第1050話 対戦人機特別訓練
四帝会談によって、我がエルロード帝国は十字軍、オルテンシア、ロンバルト、を相手に三正面作戦を強いられることが決まってしまった。
幸い、敵三ヵ国が組んで襲ってくることはないが、それくらいしか良いとこがない。使徒のいる十字軍、戦人機部隊を擁するオルテンシア、天空戦艦も飛ばしているロンバルト。いずれも超ド級の戦略兵器を抱える、強大な戦力が揃っている。
今からでもエカテリーナかザメクの気が変わって、先に十字軍潰そうぜってことにならないかなぁ、と情けなく思ったりもするが、俺もお飾りとは言え皇帝陛下の魔王様。帝国が勝つためのプランを全力で推し進めなければならない。
そのためには、それぞれの敵に対する対抗策を用意するところから始めた。
まずは、すでにありがたくも先代魔王様ことミアによって、戦人機戦のレクチャーが始められているので、オルテンシア対策を進めることにした。
ガチの古代兵器である戦人機は、半端な戦力では一方的に蹴散らされるだけ。勝負の土俵に上がることの出来る戦力を、一人でも多く用意することが重要だ。
「――――それで、アレに古の魔王ミアが乗っているのかしら」
「本人が乗ってるというより、遠隔操縦している感じらしい」
やって来たのは、俺の夢の中。
黒い大地に赤い空の殺風景極まる場所は、ただの夢ではなく、俺の加護の領域だ。
リリィのテレパシーと俺の『黒の魔王』の合わせ技によって、戦人機と戦える夢のバーチャルフィールドへ二人で降り立つことに成功した。
そんな俺達の前には、ライフルと盾の基本装備を持った戦人機『スプリガン』が一機、堂々と立っている。バイザー型の目が青く光り、背部のブースターにもエーテルの燐光が灯り、いつでも始められる状態だ。
「……マスター」
「サリエルも来たか」
「はい、フリーシアに招かれました」
サリエルは以前、夢の中で『暗黒騎士フリーシア』に実戦稽古をつけてもらったことがある。
今回もそれの延長みたいなものと認識してくれたのだろう。
今夜の俺達は右にリリィ、左にサリエルと、川の字になって眠っている。
この面子なら上手く夢の中で『黒の魔王』に招いて、ミアの操る戦人機との実戦形式の訓練が出来るかと思ったが、一発大成功だ。
自分の嫁であるイオスヒルトがやらかしているせいなのか、ミアも大目に見てくれているのかもしれない。もう神託どころじゃない、神降臨の大盤振る舞いだ。
「あっ、何かもう一機きたわよ」
「恐らく、フリーシアが操縦している」
赤い空の上から、突如として振ってきたようにもう一機のスプリガンが降り立った。
武装はミア機と同じ盾だが、右手には槍を握っている。
あの槍も基本的な近接装備の一つだと言うが、
「伝説の魔王と暗黒騎士が、人形越しとは言え揃い踏みとは。何とも豪勢なことね」
「ああ、偉大な先輩の胸を存分に貸してもらおうじゃないか」
こうして場も整ったのだ。
今は神様相手にありがたがっている時間すら惜しい。早いとこ始めさせてもらおう。
俺達は一刻も早く、戦人機相手の対抗策を用意しなければならないだから、
と、意気込んだはいいものの、結果は惨敗。
俺達三人だけとはいえ、ほぼ帝国の最高戦力だ。俺は『暴君の鎧』を着込んで呪いの武器も全て使えるし、リリィだって『ヴィーナス』は勿論『ルシフェル』への変形だって好きに発動できた。
それでも、完膚なきまでの敗北だ。
「そもそも生身で古代兵器に対抗するのは無理がある。古代でも、そんなことが出来る者はいなかった」
「でもミアは生身で戦人機相手にする修行もしてたって言ってたぞ」
「伝説の魔王の鍛錬を基準にするべきではないかと」
確かに、サリエルの言う事は正論である。
古代では使徒だって戦人機の専用機に乗って暴れ回っていたのだ。生身の俺達は、やはり勝負の土俵にすら上がれていない状態といえよう。
だが、俺達に戦人機がない以上、それを頼った戦いは出来ないのだ。無いものは無い!
