第1045話 会談
清水の月20日。
ヴェーダ法国からパンデモニウムへと帰ったその日の夜、第五階層司令部で俺はちょっと久しぶりとなるエレメントマスター緊急会議を招集した。
「まずいことになった」
「まずいわね」
「これはまずいですね」
ホログラムで浮かび上がるパンドラ大陸の地図を囲んで、俺達は揃って頭を抱えていた。
今この場にいるメンバーは俺、リリィ、フィオナ、サリエルの四人。ネルは現在アヴァロンにいるので、緊急で呼び出すような真似はしなかった。
そのネルがいるアヴァロンなのだが……今、パンドラで最も危険な地域となりそうだった。
「恐らく、オルテンシアとロンバルトはアヴァロンでかち合う」
北から南下しつつある、戦人機部隊を抱えるオルテンシア軍。
西からレムリア海を渡ってくる、天空戦艦を擁するロンバルト軍。
そして本来の相手となる、スパーダに居座る十字軍。
南進するオルテンシアと東進するロンバルト、両者が進む先を単純に直線で伸ばせば、それが交わるのはアヴァロンだ。
無論、実際の進軍が常に真っ直ぐ進めるワケではないが……地図上においても、凡そその直進ルートに沿って攻めてくるだろうと推測される。
オルテンシアは大陸中央部へ進出する際に、十字軍が北部侵攻のために切り開いたルートを利用するだろう。そこはスパーダのダキア地方にあり、アヴァロン東側の領地ギリギリといったところ。
正確には、スパーダと接するアヴァロン東部の一部は、アスベル山脈にあるハーピィの国家ウィンダムに割譲しており、十字軍との防波堤として利用している。
オルテンシアがそこを通って侵攻してくれば、通常戦力しかないウィンダム領を容易く超えて、アヴァロンに攻め込むというのが、最も可能性が高い。
戦人機部隊による威圧を最大限に使って、大陸北部を素早く制圧。ネヴァーランドからの情報によれば、まだ北部平定と、大陸中部への侵攻準備に、時間をかけているとのこと。
古代兵器の力を過信せず、アスベル山脈に入る手前で進軍はピタリと止めており、最北に位置する本国との補給路の拡大に務めているという。
一方のロンバルトは、レムリア海を東に向かって進めば、最初にルーンを狙うだろう。ルーン本島を占領すれば、レムリア東側沿岸地帯の全てに睨みを利かせられる。ここら一帯の制海権を握るには不可欠の立地だ。
ルーンを抑えた後は、やはりロンバルトも次にアヴァロンを狙う可能性が一番高い。
現状では、ザメク王による東征の宣言と、遠征艦隊の編成を始めたところだという。今から船を集めているならば、流石に今日明日に出航することは無い。
天空戦艦アスガルドの飛行を広く人々にお披露目したのもつい最近。レムリア海を横断できるだけの航続距離が本当に確保できるのか、そういった検証もこれからだと思われる。こちらも実際に動き出すには、まだしばらくの時間を要するだろう、
両国とも、今すぐ攻めてくるワケではない。だがしかし、オルテンシアもロンバルトも、魔王を名乗ってエルロード帝国を起こした俺を明確に敵視している。
すでに帝国は大陸の半分近くを領有するに至った大帝国だ。大陸統一の野望に燃える者からすれば、一目で最大の競争相手と分かる。これでまだアトラス大砂漠一帯くらいの領土だったら、あんな南の果ての自称帝国は最後でいいか、くらいに思ってくれるだろうが……流石に南半分を支配下に置いた現状、ウチのことは放っておいてくださいで通用しないだろう。
「三正面作戦なんて、幾ら何でも無理があるわね」
「相手が従来通りの軍隊なら、それでも何とかなったんだが……」
「戦人機に天空戦艦ですか。とうとう帝国軍の古代兵器アドバンテージも失われてしまいましたね」
サラっと一番キツいことを言うフィオナだが、その言葉は正に核心を突いている。
我らがエルロード帝国軍がイケイケドンドンでパルティアまで進出して来れたのは、間違いなく天空戦艦シャングリラを始めとした、古代兵器の存在が大きい。
