第1056話 天に届く橋(3)
ドームのど真ん中に聳えるヴァイラヴィオーラは、大小無数の触手をけしかけてくる物量攻撃、大蛇型の蔦の口から吐き出す毒液ブレス、さらに砲撃のオマケ、と凄まじい手数を繰り出してくる。
そのくせ、多少傷つけたところで揺るぎもしないくせに、しっかり回復もする辺り、戦っていて徒労感を覚えさせる。流石にこの巨躯にもなれば、『天獄悪食』で斬りつけても効果は薄い。
少なくとも、このまま漫然とダメージを与えるだけでは、いつまで経っても倒せないのは確実。
遺跡からエーテル供給を受ける限り、コイツの体力は無限だ。
「床と天井を這ってるあのデカい蔦が遺跡と繋がってる! アレを全て断ってエーテル供給を止めるぞ!」
ヴァイラヴィオーラの巨躯はこのドームの高い天井にまで届き、床には大樹の根のように周囲に蔦が這い、同様に天井にも野太い蔦が伸びている。
実際にソレらは根の役割を果たし、古代遺跡を循環するエネルギーラインと接続され、直接的にエーテルを吸い上げている。
ただでさえデカくて強いので、濃密な魔力の気配が漂い分かりにくいが、そうなっているだろうと思って探れば、特に濃くエーテルが流れ込んでいる太い蔦を見つけることが出来る。
「地上の根はファルキウス、カイ、ブリギット、天井は俺とセリスとルドラで斬る」
順番に一本ずつ斬っていく余裕はない。同時に斬らなければ、超再生で根が再接続されてしまう。
多少はカバーできるだろうが、それでも全切断の猶予は十数秒もないはず。
つまり、俺達のチームワークが試されるってワケだ。
「行くぞ――――魔手『蛇王禁縛』」
巨大な影の触手で、特に太い竜の頭のような蔦を拘束。
最も危険な頭を封じた瞬間に、全員一斉に攻撃へ転じる。
「飛ばします――――『重力結界・位相・天』」
ちょうど踏み込んだ先に、セリスがピンポイントで発動させた重力結界が展開。月の上ってこんな感じなんだろうか、と思える軽い重力の中で一歩を踏み出せば、『暴君の鎧』を着込んで総重量何百キロだよっていう俺の体も、軽々と宙へと舞い上がって行く。
それに遅れることなく、ドームの端々で飛び上がるセリスとルドラの姿を視認する。
空中で多少動ける面子を、天井側の担当にしたからな。あの二人なら上手くやってくれるだろう。
けど、まずは自分の仕事を果たすとしよう。
「『二連黒凪』」
大跳躍を決めた俺に向かって襲い掛かって来るのは、やはり蔦の束である。天井付近にも、外敵を排除するための蔦は何十何百と蠢いている。
それを武技で斬り払い、一気にターゲットへと肉薄。
「黒凪」
野太い動力パイプの根も『天獄悪食』の一閃であっけなく両断。
ドレインもしっかり効いているようで、切断された根の断面は白くボロボロと崩れ始め、再生するには多少の時間がかかるだろう。
しかし、俺の担当は一本だけではない。早く次の根の切除に動くべく、『蠱惑のクリサリス』で迫る細い蔦を斬り払いながら、ブースターを噴かせて飛ぶ。
キョォオオオ……アアアアアアアアアアァ……
同時多発的に根が切断されたことで、ボスも危機感を覚えたか。唸るような声を轟かせながら、巨大な竜頭の蔦が下から伸びてくる。
まだ『蛇王禁縛』は巨大蔦を抑え込んでいるのだが……新たに生やしたといったところか。
竜頭の蔦は放置するには危険だ。先に一撃いれて黙らせる必要があるか、と思った矢先、
「――――『過重爪痕』」
牙を剥いて迫り来ていた竜頭が、上から強烈に殴りつけられたように大きく凹みながら押し返されて行った。
アレは殴ったというより、超重力の爪痕を押し付けられたのだ。
視界の端に、両目を妖しい紫に輝かせ、竜角の生えたセリスの麗しい顔が映る。
彼女もかなり加護の力を伸ばし、重力を用いた様々な派生技を覚えている。
