見なかったことにしよう。
見なかったことにしよう、即刻、速やかに立ち去ろう。
そうだ、そうするべきだ。
自分の顔が赤い、あれがーーー今さっき見聞きしたものが何なのか。
分からないほど子供でもないし、知りたいと思う程の度胸も持ち合わせてはいなかった。
「ーーーー誰?」
その声は、静かな廊下で異常なほど大きく聞こえた。
嘘、気付かれた。空気が止まった。
ああ、神様、神様。助けてーーー。
どうしよう?どうすればいい?
どうするべきなのか、何をすればいいのか分からない。
それでも無意識に踏み出した一歩。
次の瞬間、落ちていた物を踏んだ。
バキィ!!
それは異常に大きな音を立てて、壊れた。
「あっ!」
それは、足元から。
「ああっ!」
足元には、無残に粉々になったシャーペン。
なんでこんなところに落ちてるんだ、なんでただ踏んだだけなのにこんなに粉々に。
それよりも。なんで、こんな、大きな音を。
ーーーー慌てて口を抑えるが、もう遅い。
見られている、気がするーーー。
これじゃあ、今更ーーー誤魔化す事も出来ない。
それでも諦めの悪い私は、ぐるぐると考えてしまう。
まだ、まだ誤魔化せる!!
猫のせいにするとか。
ーーーーでもそんな事は無理だ、ここは財閥子女が通う名門校。当然警備も万全。
ここに来てから猫なんて見た事ないし、いたとしてもこんな所にいるわけが無い。
「にゃあ」
驚くべき事に。すっごーーーーーく、棒読みの「にゃあ」が口から出た。
にゃあ。
もう、誤魔化す気、ゼロ。
明らかに人間。むしろそんな声で鳴く猫がいるわけない!
シャーペンを粉々に砕く程の猫なんて。
ああ、どうしたんだ、わたしっ!
もう、どうする事も出来ない。頭の中が真っ白になった。
今まで冷静を保っているつもりだった。でも、もしかして自分は物凄く動揺しているのかもしれない。
気がついたら、頭が真っ白になっていて。
浮かんだのは、いまさっきの、キスシーン。
自分とそんなに年が変わらないであろう二人の男女がーーーー。
意識を向けてしまうと、駄目だった。
意味が、分からない。顔が熱い。
「~~~~~っ!!」
今なら、恥ずかしくて、死んでしまえるかもしれない。
そんな私にトドメを刺すように誰かが、近づいてくる物音。
私の足は動かない。
そしてーーーーーー「彼」と会った。




