シンデレラの朝
どこかで、ベルの鳴る音がした。ジリジリジリジリ・・・・・。
「・・・・・・・ん、んっ」
うるさいよ・・・・・。
音の発生源を叩く。
「・・・・・・」
家の天井が見えた。頭の後ろには、畳。
一瞬、何が起きたかわからなかった。
「・・・・・・・」
明るい窓の外。鳥のさえずりが聞こえる。
・・・・・は。
え・・・・?
あれ・・・・執事と、メイドさんは・・・・?
「!?」
身を起こすと、いつも通りの家の中。見慣れた光景。
リフォームは、されていない。
「え」
激変していた壁に向かう。
隅々まで、見る。
ない、ない。ドリルのあとも。何かを貼り付けたあとさえも。
全部。
ない。無い!!
あっ、台所!
メイドさんがプロ並みの腕前を披露した場所。
ーーーーー使われた形跡なし。
玄関、カギ。閉まってる。
メイドの突入口。靴も並べられたまま、綺麗。
誰かが通った形跡なし。
嘘、なんで!?どうして?・・・・どうして・・・
・・あ・・・・
もしかして・・・・・・
夢?
メイドと執事の姿はないし、家の中にもリフォームの形跡はない。
って事は。
・・・夢?
夢、だとしたら色々と辻褄が合う。
え、えーーーーーーーっ!!
ど、どこから?
執事とメイドがやって来たところから!?
えっ。遡って、昨日弁護士が家に来たところから!?
ど、どこからが、夢ですか?
頭に手を当てて、考える。
分からない。
夢にしては、あまりにも、すべてが、リアルすぎる。
テレビをつける。
日付と時間を確認する。
日付けは、昨日から一日後。
時間は、いつもの朝起きる時刻。
時間が巻き戻るわけはないから、執事とメイドは。
夢。〔確定〕
うわぁ・・・・・・嘘。
こんな夢を見るなんて。
膝から崩れ落ちた。
葵様、葵様って・・・・呼ばれていた・・・・
自分の夢で、自分を「様」付け!?
「・・・・・」
・・・・それよりも、メイドと執事って。
よくよく思い出してみれば、メイドと執事の顔を思い出せない。
軽く靄がかかったみたい。イケメンだったのは覚えているんだけど。
ーーーー執事は美形という夢。
美味しいと感じたーーーー料理だって、味がしなかった。
「・・・・・・・」
嘘だ。
な、な、なんというーーーーーなんという、夢を見たのでしょうか。
どうしてそんな夢を見てしまったのだろうか。
「夢は願望の現れ」
自分で自分を傷付けてしまった。
自分の「財閥令嬢」のイメージって・・・・・。
私・・・・。私って・・・・・。
もう、立てない。立ち直れない。
ーーーーーー涙が。
でも、現実は非情だ。今日は平日。
学校には、行かないといけない。・・・・涙が・・・・。
いつも通りに、自分で食事を作り、食器を片付け、歯磨きをして。
姿見の前に立つ。映るのは、自分の姿。
一般的な女子中学生。普通、並。という言葉が似合う。
もう中学三年生だから、身長は伸びない。あと1センチは欲しかった。
体型は痩せているとも言われたことないけど、太っているとも言われたことない。
髪は少し伸ばしている最中。微妙な長さ。
とてもとてもシンデレラとか、財閥令嬢には見えない・・・・・
これで、あんな夢を見たんだね・・・私。
昨日の夜の事なんてあまりにもリアルすぎる。
いけない、また涙が。私って、なんて恥ずかしいっ。
朝から精神的なダメージ。
なんて重い夢を見たんだ・・・・・
全部、夢だったんだ。
自分が財閥の御令嬢とか。
お母さんが実の母親じゃ無いとか。
お母さんの事、私と本当の家族の事。
本当の家族と会う事は、お母さんを裏切る事になるんじゃないか。
そんな事まで考えていた。あんなに悩んだのに・・・・。
台所にも使われた形跡なし。
物が動いた形跡もなし。
いつも通りの家の中は、私にそれが夢だったと伝えてくる。
現実だったという証拠があれば別だけど。
ああ、あんな恥ずかしい夢を見た事なんて忘れてしまいたい。
でも、夢だとはとても思えない。
証拠なんてーーーーそこまで考えてーーーーー
あ。
気付いた。
あった。
夢じゃないって、証明。
証拠。
証拠、あったじゃないか。
弁護士の、名刺。
昨日の夜、それを使って、電話までした。
今日の夕方、会う約束をした。
夢、だ。
そうだといい。
でも、その夢はあまりにも現実的で、確かめずにはいられない。
「嘘。」
固定電話の側に、弁護士の名刺が置いてあった。
これは、
夢、なのか。現実なのか。
手を伸ばす。名刺は消えずに、手の中にある。
夢、じゃないの?
ぺちん。
ぺちぺち。
夢じゃないと証明する為に、ほっぺをつねる事がある。
それの代わりだ。名刺で頬を叩く事で、名刺の存在も、ついでに確かめられる。
一石二鳥。
ぺち、ぺち。
名刺の感触がある。
痛くない。
痛くないぞ!!夢か!!
もっと強く!!
ぺちん!ぺちん!
往復ビンタならぬ、往復名刺。
ぺちーーーーん!
勢い余って、自分の手で、ほおを打ってしまった。痛っ!!
じんじん痛む頬を抑えた。
痛い。夢じゃない。
でも、これではっきりした事がある。
昨日の夜の事は、現実。
フラフラと家を出た。
家を出る。学校まで歩いても間に合う時間だ。
ふと思いだして、身を乗り出す。
一階の駐車場。ーーーリムジンは無かった。
当たり前だ。よくよく考えれば。
ーーーー夢の中でも疑問に思ったけど、ここは入り組んだ住宅街。
しかもここは安くてボロいアパートの駐車場。
リムジンなんかが入ってこれる訳がないのだ。
良かった。
「・・・・・・・」
なに、安心しちゃってるんだ。
しかし。
安心は出来ない。
もしかしたら。もしかして。
昨日の夜の事は、夢じゃなかったから。
万が一。万が一があるのかも知れないと、警戒して通学路を歩いた。
車どころか、誰とも会わなかった。