竜が振るった爪の形に倍化させた重力を押し付ける『過重爪痕』は、受けることができないガード不可の技なので、使われると厄介だ。回避するしかないが、さらに本気を出せば、元となった『天元龍グラムハイド』と同等の巨大な爪にまで攻撃範囲が拡大するので、それも厳しくなってくる。
デカくても小さくても、重力は等しく働く。ヴァイラヴィオーラもこんな超重力を押し付けられたのは初めての経験だろう。遥か眼下で押し潰されている竜頭蔦が激しくもがいているが、効果時間が消えるまであの場からは動けまい。
セリスの素早いアシストのお陰で、俺達は天井の根の切除をスムーズに遂行できた。
確認できた限りの根を切断し、俺達は揃って地上へと舞い戻った。
「――――さて、どうだ?」
「あー、なんかダメっぽいぞ」
地上班も首尾よく根を切断しきってくれていたが、カイが開口一番、残念な予感を口にしていた。
「ああ、ダメっぽいなコレは……」
ォオオオオオオオオオオオオオオオオオン――――
と、呻き声と駆動音のようなものを響かせ、天井と地上で斬られたはずの根が激しく蠢き、再び接続されてゆく。
あっという間の超再生だが……そのためのエーテルを、奴はどこから調達した?
「ルドラ、見えたか」
「ああ。どうやらヤツは、体内にエーテルリアクターを持っているようだ。戦人機が起動した時と、似たような波動を感じた」
確信をもってルドラがそう言う。
やはりそうか。
普段は遺跡からのエーテル供給で賄い、切断されていざって時は、体内のリアクターからエーテルを補充して、再生して戦闘継続できるようになっている。
アーマーとHPが別々になってるタイプみたいな……何にせよ、これで正攻法で押し切るのは完全に無理になった。フィオナがいれば大火力ゴリ押しも可能だったかもしれないが、その時はこの遺跡も灰燼に帰すことになるだろう。
しかし、諦めるにはまだ早い。
俺にはもう一つ、試してみたい攻略法が思いついている。
「ネネカ」
「あーい」
呼び出したのは、通信妖精として同行しているネネカ。
霧の結界があるので、彼女がいても外に通信は届かないが、内側は普通にテレパシーが通る。
そんな彼女には、戦闘開始から少し経って、俺は探し物をしてもらっていたのだ。
「管制室は見つかったか?」
「あったよー、多分ここー」
「警備は」
「蔦イッパイ詰まってるから、私はこれ以上入るのムーリー」
「上出来だ」
遺跡の中枢たる管理区画は、恐らく地下の深いところにある。ヴァイラヴィオーラを無視して、それを探しに行くのは不可能。というか、コイツが地下へ続くルートを全て封鎖している。
しかし、モノリスのある管理区画とは別に、俺は『管制室』と言うべき場所があるのではないかと推測した。
何の管制か、と言われれば――――宇宙船だ。
「すまん、少し離れる。出来るだけヤツを引き付けるよう派手に戦っててくれ!」
「しゃあ、本気出すぜぇ――――『不滅闘士・スヴァルディアス』っ!!」
俺の無茶ぶりにいの一番に答えたカイは、加護全開の青いオーラを輝かせ、嬉々として突撃を始めた。完全にここで力を出し尽くす勢いである。
マジで俺の策が成功しなかったら、一時撤退になっちまうな。
「それから、合図が有ったら全力で離脱だ」
「合図ってどんな?」
「聞けば分かる」
呑気に聞いてくるファルキウスにおざなりな答えをしつつ、俺はネネカの案内に従って、一人でこの場を離脱した。
無論、本体が陣取る広大な中央ホールを脱しても、屋内にはヴァイラヴィオーラの根が張り巡らされている。嫌がらせのように、そこかしこから蔦が飛び出してくるが、本体から伸びる巨大蔦がなければ、大した脅威ではない。
ドレインの力を宿す二刀で刈りながら、俺は上階を目指して行った。
「魔王様、ここー!」
「でかした、ネネカ」
階段を駆け上がり、最上階に達した。下のフロアよりも広い通路が伸びる先に、ビカビカと『妖精結界』を明滅させて、ネネカが待っていた。
