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シンデレラ、お城に向かう

引っ越し先について、まだ何も知らされていなかった。

もう三月も終わり。明後日は入学式だ。

どうなっているんだろう?

不安になってきた時に、柏木さんから電話があった。


明日あす朱青藍しゅせいらん学園高校、本館前の噴水で十一時。


その約束を果たすため、朱青藍学園高校の正門をくぐる。

目に入って来た校舎を見た瞬間、呼吸が止まった。


宮殿?


お城?


現れた白亜の現代建築物。

視力の限界に挑戦するかのような直線距離の向こうに、遠近法を無視してそびえ立っている。


「・・・・・・」

気がつくと口が開いていた。

閉めよう。


入学オリエンテーションの時にも訪れたはずだが、その時はちょうど本館と呼ばれる建物の裏手にある体育館(用途は。おおよそ体育館と呼べる建物では無かったけど)で行われたので、ちょうど裏口から入った形になる。

故に、こんな宮殿見たことない。見たかもしれないが庶民の視界には入らなかったんだろう。こんな建物が存在してもいいのか。観光地以外で。

こんなところに三年間も通うのだ。


凄すぎる。


そして、遠過ぎる。


正門から本館までのこの無駄にも思える直線距離を、私は歩いていた。


歩いても、歩いても、縮まらない距離。

その証明の様に。

ーーーー何故か、敷地内のはずなのに道路がある。

そう・・・・・車。リムジン。大きめに感じた道路はその幅?

しかも、二車線。舗装は煉瓦造りで、そのサイドには森と林。

歩いていると、森の中を探索している気分になる。いつの間にか歩道と道路は枝分かれしていた。


・・・・・・道路を歩くわけにはいかない。


例え、車道を行った方が本館に早く着きそうでも。

歩道を歩く人が少ない弊害か。歩道を歩いた方が校舎に着くのが遅いって・・・どういう事なのだ。

・・・・いいや。お金持ちはやる事が違う。考えが違うのだ。

歩道はなぜか校舎ではなく、森に繋がっていて、その森は綺麗に整備されている。

国立公園みたい。

どんな風に管理しているのだろう、と思ったら庭師さんがいた。


「こんにちは」

無言ですれ違うのも、なんだか気が引けて声をかけて会釈する。

すると、驚いたようにこちらに振り返った。


「こんにちは、お嬢様」


お、おじょうさま?


呼ばれて焦った。


「お嬢様じゃありませんっ」


思わず口にしてしまった言葉。


「え!?」

庭師は驚いた。


あ、


気付いた。

・・・ここに通う女子生徒ともなれば全員お嬢様だろう。

何やってるの、私。


「す、すみません!」


庭師は、びっくりしていた。

居たたまれなさを、走る力に変える。走れ、葵!

逃げるが勝ち。こんな広大な敷地内だ。もう会う事もないだろう・・・多分。


願わくは顔を覚えられていませんように。


一直線に続く道を走る。足が遅いせいか、あまり進んだようには見えない。

柏木さんとの待ち合わせ場所は、来ればわかる、見ればわかる、というように一言だけだった。


本館前の噴水。


はい、分かりました。そう答えた自分・・・・。

噴水がいくつもあるわけ無いから、と高をくっていた自分を叱りたい。

ここまで歩いてくるまでに、いくつも噴水と建物が見えた。


本館、建物前の、噴水。


そして、見つけた。

一番大きな真正面にある大きな噴水。

女神を模したモニュメントまであり、水が吹き上げられている。

見かけた噴水のどれよりも大きく、そして豪華だ。

ここ、だと思う。

その側に、人影が見えた。


「か、柏木さ・・・・」


手を上げて、合図する。


振り返った人は、柏木さんじゃなかった。

というより、なんで柏木さんに見えたんだろう。


金の髪。さらさらと風に揺れている。

目があった。印象的な紫紺の瞳。

一目で惹きこまれた。

まるで、絵本から抜け出してきたような王子様。

その人影は、私の姿に驚いたのか、今まで背景と化していた噴水に、背中から。


背中から噴水に、落ちた。


ばしゃん、大きな水柱が上がる。

それはもう見事な落ちっぷりだった。芸人さん・・・・?

そのまま見守っていると。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・


あがってこない。


嘘っ。


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・噴水の中を覗き込む。


その刹那、


ぶおっ、水面が盛り上がった。


「きゃぁっ!?」


水面顔を出した人と、目があった。


ーーーーそして、時が止まった。

水に濡れた金髪が陽に当たってキラキラと輝く。

濡れた髪が精悍な輪郭に張り付く。その様子はこの世のものとは思えないほど綺麗だった。

遠目からみても綺麗な顔だと思ったけど、近くで見るとさらに綺麗。

東洋ではあまり見ない、彫りの深い西洋系の顔立ち。

その中でも印象的なのは、紫紺の瞳。


宝石みたい、綺麗。


まるで、物語に出てくる王子様が抜け出してきたみたいだった。


「・・・・く、くるしかった・・・・」


日本語を喋った。


び、びっくりした・・・

色んな意味で。


「大丈夫?」と声をかけようとすると、声が聞こえた。

それは、後ろから。


「お前がやったのか」


振り向くと、噴水に落ちた青年と、全く同じ顔をした青年がそこに立っていた。

ただし、髪の色が違う。

側にいる青年は金髪だが、立っている青年は黒髪をしていた。


えっ、なんで?


