第1055話 天に届く橋(2)
再結成された『ブレイドマスター』を率い、俺はファーレンのモリガンへとやって来た。
オリジナルモノリスはモリガンの黒き森の神殿にあるので、転移を果たせば、そこがすでに出発地点となる。
転移が開通して以降、かなり大きく拡張され、ファーレンとパンデモニウム、そして帝国各地へと通じる要衝として、神殿周辺は急速に発展していた。ファーレン領奪還の時に来た時点で、村と言えるほどに広がっていたが、今はさらに大きくなっている。
今回は、すでに俺が来ることが知れ渡っているのか、かなりの大人数でお出迎えをされた。
「クロノ様直々のお出でとなるとは、感無量にございます」
「ブリギットの顔が見たくなったからな」
「まぁ、お上手ですこと」
以前の俺なら馬鹿正直に「未探索遺跡に期待して飛んできました!」と言っていただろうが、ブリギットはすにでして婚約者である。歯の浮くような台詞も冗談交じりに言うのに抵抗はない。
実際、ブリギットはファーレンの代表としてこっちに居ることの方が多いし。何より、ファーレンはスパーダの隣国であり、次の奪還作戦ではスパーダ領へ侵攻するための拠点になる。取り戻した首都ネヴァンに戦力が集められ、スパーダ奪還作戦への投入がすでに決まっているエメリア将軍の『テンペスト』も、早々に駐留している。
ブリギットもネヴァンにてスパーダ奪還に向けて準備を進めてくれていたが、俺を出迎えにわざわざモリガンまで来てくれた……ってだけの、理由では無さそうである。
「その格好ということは、ブリギットも一緒に来る気だな」
「勿論、ここで隣に立てぬようであれば、魔王の伴侶として相応しくありませんから」
何も知らなければお色気重視の露出装備みたいな衣装だが、これがガチ装備なのはすでに承知の上。
やっぱり俺の伴侶に戦闘能力が一番求められている風潮あるよね。ちゃんと全員、自由恋愛の末に結ばれたので、あくまで結果論なんだが。
そうでなくても、自分とこのダンジョンに君主が行くってんだから、相応しい同行者は絶対に必要なワケで。そもそも普通の王様だったら、こんな危険な仕事はしないけど。
あくまで俺が冒険者上がりだから「まぁ、魔王クロノならダンジョン探索くらいするか」と納得してもらえるだけのこと。
正直ありがたい。サリエルの言っていた通り、半分くらい息抜き気分でもあるのだ。
ここ最近ずーっとミアの戦人機にボコボコにされっぱなしだったから。
俺達もかなり慣れてきて、撃墜数も順調に伸ばしつつあるのだが……ミアのヤツ、絶対に意地になって負けないつもりだろ。この間、初めて見る武器とか出してきやがったし。それもがっつり対人装備。神様のくせにメタるな。
「ゆっくりして行きたいところだが、俺達に残された時間は限られている。早速、出発するとしよう」
「はい、道中までは万端の準備を整えてございます」
長らく不可侵領域であった黒き森の奥は、そこへ向かうだけでも大冒険である。それでも俺に報告が来た時点で、最低限のルートは切り開かれている。
やはり本当に危険なのは、深い霧に包まれた先に聳え立つ古代遺跡。俺達はそこの調査が仕事になるが、そのためのサポートは万全だ。まぁ、王様のパーティが潜るなら、そりゃ総力を挙げて手助けするだろうけど。
本来なら遠慮が勝るところだが、今回に限ってはありがたい。
ただでさえ迷いやすい黒き森を、奥まで進むならば道案内は必須。道中にも当然、それ相応のモンスターが出現するわけで、露払いをしてくれれば力も温存できる。
物資を運び込んだ前線攻略拠点まで築いてあるので、俺達は本当に探索のみに集中できる。
ここまでしてもらっている以上、しっかり収穫を持ち帰らなくては。頼むから、建物だけ立派でもぬけの殻、なんてことはありませんように。
そう願いながら、俺達は黒き森を進んだ。