通常戦力は古代兵器で蹴散らし、使徒は『アンチクロス』で相手取る。十字軍と大遠征軍と戦うに際して、きちんと優位な戦力を常に確保できていたからこその勝利。正に戦争は戦う前から勝負は決まっている、というヤツだ。
しかしオルテンシアとロンバルトは、どちらも古代兵器を保有している。まだ情報収集が十分ではないので、その規模は判然としないが……もしかすれば、こちらの保有する古代兵器を上回る数と質を揃えている可能性だってあるのだ。
そして何より、両国は十字教勢力ではない。
オルテンシアはハイエルフの王族が治める、エルフ中心の国家。女王エカテリーナは、国において最も長寿のハイエルフとされている。
一方のロンバルトは他種族の混血が進んだ西部国家。国王ザメクは、典型的な混血種の特徴を持つ大男らしい。
つまり、十字軍からパンドラを守るのが一番の使命としている俺としては、全く戦う必要のない相手なのだ。
「でも向こうがその気なら、容赦はできないわよ」
悲しいけど戦争ってヤツだ。
こっちにその気が無くても、殺意をもって襲ってこられれば、よほどの力の差が無い限りは手加減などできはしない。
困ったことに、オルテンシアもロンバルトも帝国が本腰入れないと相手どれないほどの強敵なのだ。
「十字軍に漁夫の利をされることだけは、何としても避けなければ」
「今頃、第八使徒アイは高笑いして見物してそうですね」
唯一の救いは、両国とも人間中心国家ではないため、十字軍と組む可能性は低いこと。ヴェーダ法国のような例外もあるが……エカテリーナ女王もザメク王も、自ら大陸統一を標榜している。
そうである以上、魔族の殲滅を掲げる十字教と手を結ぶような真似は、己のプライドにかけてしない――――とも限らないのが、怖いところでもある。
エルロード帝国を最大の脅威と見て、手段を選ばなければ、最悪の場合、十字軍・オルテンシア・ロンバルトの三国同盟を結成して、帝国包囲網を仕掛けられる。
「まず避けるべきは、三勢力が結束すること。そしてオルテンシアとロンバルトとの戦いは避けること」
端的にサリエルが言う通り。
最悪の事態に備えることも大事だが、まずは何より最悪を避けるための最善を尽くすべきだ。
何としてでも三国同時に相手にする状況だけは回避することが、最優先である。
「急いで和平の使者を送ろう。対十字軍の同盟が結べれば一番良いが……せめてスパーダ奪還が終わるまでの不可侵条約は結びたい」
「でも足元を見られても困るし、あまり下手な人を送るわけにはいかないわね」
「これまでの帝国の外交は、力関係と敵対関係が明白な相手ばかりだった。今回は可能な限り、こちらの有利な条件を引き出す交渉力が求められる」
「それって何かいつもと違うことあるんですか?」
「フィオナはちょっと黙ってて」
ネロ率いる大遠征軍という対話不可能な敵対勢力に、味方に引き込んだのはどこも滅亡寸前まで蹂躙された国々ばかり。どちらとも対等なテーブルで駆け引き、というような状況にはならなかった。
けれど今回ばかりは、そうもいかない。こっちとしては、両国を相手に安易な武力行使は出来ないのだから。
「ミリアルド総督とハナウ王に任せましょう」
「なるほど、戦火を被る当事者だし、国王としての経験も確かだからな」
黙っていれば、アスベル山脈を超えてオルテンシアがアヴァロンへ襲来する。ロンバルトはレムリア海を渡った先で、真っ先にルーンを攻める。
すでに両者にも、この新たなる脅威の存在は知れ渡っているはずだ。俺が頭を悩ませるよりも先に、危険を察知して対応策の検討を始めていることだろう。
「アヴァロンとルーンには最大限の和平工作をしてもらおう。支援は惜しまない」
◇◇◇
清水の月も終わろうかという頃。俺の下に思わぬ一報が届いた。
「首脳会談の要請、か……」