「うーん、私達なら、もうちょっと練習すればいい線いけると思うけど。大体のスペックは今回で把握できたし」
「そうだよな、慣れたら三人がかりで一機倒すくらいまでは行けそうな気がする」
流石はリリィ。神の操る古代兵器を前にしても、勝利のために冷静に分析をしてくれる。実際、リリィは前に『スプリガン』を操ったこともあるので、最も機体への理解が深い。
「しかし、私達だけが強くなっても、オルテンシアには部隊編成できるほどの数が揃っている」
「ああ、俺達だけがサシで勝てるようになっても、戦人機部隊は止められない」
頑張れば俺達なら勝てそう。だがそれで満足するわけにはいかない。
戦人機部隊を相手にするなら、もっと頭数が必要だ。
「訓練するには、もっと『黒の魔王』を拡張できるようにならないと」
「加護の練習にもなって、ちょうどいいじゃない」
「とりあえず、明日にでも人数を増やしてみるか」
こういう時は、まずフィオナとネルを呼ぶのが筋なのだが……残念ながら二人は今、パンデモニウムを留守にしている。
すでに二人はロンバルト戦を担当することが決まっている。
ロンバルトとの戦いは、まず間違いなくレムリア海での海戦となるだろう。そうなれば、主力はルーン海軍を頼ることとなる。
フィオナは太陽神殿の御子であり、腹違いの妹でもあるフィアラとすっかり仲良くしているし、ネルはルーン外交をする上では外せない。
ファナコは婚約者となったが、そもそも彼女は軍事に関わっていなかった。加護の力を使えば個人戦力としては相当なものだが、あくまでファナコは普通のお姫様として扱われてきたのだ。いくら魔王と婚約したからと言っても、急にルーンの軍事を預かる立場にはなれない。
俺だってファナコの力をアテにするために、婚約したワケじゃないからな。これでいいんだ。
ともかく、フィオナとネルがいないので、俺は次に身近な戦力へ声をかけてみることにした。
「自信がないなら断ってくれてもいいんだが、特別な訓練を受ける気はあるか?」
「はい」
「そうか、なら今夜、俺の部屋に来てくれ」
「はい」
流石はプリム、二つ返事でOKしてくれた。
良かった良かった、と了承をとれて安堵した後になって、さっきの誘い方なんかちょっといかがわしい感じじゃなかったか、と思ったが……訓練って明言してるから勘違いはしないだろ、と納得した。
プリムを選んだのは、暗黒騎士で傍付きのメイドで声がかけやすかったこと。
『ケルベロス』の性能と『鎧の乙女』という加護の力が合わせれば、戦人機相手でも何とかついてける機動力がありそうなこと。
そして何より、彼女自身の努力による成長が、よく感じられたこと。
プリムはホムンクルスとしては恵まれた肉体ではないものの、暗黒騎士のエースとして頑張ってくれている。今日の組手では、俺を相手に単騎で凄まじい粘りを見せてくれた。対戦人機戦特別訓練を積めば、プリムはもっと伸びるだろう。
そんな期待を込めて指名したプリムは、時間通りにやって来た。
いつものメイド服姿で、気合の入った眼差しで俺を見上げてくる。やはり変な勘違いなどしなかったと安心する。
これで勝負服みたいなの着込んで現れたら、寝室に呼ぶとか紛らわしい真似してゴメン、と素直に陳謝するより他は無かった。
「緊張しなくていい。リラックスして、目を閉じて」
「は、はい……」
プリムをさっさとベッドへ寝かせると、睡眠導入剤となるお香はすぐに効果を発揮してくれた。無駄に耐性の高い俺には全く効かないが、プリムはすぐにスヤスヤである。
