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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第二章
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第二章 その8

  8


 ――三日以内に洞窟から脱出せよ。


 正直、桐也は、進級試験を舐めていた。

 せいぜい魔砲をうまく使えるかどうかを見る程度だろうと思っていたのだが、それは大きな間違いだった。


「おいおい、これ、ほんとに遭難したらやばいぞ……」


 桐也はひっつき虫のように背中から離れなくなったユイを半ば引きずりつつ、壁伝いに洞窟の奥へと移動していた。

 洞窟の規模が自分の想像をはるかに凌駕しているということはすぐにわかった――なにしろどれだけ壁伝いに歩いても行き止まりにたどり着く気配はなく、足音や声の反響を聞く限り、空間そのものがとてつもなく広い。


 洞窟の奥へ入るのは危険かもしれない。

 しかし奥以外に進む道がないのもの事実だった。


「あの岩、どうしても動かなかったしなあ……」


 リクが閉ざした岩を退けて外へ出ることができれば楽だ、と、しばらく暗闇のなかで岩と格闘していたのだが、さすがに桐也の馬鹿力をもってしても岩はびくともしなかった。

 それに、あのあたりは傾斜になっていたから、もし岩が崩れて下敷きになったら脱出どころではなくなる。


「そういう意味でいえば、この洞窟は安全だと思うんだよな……さすがに遭難して死ぬようなところに放り込んだりはしない……と、思いたいけど」


 あの眼鏡の鬼畜っぷりを見ていると、どうもその推論も怪しい。

 しかし、なんにしても、入り口でずっと座り込んでいるだけではなんの解決にもならないことだけはたしかだった。


「ユイ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫じゃないです、あんまり……でも、ちょっと、落ち着いてきました」

「そうか、よかった。とりあえず洞窟の奥へ行ってみよう。三日以内に脱出しろってことは、たぶん、脱出できる道がどこかにあるんだ。それを探し出せるかどうかが試験なんだと思う。うまく魔砲を使って探し出せればいいけど――ま、いまはとりあえず歩いてみよう。なにか見つかるかもしれない」


 桐也は左手を壁に添え、なんとなく濡れたような感触を指先に感じながら、慎重に足元を確かめて進んだ。

 足元は硬く、時折濡れて滑る。

 頭上も気にしなければと思ったが、音の反響を聞くかぎり、天井に頭をぶつける心配はいまのところなさそうだった。


「魔砲師って、みんなこんな試験を受けるのか?」

「こ、こんなの、聞いたことありません……ふつうの進級試験はもっとふつうなんです。魔砲がうまく使えるかどうかとか。でも、たぶん、わたしの場合は一年のときから実技試験を受けていないから、それでこういう試験になったんだと……ごめんなさい、キリヤくん。こんなことに巻き込んで」

「謝るなよ、フィギュアだろ。巻き込まれたんじゃない、これはおれたちふたりの試験なんだ」


 それにしてもひどい暗闇だった。

 どこまで行ってもなにも見えてこないし、振り返ってもどこから、どれほどの距離を歩いてきたのかもわからない。


 すり足のようにして進むうち、すこしずつこの状況に慣れてきたのか、桐也の背中に抱きついていたユイの感触がすこし緩んだ。

 シャツを強く握っているのは相変わらずだが、それはそれでいいと桐也も思う。

 この暗闇である。すこしでも離れれば、相手の場所がわからなくなる可能性が高い。


「ユイ、なるべく左右じゃなくて、前後に広がって歩くようにしよう。おれが歩いたところを歩くんだ」

「は、はい――あの、キリヤくんはこういうの、慣れてるんですか?」

「いや、さすがに洞窟でさまよったことはないなあ。森で熊と戦ったことはあるけど」

「く、くまと?」

「武者修行の途中だったんだ。あれは、そうだな、おれが十三歳のころ――林間学校で行った山のなかに、すげーでかい熊がいたんだ。二メートルくらいの。で、そいつが襲いかかってきたもんだから、戦った」