神殿の辺りでも、100メートル級の木々が増え始めるが、奥へと進んで行けば、以前にブリギットが言っていた通り、森のサイズ感はどんどん大きくなっていった。
さらに背の高い木が増えて行くと共に、普通程度の樹木は減って行く。それに伴い、鬱蒼と生い茂る深い森、といった印象から、巨木ばかりが立ち並ぶ広々とした光景へと移り変わっていった。
巨木が増えた分だけ、高い位置で太陽光が遮られ、背の低い木や植物の繁殖が抑えられているのだろう。広く緑の葉を生い茂らせているのは巨木ばかりで、人間の目線を遮るような高さにある植物は限られる。
より中心部へと近づき、樹高300メートル級の巨木が立ち並ぶようになってくると、その傾向はますます強まった。
頭上を見上げれば、緑の天井は遥か300メートル近くも上であり、厚い巨木の枝葉に陽光は遮られ、辺り一面薄暗い。森の中にいるはずなのに、スケール感が違い過ぎて、どこか巨大な屋内にいるような錯覚に陥る。
「霧が濃くなってきたな」
「はい、ベースキャンプはこのすぐ先でございます」
人の目線では見通しの良い巨木の森だが、立ち込めてきた霧によって視界が遮られてくる。
これ以上、先に進んで霧が濃くなれば、前後不覚に陥るかといった手前の辺りで、攻略最前線となる野営地が設営されていた。
キャンプにはブリギットが選抜したドルイドの精鋭と騎士、それからファーレンを代表する冒険者パーティが集められていた。ドルイドの結界と召喚獣、それから森の中の戦闘に長けたダークエルフの騎士達が守る、豪勢なキャンプ地である。
ここで一旦、休憩をすると共に、現時点で判明している情報を共有する。
ブリギットが代表して、ブリーフィングを始めてくれた。
「この霧の向こう側に、例の古代遺跡はあります。霧は古代遺跡の機能による結界の一種であるようです」
古代遺跡にありがちな隠蔽機能といったところだろう。
すでに龍災の脅威を身に染みて理解している俺としては、これらの隠蔽機能は龍対策なのだろうと察せられる。ただの戦術的なステルス機能なのかと思っていたが、古代において最大の脅威が龍であることは間違いない。
ならば恐ろしい龍の目から逃れるために、あの手この手の隠蔽機能が開発されたことだろう。そして、この場所では霧を発生させるタイプだったということ。
「霧は中心部全域を包んでいますが、画像の通り、内部には霧が立ち込めていません。厚い霧の層がドーム状に展開されている形となっております」
濃霧の結界は単純に視界を遮る効果は勿論、ヴァルナの隠し砦同様に方向感覚を狂わせる機能も併せ持っている。だが古代において最も重要な隠蔽機能としては、魔力、すなわち高濃度エーテルの気配を遮断することだろう。
しかし今の俺達にとって一番厄介なのは、テレパシーの遮断だ。
ここを最初に調査したファーレン軍の探索部隊には、通信用の妖精も同行していたので、すぐにテレパシーが遮られたことに気づいた。
「そして、やはりこの内部こそが最も危険な場所であるようです。すでに内部調査に踏み込んだ斥候部隊が、帰還しておりません」
ここまでの道中は、拍子抜けするほど順調だった。
無論、巨大樹の森に適応した大型のモンスターが多く、危険度としてはかなり高めになるが……それでも、ファーレンのダークエルフ達が長年、近づくのも不可能というほどではないと思えた。
実際にルートを開拓し、霧の結界の手前までやって来て、こうして野営地も設営できている。ここまで来るだけならば、今までも可能だった。
すなわち、ここから先こそが伝説の不可侵領域というワケだ。
「なるほど、霧の結界が展開している以上、遺跡の機能が生きているのは間違いない。そして内部には、これまでの挑戦者全員を生きて返さなかった、凶悪な警備やトラップが満載といったところか」
実に高難度ダンジョンらしいじゃないか。内部はただの伽藍洞で、ガッカリせずには済みそうだ。
