シンデレラ、本番です
不用意に角を曲がった事で、結果的に迷子になった。
迷子になる程、校舎が広い事は知っていた。
必死で探して、見つけた。
・・・・・道を聞こうにも誰もいないくて、そう。みんな入学式・・・・。
不安で、少し泣いてしまったのは秘密。
そして・・・・たどり着いた。たどり着きましたっ!!
こんな広い校舎の中から、たどり着いた私は方向音痴じゃない。
でも、もう一度やってみろと言われたら多分出来ない・・・・・。
そして、開けた扉の向こうは真っ暗闇だった。
「遅刻だね」
耳元で、声がした。
びくぅっ、思わず後ろに飛び退る。
この声・・・・・
暗くて表情と姿もよく見えないが、その声は真木さん?
「・・・・・す、すみません」
「入学式は始まっています・・・が、あなたの出番はまだですから安心してください」
暗闇に目が慣れてきた。確かに真木さんだった。
でもその姿に違和感を覚える。
どうしてカツラを被ってるんですか?
やはり、ピンク色の地毛は目立つからだろうか?
そうに違いない。
でも、その長い黒髪カツラは女性に間違えられませんか?
暗くてよく見えないけど、何となく服装もおかしい・・・ような?
気のせい・・・・?
「・・・・あっ、マキ先生!!良かったぁ、この子は外部生挨拶の子ですか?」
教師らしき人が駆け寄って 来た事で、私は質問の機会を逃してしまった。
がっしりと両脇を固められ、そのまま連れて行かれたのは、舞台の袖部分。
明るく照らされている舞台とは違って、こっちは真っ暗闇で誰がいるのかすら分からない。声と輪郭で人がいるというのが辛うじて分かるぐらいだ。
そして何故か。
私は囚人みたいに両脇を固められていた。
「逃げたのかと思いましたぁ~~~~~」
えっ、逃げません、逃げられません。逃げるところもありません。
借金ありますから・・・とは言えず。
「外部の新入生挨拶の子は逃げる子が多いですからあなたもそうじゃないかと、心配していたんです・・・」
私の右を固めた男性教師はそう言った。
昨日の夜、何故かドヤ顔の真木さんに頼まれたのは外部生の新入生代表挨拶。
なんでも、新入生代表挨拶の子が逃げてしまったらしい。
頼みごとをしてくる真木さんの表情を見て、ああ、これから召使いか何かのように働かされるんだろうな、と予感めいた確信があった。外れてくれることを切に願う。
「もうすぐ出番だから、ここで待ってて」
真木さんは後ろにいるらしい。
入学式はもう始まっていて、今は校長先生のお話の最中だった。
校長先生は、朱青藍学園高校について説明をしている。
私立朱青藍高校は、国を代表する超名門校。
もちろん偏差値もトップで、政治家の子息や財閥子息令嬢などが通うことでも知られている。
付属小学校、中学校もあるが閉鎖的。
しかし、高等部からは優秀な学生の確保や高偏差値の維持の為、外部からの進学者を学年の半数近くを受け入れている。
そのため高等部の新入生代表挨拶は、内部生代表、外部生代表の二人が行う。
ちなみに「外部生」というのは、高等部から入学するのは生徒の事。
初等部中等部と内部進学してきた朱青藍生と区別する為に、そう呼ばれているらしい。
また、内部進学者のほとんどが、良家の子息子女。
外部生は私と同じ庶民の生徒が多く、共通点は成績優秀な生徒。
舞台裏から、そおっと会場を覗く。
「・・・・・・・・」
そおっと、覗きをやめた。
逃げたくなる気持ち、分かります。
明らかに住む世界が違う事がわかる人間がいる。
私と同じ外部からの進学者もいるようだが、どこへ行ってしまったのか。
みんながみんな別世界の人間に見える。
そして、空間の無駄遣いといってもいいような天井の高さ。
コロッセウム型のコンサートホール。
そして舞台に置かれたたった一つの演説台で話す事は、並みの精神では出来ないだろう・・・・私だってお断りしたかった。借金がなければ・・・・
見なければ良かった、緊張する。
目を瞑る。全てが夢だったらいいのにな・・・・
その時、
きゃあああっ、と入学式の静寂を裂く黄色い声。
ざわわ、とにわかに騒がしくなる講堂内。何があったの?
視線を、舞台の方に向ける。
その先には、男子生徒が立っていた。
生徒と分かったのは、制服を着ていたから。
西洋彫刻を思わせる面差しに、すらりと伸びた肢体。
そして、黒髪。アメジストを思わせる深い紫の瞳。
世の中に、こんなに綺麗な人がいるんだ・・・まるで作り物のよう。
実際に動いているのを目にしなければ、同じ人間でこうして存在している事が信じられない。雰囲気が、存在感が違う。
「!」
私が彼を見ていたのがわかったのだろう。
私の両脇、その左を固めていた先生が言った。
「彼は我が朱青藍学園が誇る御曹司、沢城蒼介」
私は一度、彼に会っている。
だって、あの人は。
私を噴水に突き落としたーーーー悪魔だ。
ああ、夢なら覚めて・・・・もう二度と会いたくなかった。
水の恐怖、忘れられない。
私が噴水に落ちる時に聞いた声ーーーー私にとって恐怖以外の何者でもない。
そのしっかりとした口調で綴られる挨拶は、特別な事は何も言っていないはずなのに特別に聞こえる。
講堂の雰囲気が支配されている。うっとりと聞き惚れる群衆。
それは、聴衆の万雷の拍手で終わった。
そして、その次はーーーー外部生の新入生挨拶。
ーーーーーー私、だ。
私、行かないといけないんですか?
この雰囲気、もう完全にアウェー・・・・
観客はみな、彼に夢中である。その後に出て行く私・・・・まるで処刑・・・・公開処刑です。
両目に涙が浮かぶ。
「続いては、外部生による新入生代表挨拶ですーーー」
時間は迫る。
あ、足が動きません。
自分の呼吸の音が、他人事のように聞こえた。
真木さんが暗闇の中近づいてきて、私の腕を掴んだ。
そのまま舞台の方へ。
ちょっと、待ってください、心の準備、自分で行きま・・・
そこで、私は初めて。暗闇の中じゃない、明かりの下で真木さんの姿を見た。
む、無理です、私にはーーーーえ?
涙と緊張が一気に吹き飛んだ。
真木さん、なんで女装してるんですか?