「か、勝ったんですか?」

「そりゃあ、負けてたらあそこで死んでただろうからなあ。熊にかぎらず、生き物の弱点ってのはだいたい目なんだ。どんなに皮膚が硬くても、目だけはどんな生物でもやわらかい。だからそこを突けばだな、体格差があっても勝てる可能性がある」

「は、はあ、なるほど……」

「それに比べればこの洞窟はまだ安全だよ。熊は住んでないだろうし。そんな、命の危険があるようなとこに放り込んだりは――ん?」


 前方。

 遠近感が曖昧で、距離はわからない。

 しかし遠い場所に、ぽつりと、光があった。


「見間違いじゃない――光だ!」

「出口ですか?」

「いや、たぶん、天井に穴が空いてるんだと思う――それでもこの暗闇よりはマシだ。行ってみよう」


 ここで駆けていって穴に落ちたりすれば洒落にならない、とふたりはあくまで慎重に光へ近づいていった。


「う、眩しい――」


 光は、たしかに光だった。

 桐也の予想どおり、光は天井から降り注いでいる――十メートル近くありそうな高い天井の、さらに上から光が漏れていて、ちらほらと木が揺れている様子も確認できた。


 上から見れば地面に空いた穴でしかないのだろうが、下から見上げるそれは雲間から差し込む光以上に清廉なものに思え、しばらく桐也とユイは無言のまま光を浴びていた。

 あたりを見回してみると、穴の真下あたりに草や枝、土が落ちている。

 草にしても枝にしても、それほど古いものではない。

 つい最近、風かなにかでこのまっ暗な穴のなかへ落ちてきたのだろう。


「ここからなんとか出られれば早いんだけど――無理、だよなあ」


 洞窟に入ってはじめて桐也の身体から離れたユイは、眩しそうに目を細めながら頭上を見上げる。


「ここから助けを呼んでみますか?」

「いや、森のなかだし、いるとしても先生だけだろ。先生が助けてくれるとは思えないし」

「う、たしかに……」

「空が飛べれば、あの穴から外に出られそうなんだけどなあ。ユイ、魔砲で無理かな?」

「風の魔砲ならできたかもしれませんけど、炎ではちょっと……」


 たしかに炎で空を飛ぶ方法は爆風に乗るくらいしか思いつかないが、この洞窟のなかで試す気にはなれなかった。

 万が一洞窟が崩れれば、それでもうだめ、二度とこの暗闇から出られなくなるのだ。


「ってことは、ここではちょっと息抜きするだけか――また別の出口を探さないとなあ……それにしても、広い洞窟だな。自然にできたのかな?」


 ところどころで水滴が落ちてきているし、鍾乳洞のようなものかな、と考えると桐也の服の裾を、ユイが細かく引っ張った。


「ん、どうした?」

「あ、あそこ、あそこ……」

「んー?」

「あの、か、壁を、見てください」

「壁?」


 ユイが指差すのは、天井からかろうじて光が当たっている一角、その青白い壁だった。

 はじめはよく見えなかったが、近づき、目をこらすと、その壁になにやら絵のようなものが描かれているのがわかる。


 まるで土を塗りたくったような、いかにも原始的な茶色い絵。

 桐也が最初に認識したのは直立する人間のような絵で、その人間は手に槍のようなものを持っていた――見れば、そのまわりには赤々と血を流して倒れた人間たちが描かれている。

 ある者は上半身と下半身が分断され、ある者は首がなくなり、ある者は串刺しにされ――多種多少な、殺戮の絵なのである。


「な、なんだ、この絵……」

「お、おかしいですよ、自然の洞窟にこんな絵があるなんて……」


 ユイはぶるりとふるえ、再び桐也の背中にすっと近づいた。

 たしかに不気味な絵だった――見ようによっては、人間を生贄にした儀式の絵にも見える。

 槍を持っている人間には牙のようなものも見えるし、目は異様に巨大で、いかにも狂気に満ちた顔つきをしている――ところどころ顔や身体の輪郭がゆがんでいるのもまたひどく不気味だった。