「それじゃあ、未知の遺跡に宝探しに行こうか」
◇◇◇
先頭を行くブリギットの案内に従い、俺達は濃霧の結界を無事に抜ける。
そうして、ついに森の中心に聳え立つ巨大な古代遺跡の姿が露わとなった。
「妙だな……」
サリエルからの報告で添えられていた画像や映像を見た時には、何も違和感など覚えなかった。如何にもポストアポカリプス作品で大自然に飲まれた高層建築物といった風情の光景は、想像の範疇である。
しかし実際に黒き森を歩いてここまで辿り着いた時、その強烈な違和感を誰もが覚えるに違いない。
「まるで普通の森だね」
「巨木が一本もありません……植生が全く違ってるようです」
「妙な臭いだ。血によく似ているが、似せただけの偽物といったところか」
「えっ、森の遺跡ってどこもこんな感じじゃねーの?」
ただこの場所だけを切り取って見れば、カイの言うようにこれといった違和感はない。大陸のどこにでもあるような、深い森の中にあって、緑に浸食された古代遺跡だ。
しかし、ここは黒き森の奥底、巨木の森のど真ん中。高層ビルのようにズラズラと立ち並んでは、遥か頭上で天を覆いつくすように生い茂っていた300メートル級の巨木が、ここには一本も生えていない。
普通の森とは一線を画す巨大な森であったはずが、ここだけは通常サイズなのである。
その一方で、ルドラは吸血鬼としての嗅覚なのか、生物に流れる血とは異なる何かをかぎ取っているらしい。どうやら、見た目通りに単なる森、というワケではなさそうだ。
流石の俺も血の臭いを嗅ぎ分けることは出来ないが、それでも妙な気配が漂っていると感じる。
「さて、どんなモンスターが出て来るやら。まずはあのデカいドームに行こう」
内部には全く踏み込めていないが、おおよその外観は把握できている。
俺達が侵入した側から見て、手前に立派なドーム型の建築物が建っている。緑に飲まれてはいるものの、これほど大きな古代建築が地上に残っているのは珍しい。デカい箱物は目立つ分だけ、龍に壊されているだろうからな。古代遺跡でも残っているもので多いのは、地下の部分である。
ドームの外周には、ちらほらと他の建築物もあるが、サイズと配置からして、このドームが本棟であると推測できる。
それから、このドームから後方へ伸びるように大きな長い橋がかかっており、その先にある高層ビルに繋がっている。
目立つのはドームとビル、この二つ。どちらか、あるいは両方に分散して、遺跡を制御する管理区画があると思われる。
遺跡の機能が生きているならば、中枢機能を司るモノリスに辿り着けば、制御権を奪える。そういうのはリリィが一番、次点でフィオナだが、俺もできないワケじゃない。それに俺の通信妖精ネネカも、リリィの手ほどきを受けているので、テレパシーによる少々強引なアクセスも出来る。
完全に制御できないにしても、警備機能を解除することだけでも出来れば、ここは制圧したも同然だ。
そういうワケで、俺達『ブレイドマスター』は遺跡の管理区画を目指して探索することとなる。
朝靄のような薄っすらとした霧だけが漂う、静かな森の中を俺達は二列縦隊で進む。
先頭はファルキウスとカイ。
『運命転輪フィーネ』の加護によって、数秒先の未来が見える加護を持つファルキウスには、奇襲やトラップはまず通じない。寸前で絶対に気づけるからだ。
一方のカイは本職盗賊並みの察知能力が鋭いし、何より本人が一番前で体を張るバリバリの前衛スタイルである。
真ん中はセリスとルドラ。どちらも一流の剣士として前衛を張れる腕前があると同時に、それぞれ魔法も使える。
元よりセリスは魔法剣士として完成されているし、『天元龍グラムハイド』の加護による重力操作も、以前とは比べ物にならないほど強力になっている。