今更だが、よくここまで単独で辿り着けたもんだな。
当然、ここにも根は張られているのだが、蔦がネネカを狙う様子はない。妖精は見逃されているのか、それとも何かしらステルス機能をネネカが働かせているのか。
よく分からんが、ここまで来れれば何でもいい。
「突っ込むぞ、掴まれ!」
「おー、行け行けー!」
特に意味は無いが、ネネカが俺の肩に留まったので、そのまま管制室へと突っ込む。
武技を叩き込んで、扉の代わりに入口を塞いでいた蔦の塊を斬り飛ばす。
蛇のように口のついた蔦がギーギーと不気味に鳴きながら、魔力を喰われて塵と化してゆく。踏み込んだ屋内をざっと刈り取ってやれば、末端の再生は遅いのか、おおよそ綺麗になった。
「こんだけ原型残ってんだ、メインの機能も死んじゃいないだろう」
司令部と少し似た作りの管制室で、俺はモノリスにアクセス。
ネネカもサポートしてくれるので、お目当ての機能をすぐに探し当てることが出来た。
幾つかの確認項目を承認していけば……何千年ぶりかに、この施設の本来の機能が蘇る。
「マスドライバー、起動!」
マスドライバーとは、宇宙にモノを打ち上げるための大砲である。
ロケットの打ち上げは確実だがコストがかかりすぎる。そこで大砲のように撃ち出す仕組みが考えられているが……現代の地球では、まだマスドライバーの存在はSF作品の中だけ。
しかし、古代文明は人型兵器で戦争やるような文明度である。マスドライバーくらい実用化していてもおかしくない。
俺は『天にかかる橋』の話を聞いた時は、絶対に軌道エレベーターだと思ったが、まさかマスドライバーの方だったとは。
『ガ――――ザッ、ガッ――――行き――――138便は――――999……999時間遅れで――――ただ今より――――』
途切れ途切れの機械的な音声のアナウンスが、俄かに響き渡る。
だが最も大きな変化は、バリバリと壁面に這った無数の根と蔦を引き裂きながら、壁の一部が大きく開き始めたことだろう。
轟々と唸りを上げて、ドームの一部が開き外へと通じて行く。
その明らかな異変に、これが合図だと全員察してくれただろう。念のため、ネネカのテレパシーも送っている。
全面ガラス張りでホール全体を見下ろせる管制室から、即座に元来た通路へと退避してゆく五人の姿が見えた。
よし、これで後は離陸するだけだ。
海外でも宇宙でも、どこへでも飛んでいけ。
『発進、いたします――――カウント、10――――』
この古代遺跡はマスドライバー式の宇宙空港だ。
大きな橋は滑走路であり、奥の高層ビルは真上に向かって打ち上げるためのレールが続いている。
そしてドームの真ん中には離陸を待つ艦船が留まっていた。サイズと形状、それと多少の砲で武装していることから、軍の貨物船といったところだろう。
ここが放棄された当時、何が起こったのかは分からないが、その船は発進することなく、スタンバイ状態のまま、ただここにあり続けた。
ヴァイラヴィオーラはこの船に根付いている。船のエーテルリアクターを養分にして成長し、やがて更に根を伸ばし、機能が生きてエーテルが満ち続けている空港と繋がった。
ホール中央に堂々と生えているように見えるが、実際は船から生えているのだ。
ならば、何千年越しに船が発進すればどうなるか――――それを今から、特等席で拝んでやろうじゃないか。
「なかなか壮観だな。天空戦艦のカタパルトとは比べものにならない規模だ」
滑走路たる大橋には誘導灯が灯るだけではない。天空戦艦シャングリラの頃から、リリィだけは戦人機発艦用のカタパルトを使って出撃していた。
俺も幼女リリィが『ヴィーナス』に乗ってドヤ顔で発進していくところを見たことあるが、ここの滑走路も基本的には同じ構造のようである。
艦船を走らせる巨大なレールには、カタパルトと同じ青白い輝きが迸るスパークと共に走っていた。