こうして無防備に俺のベッドで眠っている姿を眺めると……このまま安らかに眠らせてやりたい、という気持ちが芽生えて来るが、そういうワケにはいかない。
俺は心を鬼にして、過酷な訓練を始めることにした。
◇◇◇
プリムをはじめ、俺は徐々に特訓の参加人数を増やしていった。
勿論、寝室には呼んでいない。とっくにベッドで寝転がれる人数を越えているからな。
「――――これより、対戦人機戦特別訓練を始める」
アトラス大砂漠の総合演習場にて、俺はそう高らかに宣言する。
今夜、ここに集ったのは精鋭戦力ばかり。
月夜に浮かぶのは、『帝国竜騎士団』とラグナ空戦隊を乗せた天空戦艦エルドラド。
その下には『暗黒騎士団』、『第一突撃大隊』、『混沌騎士団』、『巨獣戦団』、と主力級の地上戦力が立ち並ぶ。
今すぐ決戦に臨めるだけの軍団丸ごと、我らが黒き神々の御許へ送るために、俺は加護の力を解き放つ。
「『黒の魔王』」
ここ最近の特訓によって、俺の『黒の魔王』もかなり領域を拡張することに成功した。集った軍団を覆うほどの広範囲に展開させる。
『黒の魔王』は自分にだけ有利になるような、己が信仰する神の領域を広げているワケではない。この中では黒き神々も、白き神も、平等に世界の理の制約無しに力を振るえる、空白の世界。
誰の味方でも敵でもない空白だからこそ、他の次元魔法と比べれば拡張しやすいようだ。
そういう性質のお陰で、順調に展開範囲は広げることが出来た。
さらにリリィのテレパシーによるアシストのお陰で、現実ではなく夢の世界への以降もスムーズに行われる。今は全員、ベッドで横になって眠る必要もない。
この場で『黒の魔王』に包まれるままに身を任せれば、それで夢の世界へご招待だ。
「おおぉ……」
「こ、ここが、神の領域なのか……」
これほどの大人数を招いたのは初めてでもある。つまり、この中に初めて来た者が大多数でもある。
思わずと言ったようにざわめきが広がって行くが、そう驚くような変化はない。
今の領域内は、総合演習場と同じ地形のまま、黒い地面と赤い空へと変わっているだけ。ただ地形の色合いが変わっただけにしか見えないだろう。
現実の地形をそのまま領域内に反映できるようになったのも、ついこの間のことだ。
完全に平坦な俺の未熟な心象風景にするよりも、逆に現実のままを映した方が発動と維持は楽だったりする。その代わり次元魔法としての強度は落ちるようだ。
完全な自分の世界を構築するのではなく、半分現実世界のままにいるからこその性質だろう。
今回はそれに加えて夢の性質も併せ持っているので……発動コストは半減してるけど夢のオプション追加してるのでプラマイ0、みたいな感じだ。
だが、これで軍団丸ごと戦人機との実戦形式での訓練が出来るのだから、安いものである。
「驚いている暇はないぞ。すぐに来るぞ、神々の軍勢がな」
黒い砂丘の向こうから、鋼鉄の巨人が群れを成して現れる。
今やこの領域に出現する戦人機の数は、立派に部隊を組めるほどとなっている。
その全てをミアとフリーシアで操っているのか、それとも他の神々も手を貸しているのか、詳しいことは分からない。
彼らはただ、戦いで語るのみ。
だが強いて個人的な感想としては、かなり色んな神様が戦人機を操縦していると思われる。明らかに動きのクセが違う奴らが何機も混じっている。得意な武装や間合い、戦法も様々。
というかこの間、俺達の特訓そっちのけで勝手に決闘してた奴らいたよなぁ? 俺の領域、黒き神々の遊び場になってない?