そしてルドラは、俺が一番見慣れた重病人のようにやつれた姿の面影はとっくに無くなり、吸血鬼の王子様と言われても納得のゆく、金髪碧眼の美青年と化している。
吸血を解禁したことで、本来の力と加護も取り戻した結果、ルドラもまた以前とは一線を画した能力を誇る……というのは、すでに対戦人機演習で俺は知っているワケだが。
そして最後尾は俺とブリギット。
狂戦士と言われる俺も、このメンバーの中にあっては大人しく黒魔法使いとして後衛に立つのが最適だ。以前に比べて、俺の黒魔法も各疑似属性ごとに色々と増えてるし、本職に負けない後衛魔術師として活躍できると自負している。でもフィオナとは比べないでくれよな。
ブリギットもクラスで言えばドルイドになるが、彼女が『新月妖刀』を片手に嬉々として敵を斬り刻む剣士スタイルを好むことも、俺は知っている。立派に『ブレイドマスター』の一員を名乗れる剣の腕前だ。
「……来るね」
ポツリとファルキウスが漏らすと共に、総員、抜刀。
そこらの木陰から、分かりやすく威嚇の唸り声を上げながら四足の獣が――――獣、なのか?
「うおっ、なんだコイツ、狼っぽいけど花じゃねぇか!」
カイの叫びに、きっと全員の感想が一致したことだろう。俺もそう思っている。
シルエットだけで見れば、よくある狼型の四足獣。しかし、肉体を構成するのは深緑の触手というべき蔦だ。不気味に脈打つ蔦が筋肉の代わりに、滑らかに四肢を動かしている。
足の先には爪ではなく、スパイク状の殻で覆われ、胴体は毛皮代わりなのか、笹のような細長い葉が背中に生い茂っていた。
だが最も特徴的なのは、首元から頭部を全て覆っている、真っ赤な花弁の蕾。閉じた傘のような細長い蕾の中から、如何にも獣らしい唸り声が響いてくる。
そんな蕾と蔦の狼が、群れを成して俺達の前へと立ちはだかる。
一足飛びに襲い掛かって来ないのは、まだ俺達が奴らの縄張りを超えていないから。大人しくここで引き返せば、見逃してくれるといった雰囲気が伝わる。
「悪いね、僕たちはこの先に用があるから」
「押し通らせてもらうぜぇ!」
俺が指示などする必要もなく、ファルキウスとカイの前衛二人組が突撃。
素早い踏み込みで瞬く間に間合いを詰め、威嚇に留めていた蕾狼が反撃に転じるよりも先にバッサリと切り捨てた。
キョォオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
それによって、絶叫を上げて蕾狼の群れが一斉に攻撃へと移る。
すると閉じていた蕾が一気に開花し、その内に秘めていた牙が露わとなった。
「うわっ、キモ!」
と叫びながらも、カイは真正面から開いた花のど真ん中を大剣で貫く。
奴らには、顔が無かった。花が開けば、大きな花弁の襟をつけた、首無しの狼といった形。しかし、その奥に確かに獲物を食らう口は存在していた。
花の中央、柱頭というべき場所に、ワームのような円い口がある。
やはりコイツらは、狼を模しただけのクリーチャーだな。
「ふむ、自然の魔物ではないな。姿が偽物なら、その身に流れる血も紛い物か」
四方から襲い掛かって来た蕾狼を自ら切り捨て、やけにオレンジがかった血が噴き出るのを見て、ルドラが言う。
防衛用に作れた人造のモンスターか。あるいは、ソレらが野生化して変質したものか。
「狼型の他にも、似たようなのがいます、ご注意を!」
セリスが叫ぶと共に、サーベルを振れば風の範囲攻撃魔法が飛ぶ。
それによって迫って来た蕾狼が蹴散らされるが、彼女の本命は前衛に迫る遠距離攻撃だ。
「ここは随分と物騒な花が咲くのですね」
「完全にタレットだな」
前衛組を撃ったのは、そこらの木々から生えだした、紫に白い斑点模様の大きな花だ。丸く大きく膨らんだ子房の花は、柱頭を銃口として種の弾丸を撃ち出していた。
そこら中に生い茂り始め、俺達を取り囲むように花の銃口が向けられる。
シャァアアアアアアアアアアアッ!!
