいに飲み物と食べ物が運ばれてくる。

 どれもおいしそうな匂いを放つ、桐也には馴染みがない外見の食べ物で、しかし食べてみるとどれも匂いのとおり最高にうまかった。


 香ばしい肉のステーキもあれば、キノコかなにかのソテーもあり、飲み物も甘いものから炭酸までよりどりみどり。

 桐也たちが食事をしているあいだにほかのグワール族も同様に食事をはじめ、そのうち酒らしいものが振る舞われるととたんに騒がしくなり、桐也はどこの世界も宴会は似たようなものらしいと思いながらその喧騒を楽しんだ。


 一見、グワール族はみな背が高く、動きがゆっくりとしているから、どことなく暗い印象を抱きがちだが、こうして宴会をともにすればその印象がまったく変わる。

 グワール族の男女も当然のようによく笑い、よくしゃべった。

 ときには踊り、ときには歌も唄う。

 子どもたちは外からきた人間やマリラ族に興味津々だし、大人たちは客には構わず自分たちで盛り上がっているしで、広場はもはや収集がつかない大混乱だったが、それに眉をひそめるような人間はだれもいなかった。


 こうして光に満ちた明るい夜は更けていったのである。

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