シンデレラのお姉様
「まぁっ」
最初に口を開いたのは、西園寺エミリ様と呼ばれた女だった。
目を引くのは、腰まで届く長い黒髪。
前髪はきっちりと切り揃えられ、意志の強そうな大きな瞳がこちらを見下ろしている。
その姿は、精巧にできた日本人形みたいだった。
「ーーこれは一体、どうなさったのです?篠原様?」
辺りには割れたティーカップ、そして妹である瑠璃の暴れた後が散乱している。
極め付けはケーキとミルクティーまみれの新入生。
「・・・・あら?西園寺様、どうしてこちらに?」
言外に含められた言葉。西園寺エミリ様は、どうしてかあまり歓迎されていない・・・みたいだ。
うふふ。
おほほ。
二人は笑う。
にっこり、にっこり。
花の咲く様な笑顔がふたつ並ぶ。
雰囲気が、変化した・・・・・・背景と、表情がおかしい。
二人の後ろに、魔物が見える。
「篠原様が外部の新入生を連れて行ったというお話を伺いまして・・・・私も是非お話に混ぜて頂けないかと思い、お訪ねしたのです・・・・・お話は終わってしまいました?」
「いいえ、まだですわ。西園寺様」
即答、だった。
「・・・・そうですの? よろしければ、ご一緒してもいいかしら?」
有無を言わせず、告げる西園寺様。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
二人の視線が交錯する。
一方は、どうすればこの突然現れたの邪魔者を追い出そうか考え、対するは怒りの炎を纏っている。
火花が散る。それを破ったのは、篠原お姉様。
「・・・・・いいですわよ、誰か?・・・・西園寺様に席を用意して差し上げて?」
しかし、誰も動かない。
この場にいる全員「そうなる事が分かっている」みたいだ。
雰囲気が、違う。全員が篠原お姉様の味方、だろう。
「あら?・・・誰か?」
白々しく、篠原お姉様が周りに問う。
「「・・・・・・・・・・・・」」
誰もが、動かない。
「いいえ、よろしいですわ、あまりいるつもりはありませんので・・・・・・・長話は好きじゃありませんの」
ピシャリ、西園寺様は言った。
「まぁ、よろしいですの?」
白々しい、演技だった。
「ええ」
そう言って、にこりと笑う。
笑顔と笑顔。
無言の駆け引き、まるで猛獣が睨み合いをしているようだ。
うふふ、おほほ。
「ーーーー時に、篠原お姉様?その手に持っている制服はなんですの?私の記憶が正しければ、それは外部の方のものだったと・・・私の記憶違いでしょうか?」
そして、西園寺様は。
周りに聞こえないくらいの、小さな小さな声で囁いた。
「もしかして、''泥棒''?」
見ていたのだろうか?
篠原お姉様の、右手に握られている私の制服。
ついさっきまでまるで勝利の証のように掲げられていた、新入生から奪った制服。
「・・・・・・・・っ」
一瞬、言葉に詰まった篠原お姉様。その事を認めたも同然の数拍の静寂が、勝敗を分けたかに思えた、が。
「まぁ?なんの事かしら?私は、制服をよく見せて欲しいとお願いしただけですのよ?」
太々しく、そう言い放った。
「ねぇ?」
篠原お姉様は含みを持たせた笑みを浮かべ、こちらを見た。
これから何をさせられるのか、何をするのか。その意図は明白だ。
ぐしゃりっ、と前髪が握りつぶされる。ーーー痛い。
そのまま、ぐいっと・・・・
ーーーーヒュン、
バシッ。
私とお姉様の間を裂くようにスプーンが飛んできた。
当たりはしなかった、が確実に誰かを狙っていた。
「・・・あら?・・・ごめんなさい?手が滑りましたの・・・」
パリンッ。
その、一瞬、だった。
澄んだ音を立てて、皿が割れた。
それは、西園寺様のすぐそばで。
「こちら、こそ?」
篠原お姉様は、笑った。
そして、
「手が滑りましたの・・・・・・」
西園寺様をまねて、小さな小さな声で囁いた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
にっこり、と笑いあう二人の女。
それが第二の合図だった。
「ごめんなさいね?最近手が滑りやすくて・・・・」
うふふ、おほほ。
パリーーーーン、トンッ。
何かの影が、二人の間を行き交った。
何かが割れる音。
「まぁっ・・」
「まぁ」
うふふ、おほほほ。
次の瞬間、
私の、掴まれた前髪、その拘束が外れた。