さらには、奇声を上げて樹上からラぺリング降下するように、垂らされた一本の蔦を伝って、蜘蛛型のモンスターも降って来た。
例によって、この蜘蛛も蕾狼と同じく、姿を模しただけの蔦の化物だ。
蔦の肉体に、樹皮の甲殻を身に纏い、円い口元からは猛毒ですと自己主張するかのような、怪しい緑の粘液がボタボタ垂れている。
周囲に蠢く無数の気配から、他にも色んなタイプのモンスターがいそうである。
だが、馬鹿正直に全て相手にしてやる義理は無い。こっちはただの調査に来ている、ゴブリンの巣穴駆除のように、全滅させる必要はないのだ。
「雑魚に構うな。一気に突破してドームを目指す」
迫り来る植物クチーチャーを、刃の嵐で切り開き、俺達は真っ直ぐに前を目指して突き進んで行った。
◇◇◇
「――――うん、やっぱこの組み合わせが最適解だな」
拠点防衛の本能を持つと思われる多様な植物クリーチャー共を蹴散らした中で、俺の装備は右手に『天獄悪食』、左手に『蠱惑のクリサリス』に落ち着いた。
両者に共通する特性は、魔力の吸収。
植物ベースのせいか、奴らは妙にタフい。脚の一本を斬り飛ばしても、怯みもしない。そもそも痛覚が無いのだろう。
負ったダメージはどこからか新たな蔦を供給することで回復もできるので、手負いで逃せばすぐに再生してくるのも厄介だ。かといって、次々と押し寄せてくる群れを前に、いちいちトドメを刺し切るというのも手間である。
しかしながら、こういった肉体にあまり依存しない魔法生物的な特徴を持つタイプの弱点は、魔力そのものである。
生身の人や動物は魔力欠乏症寸前まで行っても、気絶して動けなくなる、程度で済む。それも本当に魔力が尽きるギリギリにならねば、大きな反動を感じることは無い。
一方、魔法生物にとって体内の保有魔力の欠乏は死に直結する。故に吸収なんかは特効的な威力を誇るが……どうやらここの連中も、肉体より魔力の方が大事なタイプであるようだった。
魔力を喰らう『天獄悪食』と『蠱惑のクリサリス』の刃は、浅く裂いただけでも、目に見えて相手の動きが鈍っていた。
あの蔦は自由に継ぎ足して肉体を構築できる便利な素体だが、その性能はかなり魔力に依存しているらしい。切り裂かれた箇所は白く枯れて、ボロボロと崩れる。
魔力を失えば形を保っていられないのは、典型的な魔法生物の特徴でもある。
やはり植物クリーチャーは、この遺跡を生かしているエーテルによって作られているな。管理権限を握って、エーテル供給を止めるだけで全て枯れさせることが出来るだろう。
一網打尽にする算段は立ったものの、それも本来の目的が達成されなければ実行できない。すなわち、しばらくの間は奴らも元気に動き回って侵入者の排除に躍起になってるというワケだ。
「うーん、面倒な相手だったけれど、どんな冒険者も生かして返さなかった、というほどの脅威は感じられなかったよね」
「まぁ、フツーに群れるタイプの雑魚って感じ?」
大群を真正面から突っ切ってドーム内へと潜入し、入口を防御魔法で塞げば追跡を一旦断つことには成功した。
俺達は通路の一角と思しき場所で、小休止をとりつつ、感想と考察を語り合っている。
「外のモンスターは、大人しく引いたようです。恐らく、中と外で縄張り、すなわち担当警備エリアが異なっているのでしょう」
