シンデレラ、招待される
「お取り込み中悪いけど、ちょっと来てもらえるかな?」
第三者の声がした。
今の私は女装している真木さんと壁の間に収まっている格好。
えっ、
誰かいる?
嘘、この状況を誰かに見られている?
え、待って。さっきのどや顔、恥ずかしい。
私、今さっきまで壁ドンされてドヤ顔していたよね?
わきゃああっ、という私の悲鳴を真木さんの手が押さえ込んだ。
代わりに「ふんぎゅ」と情けない声が漏れる。
女装真木さんのクールビューティーな視線が私を射抜く。すみま、口を抑える手に力がこもる。
「ふんぎゅ」ごめんなさいっっ!?
視線を合わせてこくこく首を振る。大人しくしています!
それを確認した真木さんは誰かの方を向いた。
「あら、沢城様、どうなさったのです?」
真木さんがさっきとは違う、女声で冷静に問う。
沢城?
声のした方向を見ると、紫紺の瞳と目が合った。ひぃ。悲鳴は真木さんの手にかき消された。
紫紺の瞳と漆黒の髪、そして絶望的なまでの美貌。彼はこちらを見てにこりと笑った。
何でだろう、ぞっとする。
「すみません、マキさん、ちょっとこの子に用がありまして」
この子、という単語で私と目が合う。
私・・・ですか?
やり取りを見守るしかない。空気が重くなってくる。
息が苦しい。
「用件?」
「コウテイ会の呼び出しです」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
パチン、と音がしそうなほどの何かが二人の間に流れる。静電気?
はぁ、と真木さんの唇からため息が漏れた。
むぐぐぐぐ、そろそろ離して。
そろそろ、本格的に息が苦しい・・・ですっ。
真木さんは、私の口、そして鼻も押さている。
ああ、最早肌呼吸を完成させなければ私は生きられない。
むぐぐぐぐしていた私に、やっと真木さんは気付いた。
ぷはぁっ、新鮮な空気を取り込む。
なんだろう、空気が。
重い・・・・
息を吸うことをためらってしまう程の何かが空間を支配している。
ふぅ、とため息。そして耳元で囁いた。
「・・・・・早速お呼び出しか、手が早いね、皇帝さんも」
皇帝?
新しい単語に目を白黒させる。
「早くしてくれませんか?時間が無いんです」
と、とん。
躓きかけて、支えられる。彼は私の手を取った。
あまりにも自然すぎて、握られたことにも気づかなかった。
そして握られていると気づいた時には、時すでに遅い。
振り払うこともできなければ、握り返すこともできない。感情が追いつかない。
助けを求めて真木さんの方を振り返る。
「あのっ」
強引に腕を引っ張られた。そのまま転びそうになるのをなんとか踏み止まる。
セ、セーフ。
そのまま、手を引かれて、舞台裏と校舎をつなぐドアの外に出た。
暗い場所から明るい場所に出たせいか、目がくらむ。背後のドアが閉まる、そして迷うことない足取りで進んでいく。私の手を握ったまま。
「・・・・あ、の、入学式・・・・・」
入学式は途中なんですけど、
「・・・・・・・・・・・」
返答はない。
「入学式は、いいんですか?」
「・・・・・・・・」
足音だけが返ってくる。
「すみません、あの、」
「・・・・・・・・」
返事はない。
返答する気はあるんだろうか?
どうしよう、戻ろうにも手を離してもらわないと、戻れない。
握られた手は、振り払うには弱すぎる力で、自分から離すことは出来ない。
振り払ったら、過剰防衛な気がして。
骨ばった、綺麗な手は、私よりも大きい。私よりも低い体温が伝わってくる。
どうしよう、どうしよう。迷っている間にもう、何度か廊下の角を曲がってしまっている。
もう私ひとりじゃ戻ることは出来ない。
帰りたい。戻りたい。
救いを求めて視線をあげれば、西洋彫刻のような横顔。
漆黒、と言うしかない黒い髪が揺れている。
そして吸い込まれそうな程綺麗な色をした紫紺の瞳。
本当に同じ人間なのだろうか。疑問に思った。
視線があった。
目を逸らす。
びっくりした、どうしよう。
誤魔化すように周りを見渡せば、通った事の無い、場所。
立ち入り禁止区域の標識が見えた。
周りには誰もいない。
あたらめて考えれば、ほぼ初対面の人間と今初めての場所に来ている。
しかも二人っきり。
・・・・・・少し、怖くなった。
「あの、沢城さん!どうして、私は呼び出しされているんですか?」
言葉と一緒に心臓が飛び出てしまうと思った。
「・・・・・・・・」
こっちを見た。
うう、見返すことが出来ない、視線を逸らす。
答えはない。
なら自分で考えるしかない。
おそらく制服のことだろうか?
中学校の時にもあった「出る杭は打たれる」というアレだろうか?
ああ、白のブレザーなんて目立つもの着ていてすみません、
その、責められるようなことがあれば、土下座も辞さない覚悟で行こう。
「この学園で土下座なんてするな」と言った柏木さんの言葉が浮かんだ。
土下座は、軽いものじゃないと。でも、それならどうしたらいいの?
解決策が見つからない。私そんなに悪いことをしたのだろうか。
今日は、高校の入学式。
新入生代表挨拶では舞台の上ですっころび、それが終わった後には女真木さんに壁ドンされ、
ドヤ顏で対応した。しかもその姿は見られていた。
しかも見られた相手は、この名門朱青藍学園高校で純粋培養された生粋の御曹司である沢城蒼介。
それに加えて、いまの私は「皇帝」なる謎の人物に呼び出されている。
冷静に考えれば考えるほど今の状況は・・・・
危ないの、では?
どうしよう、逃げたい。逃げたい、全力で逃げたい。
それに、思い返せば噴水事件のこともある。
ぶるぶる、震えが走る。そうだ。水怖い。
このひと、怖い。
私の第六感がそう告げている。自慢じゃないけれど、私の勘は当たるのだ。
でも運動神経の悪い自分では逃げ切れるとは思えない。追いかけてくるとも思えないけれど。
戻る自信もない。
・・・・・誰か、助けて。




