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シンデレラの考察

カメラが無い。

幼い頃の記憶がない。


じゃあ、事実?

私が、財閥のご令嬢?


あり得ない。


必死で思い出そうとする。

お母さんーーー彩子さんの言っている時期、特に幼児期、三歳、四歳ぐらい。


そんな、ダメージ。大きいよ・・・。


確かに、私には幼少期の記憶がすっぱりと欠けている。

別にそれ自体は珍しい事でもなんでも無い、と思う。

幼少期から今まで体系付けて話せる人が一体どれほどいるのか・・・でもそんな人たちも、小さい頃の写真とかで記憶を補っていくものだと思う。

ーーーーーー


あり得ない、嘘だと思ってても、嘘だと言える証拠が私には無い。


騙されてるんじゃないのか。

そんな疑いが消えない。

確実に自信を持って覚えている、と言えるのは小学校高学年頃から。

言い訳するわけじゃないけれど、それより前で印象的な事は覚えている。

遠足とか、学芸会とか。友達との出会いとか。

それにしても断片で、鮮明に思い出されるのは、嫌な事とか嬉しかった事とか、大きく感情の動いた時だけだ。


ふと。そう言えば、

・・・・・昨日の給食なんだっけ?


ーーーーー嘘、思い出せない。


「・・・・無理」

昨日の給食はなんとか思い出した。では、一昨日は?

その前は?・・・・思い出す度に、その一日前まで思い出そうとする。

遡って一週間はどうやっても、無理だった。


「葵?」

いつの間にか隣に来ていた彩子さん。

難しい顔をしてる、と言われた。

そして、財閥の事。


「やっぱり、びっくりした?」

気付いた。

いつの間にか、ズレていた自分の思考。私、残念すぎる。

ここ一週間で食べた給食の事を思い出していました、なんて言えない。


「・・・・うん。」

今は、夕飯を食べ終えて皿洗いをしている。

水の流れる音。食器がたてる音。やけに大きく聞こえる。

隣にいる女性が母親じゃない、赤の他人。

そんな事実を知らされて動揺しなかったといえば嘘になる。

今だって、気にならなかったはずの微妙な距離が気になる。

今まで、気にも留めなかった事が気になる。


彩子さんの、年齢とか。

彩子さんは、若い。

中学三年生にもなる娘を抱えてるとは思えない若さだ。

だからこそ、家の中で親密に話している男の人がいたら、真っ先に結婚を疑った訳だし。



「お母さん・・・彩子さんはーーー」

言葉を切る。言いづらい。

「お母さんって呼んでもいいわよ」

「・・・・・うん。」

その声がいつも通りに優しくて、安心した。

何も言わずに察してくれた事にも。

「お母さんは、どうして、何も言ってくれなかったの?」

私が娘じゃないって。自分とは何も関係のない、他人の子どもだって。

お母さんは、何を、とは聞かなかった。

ただ。

「・・・・・いつの間にか、葵は成長していって。それを見てたら自分は本当の母親じゃない、血が繋がって無いのよ、なんて言い出せなかったし、言う必要はないんじゃないかって・・・・思ってしまったの」

「・・・・・うん」


そんな事、言わないでよ。

本当に、私が。


私が財閥の令嬢だなんて、あり得ない。と思っているのに。


騙されてるんじゃ無いのかって。


そんなこと、言われたら、全部本当の事みたいじゃないか。


思い当たる節は、ある。

私には父親がいない。姿形さえ見た事がない。

でも、いるのは確実だ。その人がーーーー。


・・・・・認めたくない。

私は、平凡に生きていきたいのだ。

こうやって暮らしてきて、今更そんな事を言われたって。


それに、世の中にはそうそう、おいしい話なんて無いのだ。

財閥の令嬢だとしたら、お金持ちになれるって事だ。

今まであった生活環境だって変わるだろうし。

しかも、ただの裕福な家じゃない。財閥だ。生活は激変するだろう。


しかも、私だけ。

お母さんは無関係。どうするんだろう。

仮にも、四歳から今まで育ててくれた女性ひとだ。


「葵、ごめんね。」

早口で紡がれた言葉。


それが、考え事をしていた私を引き上げる。


「・・・・」

私は、お母さんを見た。

元々、私とお母さんは会話が多い方じゃない。

だけど、仲が悪いわけじゃない。


「葵にも、家族がいたんだよね、それなのに。ごめん。」


あ、

そうだ。かぞく。


話を聞いてから、考えないようにしていた。


私の、本当の、家族。


ーーーーーーお母さん。

母が、母じゃなかったって事は。

別に母がいるって事で。

そして、考えも無かったけど、お父さん。

父親もいるって事で。

もしかしたら、きょうだい、だっているかもしれないし。


家族、がいるかもしれない、んだ。


ーーーーーーーお兄ちゃん、お姉ちゃん、妹、弟。

もし、いるとしたら。私に似ているんだろうか。

いや、私じゃなくて、両親に似ているのか。

どんな顔をしているんだろうか。


「・・・・・」


お母さん。

何か言おうとした時には、お母さんは自分の部屋に戻っていた。


お母さんには家族がいない。

お母さんが、若い頃に死んでしまったらしい。

だから、なのだろうか。

見ず知らずの子どもーーー私を育ててくれたのは。


おじいちゃんとおばあちゃんの仏壇が家にある。

ミニ仏壇というらしい。


手を合わせる。幼い頃からそうする事が癖だったせいか。


認めたくない、嘘だ。今更。生まれなんて。

そうやって、現実から目を逸らしていた感情が、だんだん落ち着いていく。


弁護士さんの話。私は聞く事を放棄していた。

これじゃあ、駄目だ。


渡された名刺を手に取る。

時間は、まだ大丈夫。




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