ホールを囲う壁面がガラス張りのように透明なのは、この発着場を客からも良く見えるようにするための造りだろう。滑走路を眺められる空港ターミナルと同じ発想である。
お陰様で、管制室のここからは最もいい眺めが見える。
『3,2,1――――よい旅を』
そしてカウントダウンはゼロとなり、大気圏外まで飛ばすほどの強烈な加速が始まった。
キョォオオオオオオオオワァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
耳をつんざく絶叫がヴァイラヴィオーラから上がる。
そりゃあ、ヤツからすれば長年揺らぐことの無かった地面が、いきなり動き出したようなものだ。何千何万もの蔦を自由自在に動かせるモンスターとはいえ、根を張った本体は動けない。
正しく、艦と運命を共にするしかないのだ。
そして、一度動き出した船は止まらない。
絶叫をかき消すほどに、力強く方々へと這った根がブチブチと悲鳴をあげるような音を立てて引きちぎれて行き、この場に留めるための力が次々と失われてゆく。
最初は少しだけ浮遊するような、次には僅かな前進をする程度だったのが、太いが根が限界を迎えて弾け飛ぶと、加速力も一気に増してゆく。
ギギイイイイイイイイイイイイイイイィン――――
爆ぜるような金属音と共に、急加速。ヴァイラヴィオーラの巨躯を生やしたまま、土台となっている船は巨大なカタパルトレールに沿って一気に駆け抜けて行く。
大橋の上にも、鬱蒼と蔦や根が這っていたのだろう。それらを派手に轢き潰し、弾き飛ばしながら、さらに速度を増してゆき、
「おおっ、飛んだ――――」
高層ビルのような垂直レールを超高速で駆け抜け、その勢いのまま天に向かって飛び立つ。
大きく広がる巨木のようなヴァイラヴィオーラは、当然のことながら空力的に優れた形状ではなく、マッハを超える凄まじい加速に晒されバリバリと音を立てて裂けていた。千切れ飛んだ大小様々な肉片、いや植物片を盛大にまき散らしながら、それでも泰然と突き立つ大きな本体を乗せたまま、船は濃霧の結界を物理的に突き抜けて飛んだ。
流石にこんな超高速で打ち上げられた物体に、霧の上空を縄張りにしている飛竜種の群れも手が出ない。
そうして、全てを置き去りにして天へ旅立ったヴァイラヴィオーラは、
ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン――――
空中で盛大に爆散した。
恐らく、船のブースターが点火した瞬間に大爆発を引き起こしたのだろう。
ヴァイラヴィオーラが巣食っていても、エーテルリアクターの他に船の機能も大半は生きていた。下手に作動した結果、危険な魔力反応が起こって爆発したと思われる。
フィオナが魔法を暴発させた時や、シモンがよく分からん遺物をよく分からんままエーテル流して起動させたら爆発した時と、似たような気配を感じた。
そんな考えが浮かんでくる頃には、爆発炎上して無数の火の玉と化したヴァイラヴィオーラと船の残骸が、黒き森へ降り注いで行った。
空は濃霧で覆われていたが、大質量が超高速で通過していったことで大穴が開き、爽やかな青空がぽっかりと空いているのが見える。その中で砕け散った破片を垣間見たが、流石にあそこまで木端微塵に吹き飛べば、ヴァイラヴィオーラも即死だろう。
あの巨体を維持するエーテルの供給を完全に失っているので、超再生もできない。もしも種のようなものが残っていたとしても、黒き森で芽吹くところからスタートだ。
「……魔王様、今のなに?」
「話せば長くなる。倒せたから、それでいいだろう」
みんなにも、説明は後でゆっくりすればいい。
ともかく、遺跡に巣食っていた強大なボスの討伐は完了だ。これで管理区画への道を塞ぐ者はいなくなったはず。
さっさとモノリスを掌握して、このマスドライバー式宇宙空港に何が残されているのか、じっくり宝探しをしようじゃないか。