予定通り、オルテンシアとロンバルトの動きに対して、地理的に矢面に立つことが避けられないアヴァロンとルーンが、それぞれに使者を送って和平交渉をすぐに始めた。
案の定と言うべきか、大陸統一の野望を堂々と公言している両国の反応はよろしくない。降伏するなら受け入れるが、そうじゃないなら刃を交えるのみ、といった最初からヤル気のスタンスである。
取り付く島もなく、開戦ムードばかりが高まっていく……と、日に日にやつれていくミリアルド総督とハナウ王の顔を、俺はモニター越しに目の当たりにする毎日だった。
そんな中で、示し合わせたワケでもないのに、オルテンシアとロンバルトから、全く同じ要求が突きつけられた。
首脳会談。すなわち、魔王である俺の面を見せろというワケだ。
「いいじゃないですか、面倒くさい二人を始末する絶好のチャンスですよ」
「すまない、サリエル。フィオナを連れて、美味いモノでも食いに行っててくれないか」
「最近オープンした、デカ盛りがウリのお店があります。そちらでよろしいですか、フィオナ様」
「デカ盛りと聞いては、黙っていられませんね。すぐに行きましょう」
サリエルが上手い事フィオナを釣って、出て行ったのを見送ってから、俺はリリィに向き直った。
「俺は受けようと思う」
「そうね、この機会に無謀な野心を抱いた愚王の顔を拝むとしましょうか」
流石のリリィもウンザリしたような口調で、そんな文句を零した。
そもそもの発端は、君主である女王と国王、それぞれの野心によるものだ。
互いに領地は遠く離れ、さらには新興国家に過ぎない帝国との間に、歴史的な因縁や、大きな領土争いといった国際問題は何もない。国家間の争いなど、幾らでもイチャモンのつけようはあるのだが、それでも公に広く知れ渡っている決定的な利害対立や宗教対立なんて問題は存在しない以上、本来なら戦争が避けられないほど関係が悪化する理由は無いが……君主がパンドラの全てを欲したならば、どうしようもない。
実際、フィオナの超短絡的な発言の通りに、エカテリーナ女王とザメク王、この二人を排除すれば、無謀な帝国遠征は諦めるかもしれない。
だが当然のことながら、俺が自ら二人を会談の場で斬り捨てる、なんて無法が許されるはずもない。両国もどこかに矛を収める理由があったとしても、卑劣な手段で君主が暗殺されたとなれば、もう後には退けなくなる。
「そもそも、直接的に顔を合わせるワケじゃないし」
「まぁ、どっちも古代遺跡確保してるんなら、デジタル通話もできるよな」
お互い保有するモノリスを通じた、テレビ電話ならぬ、精巧なホログラムによる疑似的な対面を再現した立体通話である。
あくまでそれぞれの場所に、互いの姿を模したホログラムが表示されてすぐ目の前にいるかのように見えるだけ。だがリアルタイムで姿が反映される立体映像を前にしていれば、生身で対面しているのとそう変わりはない。
メリットは対面しつつ、互いの身の安全が保障されること。生身で一堂に会するワケではなく、あくまでそれぞれの拠点で話しているだけだからな。
強いてデメリットを挙げるなら、生身じゃないせいで、リリィのテレパシーが通じないことだろうか。幾ら何でも、ただの3Dグラフィックを相手に心を読むことはできない。
「向こうが俺と直接対話を望んでいるということは、まどろっこしい外交交渉をする気はないってことだろう」
「十中八九、宣戦布告でしょうね」
帝国と十字軍との争いに乗じて、声高に権利を主張して新たな領地や利益を得よう、なんて考えで両国が動いているようには思えない。
すでにオルテンシアは北部の大半を支配下に置いているし、ロンバルトの艦艇動員数もブラフでは済まない規模だ。すでに先発隊ともいえる艦隊も出航しており、進軍ルートとなる航路の安全確保に動いている段階である。
