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*感情の揺らぎと別れ

 朝食を済ませ、地下のトレーニングルームでベリルに体術を習う。

「はぁっ……はぁっ……」

「まだ甘い。もっと脇を締めろ」

「はいっ」

 肩で息をする彼女をベリルは冷ややかに見つめた。

 とはいえ、まだ体術に適した体は出来ていない。筋力トレーニングを交えながら、ベリルの動きを倣うようにして学んでいる。

「……私の動きを真似た処で良くなる訳ではないぞ」

「解ってる」

 流れる汗を拭い、深く呼吸した。

 1時間、体術の訓練をして30分の休憩。次の1時間は筋力トレーニング。その次は試射室でハンドガンの撃ち方を学ぶ。

 それを昼近くまで続けてヘトヘトになり、リビングのソファにドカッと体を預ける。

「!」

「よくやった」

 ジンジャーエールの入ったグラスを彼女の前に示す。

「ありがとう」

 受け取って喉に流し込むとスカッとして疲れが取れていくようだった。


 そして昼食を済ませ、「さあ! 再開!」と意気込んでいた彼女の目に、リビングでくつろいでいるベリルが映って眉をひそめた。

「トレーニングしないんですか?」

「ん。昼から明日にかけては休みだ」

 残念そうにしているソフィアを一瞥してクスッと笑う。

「無理をしても何も得られんよ、むしろ体を壊す事になる。明日には筋肉痛が酷いぞ」

「! そうかな……」

 よく解らないが右斜めのソファに腰掛けた。

「筋肉痛は痛めた繊維を修復している状態だ。その間に筋肉は強くなる」

「そうなんだ!?」

 体力トレーニング以外にも、覚えなきゃならない事はたくさんある。

 気を取り直してテーブルの上にある武器のリストを手に取り、覚え始めた。それを見たベリルは紅茶を煎れてお茶菓子を用意する。


「う……うう……タスケテ……」

 次の朝──ソフィアは激痛に目が覚める。

「こっ……こんなに痛いとはっ」

 ずるずるとベッドから這いずり、部屋から出て壁に手をつきヨロヨロと階段を下りる。

「つっ、つらい」

 着替えとかそんなレベルじゃない……パジャマのままフラフラとキッチンに向かった。

「おはよう」

「……」

 しれっと挨拶する彼に目を据わらせる。

「……オニ」

「さて、なんの事だか」

 薄笑いを浮かべ、ダイニングテーブルに朝食を並べていく。

 痛む体でゆっくり席に着き、涙を浮かべながらスープの注がれたマグカップを持ち上げる。

「イタタタ……」

 パンをちぎるだけでも激痛が……っ!

「ク……ククク……」

 その姿に笑いをこらえきれず、顔を逸らして絞り出すように笑った。

「う……くそっ」

 悔し紛れにパンを口に運んだ。


 この2ヶ月の間、少しでも彼に近づくために必死になった。

 彼とあたしとでは決して埋められない才能の差があるコトが色々と学んでいて解る。それをほぞりとつぶやいた時、彼は目を細めてささやくように発した。

「才能とはそれを伸ばすきっかけに過ぎない。それを活かすのは本人の努力に他ならない。誰もが、良くも悪しくも何かしらの才能を眠らせているのだ」

「良くも悪しくも……?」

 聞き返した彼女に視線を合わせ、愁いを帯びた瞳を宙に移した。

「私のような人間はいるべきではない」

 いつか、私のような人間が必要としなくなる時が来る事を願っている。

「でも、それだとベリルは失業しちゃうよ」

「他の職を探せば良いだけだ」

 肩をすくめて発した。

「ベリルは……自分を良いと思ってないの?」

「……」

 少し、悲しげに見上げる彼女の目に困ったような笑みを見せた。

「私は罪人だよ」

 己のしている事に正義など無い。所詮は殺人者だ。

「お前に人の命を奪う重みを知れとは言わない。そうならない事を願う」

「それでも……っ。それでも、あなたに感謝している人たちは沢山いるよ」

 あたしだって感謝してる。あなたに出会えて良かったと思う。例え失恋に終っても……報われない恋をしたとは思ってない。

 あたしは、こんなにも色んな事をあなたから教わったのだもの。

「!」

 彼女の目から涙がこぼれて、少し驚いた表情を浮かべた。

「ごめ……なさい」

 涙が止まらない。もうすぐ彼とお別れと思うと、勝手に涙がこぼれていった。

「!?」

 抱きしめられて目の前が一瞬、真っ白になる。しかしすぐ我に返り、その背中に腕を回した。そして、あごを優しく持ち上げられ、その唇にキスを与えられた。

 暖かく、深く……思考が痺れるほどの口づけを──


 数分後、ソフィアはベッドで枕に顔を埋めた。

「う……あたしってバカ……」

 あんまり気持ちのいいキスなもんだから腰を抜かしたなんて……

「お姫様抱っこでここまで運んでもらうなんてぇ~」

 思い出して顔に火がつく。

「やっぱり諦めたくないなぁ……」


 次の朝──

「!」

 リビングに降りてくると、ベリルが誰かと携帯で話をしていた。

「うむ。……そうか」

 電話を切って降りてきた彼女に目を向ける。

「いつ……迎えに来るの?」

 なんとなく察して苦笑いで問いかけた。

「3日後だ」


 朝食を済ませて荷物をまとめていく。

「持てないものは後で送る」

「!」

 部屋の外から、声をかけられて小さく笑った。数ヶ月しかいなかったのに、あたしの荷物は増えていた。

「何かあればいつでも連絡すると良い」

「! いいの……?」

 目を丸くした彼女に、彼も同じように切れ長の瞳を丸くした。

「当然だろう。今生の別れでもあるまいし」

「! そか」

 彼の傍にはいないけど、いつでも会えるんだ。

「ね、一人前になったら、あたしにも要請してくれる?」

「必要ならね」

 その言葉に満面の笑みを浮かべた。

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