はじまらないお伽話をはじめましょう
部屋から出た私たちは、廊下を歩いている。
助けてくれた沢城さんは、今、私の後ろにいる。
お礼。
お礼を言わなきゃ。と後ろにいる沢城さんの方へ振り返る。
「あのっ、本当にありがとうございましたっ」
「・・・・・・?」
静かだ。
すぐに頭を下げた私に沢城さんの姿は見えない。
でも、なんだか。
おかしい感じがして、私は顔をあげる。
そこには誰もいなかった。
もちろん、沢城さんの姿はない。
あ・・・さぁっ、と血の気が引く。そんな・・・・。
私、お礼言えてない・・・・。
助けてもらったのに、お礼も言わずに、私っ・・・・お礼、お礼をしなきゃっ。
「ちょっと待ちなさい」
腕をぐいっと引かれた。
意外に強いその力と、その特徴的な声。
そこにいたのは。
「・・・・・真木さん!?」
「あなたは、どうしてこうじっとしていなーーーあ、いやーそうだよなうん。・・・・でも、良かったよ、うん!」
真木さんは勝手に怒って、勝手に納得すると、私の手を引いた。
「さ、行こっか、事情を説明するからね!!」
ちょっと待ってください沢城さんにお礼を言わないと、そう思っていたけど。
「説明」という言葉。
今の私は状況を何も理解していない。そんな状況で沢城さんの近くに行くという事は、ついさっきみたいに沢城さんに迷惑をかけてしまうかもしれないーーー
「お願いしますっ!」
真木さんに連れて行かれた場所は、保健室だった。
保健室、と洒落たプレートがかかっている。
てっきり、事務室とか理事長室に行くものだと思っていたので、びっくりした。
「何してるの、こっちよ」
突然、女言葉になった真木さん。
そういえば、色々と思う事はあったんだけど・・・・・
「真木さんは、どうしてじょそ・・・・・むごっ」
「口は災いの元って知ってるかしらん?」
もごっ、もごもごっ。
必死に頷くと、解放された。
真木さんはツボを押さえているのか、すっごく口を抑えるのが上手い。
痛い・・・
「と、治療するから、顔洗ってきなさい。これじゃあ、消毒も出来ないわ」
「?」
治療・・・?
私どこも怪我してない・・・あ。
私の頬から手を離した真木さんが、血を拭うのを見て、思い出した。
「ほら、向こうの方にあるから」
高級感あふれる蛇口をひねり、頬に水を当てる。
水はすぐに赤く濁り、頬に痛みが走った。
少し血も固まってしまっていて、それを流すためにごしごしこする。
結構、深くやられてしまったみたいだ。
女の子なのに、と母が見たら怒るだろう。それだけが怖い。
真木さんに渡されたタオルで顔を拭く。
さっぱりした。
制服にも赤い血が飛び散ってしまっていたので、タオルで応急処置。
ブラウスの襟の所にも、血がベッタリ。
ああ、これ。高かったのに。もう着れないんだろうか?
「はいっ、座って」
促されて、真木さんの正面にあった椅子に座る。
ふわり、と香水のいい香り。その仕草と表情がすごく優しくて。
「真木さんって、女の人だったんですか?」
ぐほっ。
真木さんに、頬をガッチリとホールドされていた。
「口は災いの元。よーく覚えておきなさい。」
コクコクコク。
私は首振り人形になった。それを見て真木さんはにこっと笑った。
「私は女ですよ、と言ったらあなたは信じるんですか?」
えっと・・・その問いの意味は・・・・・えっと。
真木さんを見る。
真木さんは、男だと思ってたんだけど、本当は女の人?
外見だけじゃ分からない、声は男の人だと思って聞いてたんだけど、でも、女の人って言われても・・・・言える様な気がする。
本当はどっちなんだろう?
うふふ、と真木さんが笑った。
え、あっ。
私、もしかしたら、勘違いを・・・。
「あっ、そ、そのっ、すみません、私は真木さんの事、男の人だと思ってっ、そのっ、すみません」
「違うわよ」
速攻の低音ボイスだった。
男の人じゃなきゃ出せないその声。
「はーーー。隆道くんは何を考えてるのかしら?・・・・あなた、ミハラなんでしょ?」
みはら。
知らない単語が出てきた。
みはら?
何かの名称だろうか?
私の頭の中に、魚っぽい何かが浮遊する。みはら。
何となく、ホッケの開きにしたらいい感じの魚・・・・・おいしそう。
そういえば、お昼ご飯時間が近いのではないだろうか・・・・・おなかすいた。
私の心は、食堂へと・・・
「あなた、もしかして、何も知らないの?」