 こんな絵が、どうしてここに――とふたりが思った瞬間。

 ぶおおお――と、風鳴りのような、あるいは、不気味な生物の雄叫びのような声が響き、ユイは悲鳴を上げて桐也の背中に抱きつき、桐也も思わず全身を緊張させて身構えた。


 その音、声は、遠くから洞窟内を反響して聞こえてきたようだった。

 どこかに空いた穴から偶然に風が吹き込んだのか。

 それとも――洞窟の奥底に潜むなにかが、空腹の雄叫びを上げたのか。


 どちらにせよ、わけもわからないまま洞窟に放り込まれたふたりを怯えさせるには充分すぎる状況だった。



  *



「おっほっほ、おーほっほっほ! あー、愉快、愉快。笑いが止まらないわ。あのふたり、いまごろさぞかしびっくりしていることでしょうよ。びびって悲鳴なんか上げちゃったりして。おーほっほっほ!」

「フィアナ、完全に悪者……よく似合ってる」


 あー愉快愉快、と森のなかで高笑いを上げるフィアナだったが、それも無理がないような状況だった。

 なにしろ自分が仕掛けた罠に、ふたりはおもしろいように引っかかったのだ。


 フィアナとギイは森のなかを探索し、洞窟の天井に空いているいくつかの穴と、おそらくたったひとつしかないであろう出入口を発見していた。

 それは案外狭い範囲に集中していたが、おそらく洞窟が狭いのではなく、地下深くまで入り組んでいるのだろう、もしすぐに出入口が見つかるようでは試験にならないし、とフィアナは考え、ふたりが出入口に近づく前にいくつかいたずらをしてやろうと思いついた。


 そのいたずらのひとつが、絵だった。

 ふたりはフィアナの風の魔砲を使い、天井に空いた穴から洞窟に降り立ち、いかにも不気味そうな絵を描いたのである。


「わたしの圧倒的な表現力にあのふたりも恐れをなしたようね」

「……幼稚園児みたいな下手くそな絵が逆に怖かった」

「だれが下手くそよっ――でも、あのびびりっぷり――思い出してもつい笑いが漏れちゃうわ、おーほっほ」


 フィアナはこっそり、天井の穴からふたりがやってくるのを見ていた――そこで絵を発見したときのユイといったら、ひどい怯えっぷりだった。

 それに、フィアナが合図してギイが洞窟の出入口から叫んだときの反応もまた愉快で、まるで哀れな人間たちが彷徨うのを眺める神にでもなった気分だった。


「さて、それじゃああと二、三回びびらせて、私たちも学校に帰りましょうか。あれだけびびってたら、きっと三日以内に出入り口を見つけるなんて無理でしょうし。次はどんなふうにびびらせてあげようかしら――とりあえず、もう一回くらい声でびびらせようかしらね」