「恐らく本命は、中にいるのだろう」
俺が展開した黒土と黒氷の二重防壁の外側の気配を探っていたセリスが言う。確かに、俺達が飛び込んだ直後こそ、種の弾丸やら毒液やら撃ちまくり、群れも壁に取り付いてガリガリ削っていたが、今は全くそういった様子は感じられない。
「ルドラ、何か臭うか?」
「……いや、花々の香りが漂うだけだな。地上の遺跡は廃墟も同然、淀んだ臭気がするのが普通なのだが」
「空調含めて維持管理機能が生きてるんだろうな」
実際、この通路の時点でかなり綺麗である。確か、最初にカーラマーラの第五階層を制圧した時も、こんな感じだった。施設内を清潔に保つ、保全機能が生きていれば千年越しでもお掃除不要な状態が維持されるワケだ。
「それで花の香りがするということは、やはり植物型のボスがいるのでしょう」
つまり、ここからが本番というワケだ。
俺達はさっきまで戦ってきた奴らの特徴から、推測されるボスの能力を話し合い、作戦を決めてから出発することにした。
◇◇◇
そのまま通路を抜ければ、巨大なドームの中へと出た。
内部構造は本当に球場ドームのようで、中央部は面積の大半を占めるマウンドみたいに開けた広大な空間と化している。ただしそのサイズ感は、東京ドームの比ではない。
外から見た時もかなりの巨大建築物だと思ったが、中に入って見ればさらその巨大さを実感できる。
巨木に負けぬ高い天井に、中央を囲う観客席のようにガラス張りの階層は、何十階にも分かれている。
さて、そんな現代の地球でも不可能な巨大ドームの中には、一目で分かるほどデカいボスがいた。
「なぁ、ブリギット、これさ……」
「はい……ヴァイラヴィオーラに、よく似ていますね……」
首都ネヴァン奪還の際に、黒薔薇城に駐留していた十字軍本隊を一人残らず殺し尽くした、伝説の呪術王が残した防衛機構。それが竜妖花『ヴァイラヴィオーラ』である。
ドームの中央に陣取っているのは、アレとよく似た黒薔薇を咲かせた巨大な蔓の塊。堂々と聳え立つ様は、ジャックと豆の木に描かれる、天を衝く豆の木の絵のようだ。
俺達が中へ踏み入ったことはとっくに察しているのだろう。ドラゴンの顎が如く凶悪な口のついた蔦が、何本も鎌首をもたげて俺達に向けられている。
「撃って来るよ!」
ファルキウスの呼びかけに、俺達は瞬時に散開。
直後、見たことのある色合いの光弾が雨のように降り注いできた。
「アイツ、古代兵器も操ってるのか」
ドーム中央に生えている根本付近から、何本も砲身が突き出ているのが見えた。
天空戦艦の副砲よりもさらに口径は小さいが、機銃よりも大きい立派な砲である。生身の人間を撃つものではなく、同じ兵器相手に使うサイズだ。
それをただの人に過ぎない俺達にドカドカ撃ち込んでくるのだから、防衛機構の判断力はとっくに狂っているようだ。
「いやぁ、戦人機の訓練してて良かったね」
「こんなもん、とっくに目が慣れてんだよぉ!」
予期せぬ攻撃に肝を冷やすところだが、ここ最近で慣れ親しんだ攻撃なので、実に余裕をもって対処できる。こんなところで、こんな形で訓練の成果が出るとは思わなかったが。
「『ヴァイラヴィオーラ』は十字軍を殺し尽くした化物。砲撃はオマケみたいなモノだ、本体の動きに気をつけろ」
油断の出来ない大ボスだ。気合を入れて行こう。