瞬間移動?

影分身?

でも、金髪の青年はここにいる。

あんなに長い潜水時間だったにもかかわらず、空気を取り込んでいる様子がない。

大丈夫、生きてる?

様子を伺うと、静かに息をしている。大丈夫みたいだ。


・・・・・同じ人間がふたり?


あ。


双子・・・・・なの?


青年はもう一度訪ねた。


「お前が、やったのか?」


えっ


「いや、違いま」思わず否定の声。


ーーーーあ、でも。私が驚かせたから、彼は落ちてしまったんだろう。


「ご、ごめんなさ」


言い終わらないうちに、


ドン、


視界いっぱいに広がったのは透明度の高い水の中。


噴水の水の中ーーーーー。


ごぼっーーーー広がったのは、水の中。

噴水の水の中だから、濁っているのかと思えば、意外や意外。

透明度の高い青。水をかく自分の手が見えた。


私、泳げないーーー


案外、深いーーーー足が、つかない。

今さっきまで見た、金髪の彼が長い間沈んでいたことが思い出される。


もしかして相当深いのでは?

足が着かない事が、冷静な判断を奪う。


ごぼっ、ごぼっ、ごぼぼっ、

自分の口から吐き出される空気と、自分が水をかく、その泡で視界が埋め尽くされる。

まとわりつく重い、水。


わたし、泳げないーーーーー


必死で抵抗する。

ばしゃんびゃしゃん、エコーがかった水の音。

もがけばもがくたび、水はまとわりついてくる。


だんだんと、水をかく力が弱くなっているのが自分でも分かる。

もう、限界ーーーーー


私、死ぬのーーーーー!?


そう思った瞬間、


腕を掴まれた。

そのまま、後ろに倒される。

腕とお尻が、水底についた。


あ、ーーーーーえーーーーっ


ごほっ、けほっ、けほっ、新鮮な空気を取り込む。生きている。

世界に音が戻ってきた。青空と、緑と、そして黒髪。

見上げる形になった人影、


「・・・・、・・・・・・、」

何かを言っている。


ーーーーーぃ、やっ、


私に追い討ちをかけるつもりだろうか。

ここで、今、頭を抑えられたり、追撃をくわえられたらーーーー考えたくもない。

伸ばされた手から、逃れるようにひいた。


ぜぇっ、ぐはっ、水を吐き出す、頭から水が落ちてきた。

・・・・・ここは噴水だった。ぐぶっべっ。痛い・・・・滝・・・?


「おい、待てっ・・・・・大丈夫なのか?」


焦ったように、水とともに降りてくる声。


「・・・・?」


上から降ってくる水、降ってくる声。


「遊んでるのか?」


・・・・・・・・あれ?

声が違う。こんな声じゃなかった。


改めて、その声の主を見た。

黒い髪、だった。

ーーーーーーでも、こちらを見つめているのは、黒い瞳。

そして、整い過ぎている顔立ち。

どこかで見たようなことがある気がしたーーーーああ、日本人だ。


あの人じゃない。

違う人?

あの人は?

私を、噴水に突き落として溺死させようとした、あの黒髪のーーー悪魔は?


まだどこかにいるのではないか、と辺りを見渡す。

ーーーーいない。追撃の心配はないようだ。


良かった。でもいきなり水の中に落とされた恐怖心は消えない。


きょろきょろと、辺りを見渡す。ーーーーいない。


視界に入ったのは、森の緑と、黒を纏ったような青年だけだった。

私を突き落とした人間は、もういないみたいだ。

人を水の中に突き落としておいて、すぐにいなくなるってどういう事なんだ。


「・・・・・・・・・」


あのままだったら間違いなく死んでいた。


わたしの溺れていた噴水の水かさは、立ち上がると、膝上ちょっとぐらい。

座り込んでいても肩まで届くかぐらい。だから一般的な噴水よりも深いけど、人が溺れるほどでもない。

いままで焦りで気付かなかったが、余裕で足が付く。

バタバタと騒がずに、じっとしていれば溺れずにすんだだろう。


なんで溺れてたんだろう、私。


あっちも、こっちが噴水の水で溺れ死ぬかもしれないなんて思わなかっただろう。


わたしは水が苦手だ。


「・・・・・・カナヅチ、か。」


ふん、と鼻で笑って命の恩人は去っていった。


「あ、」


その時、学校の鐘がなった、十一時を示す、鐘。


十一時を五分すぎてやってきた柏木は、目を丸くした。

あ。待ち合わせ場所は、ここで当たってたんですね。


寒い・・・・。




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