そんな暇を持て余した神々の戯れ疑惑はさておき、こっちの目的はしっかり果たさせてもらおう。
「勝利条件は敵機の殲滅。敗北条件は、俺かリリィが討たれるか、エルドラドを堕とされるかだ」
戦人機は一機でも残っていれば戦局をひっくり返される力を持つ。全て破壊しなければ優位性は揺るがない。
対して、帝国軍としては俺かリリィか天空戦艦、どれかを失えば主柱を失い瓦解する。たとえ敵の殲滅に成功しても、どれかを失えば意味がない。オルテンシアだけが敵じゃないからな。
「ここは夢の中だ、死んでも死なない。安心して死力を尽くしてくれ――――総員、戦闘開始!」
「オール・フォー・エルロード!!」
◇◇◇
「ダメだ、勝てねぇ……」
昨晩の戦いは散々でしたね。
俺は死ぬ、リリィも死ぬ、エルドラドも木端微塵に爆発四散。最悪のバッドエンドルートを見せつけられた気分だ。
自重を知らない神の軍勢にズタボロにされ、連戦連勝、常勝不敗を誇る帝国軍の威信は失墜した。
そりゃあ、神の操る戦人機が群れで襲って来れば、そうなるのも当然なのだが……
「あのさぁ、お兄さん。やっぱ無理だよ、戦人機相手に通常戦力で対抗するなんて」
「だよなぁ……」
司令部にて、項垂れる俺に正論を語るのはシモンである。
昨晩はエルドラドの艦橋に乗っており、戦人機の様子を観察し続けていた。
尚、エルドラドは防御結界が破れた次の瞬間に、戦人機がライフルを艦橋に突きつけ、クルーを一掃して勝負が決した。
ああいう戦艦の落とし方、ロボットアニメで何度も見たことあるやつ。シモンもデカい銃口から眩い輝きに包まれ蒸発する体験をしたことだろう。
「というか普通に十数機倒してるだけでおかしいからね」
「そりゃあ、俺達も多少は慣れたから」
魔王の面目躍如である。
それでも最後は圧倒的な戦力差を前に屈するより他はないわけだが。
「普通の動きの機体には後れを取るような感じじゃなかったよね。お兄さん倒したの、明らかに動き違ったし、リリィさん倒したのも特殊な装備使ってたし。あれがエース機体ってヤツ?」
「多分、俺を倒したのはミアで、リリィを倒したのは……イリス、らしい」
「妖精女王も参加してるの……」
機体こそ同じスプリガンだが、毎回リリィを倒しにくる機体は、自律稼動するビット兵器を搭載した、特別なバックパック装備の空戦特化仕様である。
最初はただ高性能機で装備が強いだけだと思ったが、
「これが私の新たな試練……ふふ、女王陛下が直々に指導してくれるなんて、光栄だわ」
やられても、リリィはどこか満足そうにそう呟いていたので、恐らくそういうことなのだ。
もしかすれば、リリィ以外にも、自分に関わる神様が、この機会に乗じて参戦しているのかもしれない。
戦いの際に、戦人機は何も語らないので、正確なところは分からないが。気づける者だけが気づけるのだろう。考えるな、感じろ、というヤツか。
「だからさ、対抗するにはただの訓練だけじゃ無理。ちゃんと対策装備がいると思うんだよね」
「とは言え、帝国軍に動かせる戦人機なんて一機も無いだろう」
「確かに稼働できる機体は無い。でも、パーツや装備は色々ある」
戦人機は古代の主力兵器である。つまり、どこの国でも配備されていた。旧型や新型など世代と性能の差こそあろうが、一機も無い場所など無かったことだろう。
その証拠として、鋼の巨人の部位や武器、というのはパンドラ各地のダンジョンで発掘される。その大半はバラバラのパーツ単位で、たまに人型の原型を保っていたりもするようだが、とても稼働できるような状態では無い。
天空戦艦を筆頭に、すでに古代兵器を扱う我が帝国軍では、そういった古代兵器の遺物を積極的に収集しているが、それでも生きた戦人機は一機も無い。何とかパーツを繋ぎ合わせて機体を完成できないか、というプロジェクトもあるが……成果は芳しくないようだ。
「戦人機は作れなくても、対策装備は何とか仕上げられるかもしれない。無いものは仕方がない、有るモノで何とかするしかないでしょ」
「あまり時間も無さそうだが、大丈夫か?」
「いつものコトでしょ。それに、本物が動くところをあんなに見れたから。試してみたいアイデア、沢山あるんだ」
ワクワクしているような笑顔でそう語るシモンに、俺は賭けることにした。
それは今までだって同じだ。この天才錬金術師様に、俺は全額投資して、ここまでやって来たのだから。