 くくく、とフィアナは悪い笑みを洩らしながら発見した出入口へ移動した。

 その出入口は、よく見なければわからないほどちいさく、狭い。

 腐葉土のなかに半ば埋もれていて、おそらく洞窟のなかから見つければ光が差して見えるのだろうが、外から見つけるのは困難なものだった。


 フィアナとギイは、そこから寝そべるように身体を滑りこませ、洞窟のなかへ入る。

 とたん、ひんやりとした空気がふたりを包み込んだ。

 しかし出入口がすぐ後ろに控えているふたりにとってはそれがむしろ心地よいくらいで、狭い洞窟のなかを先へ進んでいく。

 出入口からの光が届かなくなってきたところで立ち止まり、フィアナはごほんと咳払いした。


「それじゃあ、ひとつ――」


 大きく息を吸い込み、フィアナは自分が持てるかぎりの低い声で洞窟のなかに向かって叫んだ。

 声は洞窟内に反響し、飽和し、人間の声とは思えない不気味な音声となって響き渡っていく――やがて洞窟の奥のほうからユイのものと思しき悲鳴が返ってきた。


「おーほっほ、またまたびびってるみたいねえ――さて、それじゃあ外へ出ていたずらを考えましょうか。ちょっと、ギイ、早く出なさいよ」

「フィアナとちがって背が大きいから狭い……」


 フィアナとギイはその場で後ろを向き、もぞもぞと狭い洞窟のなかを戻る。

 入るときはフィアナが先だったから、出るときはその反対、ギイが前になり、洞窟のなかを進んで、狭い出入口から出ようとしたとき――。


「あうっ」


 目測も誤ったのか、ギイが天井に頭をぶつけた。

 ちょっとなにしてんの、とフィアナはギイのお尻に突っかかろうとしたが、ふと不穏な音を聞いた気がして動きを止める。


 ――ぎし、ぎし、と、なにかが軋んでいる。

 はじめはなにが軋んでいるのかわからなかった。

 しかしすぐ、自分たちの頭上が、洞窟の天井が軋んでいるのだと理解する。


「や、やば――」


 ふたりの行動はさすがに迅速だった。

 急いで身体を反転させ、洞窟の奥へ向かって逃げ込む――その一瞬あと、ギイの背中をかすめるようにして天井が轟音を立てて崩れ落ちた。

 それは天井にかぶっていた土が落ちるという程度ではなく、もっと本格的な崩落を誘発したらしく、とたんにあたりは暗闇になって土煙が立ち込める。


 狭い出入口近くは一瞬にして息もできないようなひどい空気に包まれた。

 ふたりはそれから逃げるように洞窟の奥へ逃げ込み、咳き込みながらようやく安全だと思われる場所まで逃げ延びて息をついた。


「や、やばかったわ、危なく下敷きになるとこだった――ちょっとギイ、あんたなにしてんのよ!」

「頭ぶつけた……びっくりした……」

「びっくりで済んだだけでも幸運でしょうけど――」


 ともかく、ふたりとも無事らしい。

 フィアナは一瞬ほっとした息をつきかけるが、すぐにまったく安心できる状況ではないと思い出す。


「ね、ねえ、もしかしてだけど……あの穴、ふさがった?」

「……みたい。光が差してない」

「で、でも、掘ったら出られるでしょ、たぶん。そんなに深くはふさがってないだろうし」

「出られるかもしれないけど、もっと崩れて、生き埋めになるかも……」

「……ど、どうするのよ?」


 洞窟の唯一の出入口がここだったとしたら、その唯一の出入口が塞がったことになるのだ。

 いや、まだ外へ出られる道はある、とフィアナは考え直す。

 洞窟の所々にある天井の穴から、フィアナなら出ることができる――しかし問題は、この入り組んでいる洞窟のなか、天井に穴が空いている場所までなんの手がかりもなしにたどり着くことができるかどうか。


 フィアナはごくりと唾を飲み込んだ。

 その音が耳に反響して聞こえるほどしずかで、暗い洞窟のなかである。


 洞窟の出入口からどれほど奥へ逃げてきたのかわからない。

 しかしこの自分の鼻先も見えない暗闇を考えると――いや、それほど深い闇ではないとフィアナは気づいた。


 目が慣れてきたのか、うっすらとギイが立っている姿が見える。

 それは光源がよくわからないやわらかな明かりで、この洞窟にそんな光源などないはずだと思っているうち、光が強くなって、ギイの輪郭がはっきりと見えるようになった――光は、ギイの後ろにあるのだ。


「ギイ、後ろになにか――」


 そう言いかけたとき。

 フィアナは、瞬間的に止まらなかった自分の心臓をほめてやりたくなかった。


 ギイの真後ろに、だれか立っていた。

 人間とは思えない巨大な人影――それがゆっくりとこちらへ迫ってくるのである。


 一瞬、戸惑うような沈黙を挟んだあと、フィアナの口から絶叫がほとばしった。

 フィアナは一目散に逃げ出した。


「あ、フィアナ――」


 ギイはフィアナを追うより先にゆっくりと振り返った――そしてそのときには、人影はもう逃げられないほどギイに近づいていた。

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