ここまでやっておきながら、話し合いで矛を収めることはない。向こうも何かしらの戦果が得られるか、大きな損害を被るまでは退けないだろう。
「戦いが避けられないなら、せめて衝突するタイミングだけでもズラさないとな」
すでに真っ当な和平交渉が難航を極めている以上、もう開戦前提の気持ちで臨むとしよう。ちょっとくらい舐められてもいいから、不戦を貫きたい、という段階はすでに過ぎてしまったのだ。
「日時は緑風の月1日、正午から。副官一人のみを伴って会談に臨む、ということでどうかしら」
「ああ、頼むぞリリィ」
「ええぇー、どうしよっかなぁ」
「お願いします! 俺にはリリィしかいないんだっ!!」
「むふん、クロノがそこまで言うなら、しょうがないなぁ」
正直、副官随伴でフォローしてもらえるのはありがたい。
何せ俺はお飾りの魔王。神輿の魔王と言ってもいい。
戦場での場数こそ踏んでいるが、陰謀渦巻く宮廷の政治劇やら外交戦争は門外漢もいいところ。テレパシー能力を抜きにしても、このテのことに長けているのはリリィを置いて他にはいない。
こうして、俺との直接会談は受けることとなり――――オルテンシアとロンバルト、三国揃い踏みでの顔合わせをすることとなった。
◇◇◇
緑風の月1日。
エルロード帝国、オルテンシア、ロンバルト、三ヵ国首脳会談の日が訪れた。
俺はデスティニーランドの魔王城にある、黒い玉座に、『暴君の鎧』を纏って座している。
すぐ隣には、いつものエンシェントビロードのワンピースドレスを着た、幼女リリィが静かに立つ。
「時間よ、繋げるわね」
「ああ」
リリィが小さな指先を虚空に躍らせれば、赤い魔法陣が描き出され、玉座の間へと広がって行く。
モノリス通信は正常。ホログラムは一切のブレもなく、遥か遠くにいる大国の主の姿を再現した。
「俺がエルロード帝国皇帝、魔王クロノだ」
まずは俺から名乗りを上げる。台詞は最小限、和やかに「初めまして」なんて挨拶も必要はない。
どの道、俺に無礼を問える者などいはしない。
「オルテンシア北部連合王国、女王エカテリーナである」
俺の座す黒い玉座と対を成すような真っ白い玉座にあるエカテリーナ女王。
滅多にお目にかかることはない、ハイエルフの女王様を初めてこの目で見たが――――まるで成人したリリィのような姿である。
それは淡いプラチナブロンドの髪と、エメラルドグリーンの煌めく瞳に、新雪のような肌をした美貌を誇る、という外見的な特徴だけではない。
その佇まい、オーラとでも言うべきか。生身ではない、単なるホログラムだというのに、そういう存在感を感じ取れる。
なるほど、この超然とした雰囲気と、衰え知らずの美貌、それに加えて『星詠み』という未来予知じみた能力を『北天星イオスヒルト』から授かった、強力な加護持ちとなれば、長きに渡ってオルテンシアを支配する女王の座にあり続けられるのも納得できる。
そして今は、オルテンシアだけでなく、大陸北部の大半を版図に収め、北部連合王国と名を変えている。今やエカテリーナは一国の女王ではなく、北の国々を数多征した『女帝』と呼ばれているそうだ。
「余こそが西方大帝ザメク・ヴィ・ロンバルトよ!」
不敵な笑みを浮かべて、煌びやかに装飾された巨大な玉座でふんぞり返っているのが、ロンバルト王、通称、西方大帝ザメク。
彼もまた、大陸西部にあった国々を、元は小さな都市国家に過ぎなかったロンバルトが全て征したことで、西方大帝と自他共に称している。
獅子のような大男、とは正しくその通りだな。大層立派な髭面で、ディアボロスのような角も生えている。典型的な混血種の特徴でありながら、そのいずれもが覇王の風格に相応しい威圧感を放つ。
なんだかこの面子の中だと、一番王様らしい姿だな……と、呑気な感想を抱けるのは、エカテリーナほど加護の強さを感じないからか。
加護ナシであると自ら公言しているようだが、こういう奴はどんな奥の手を持っていてもおかしくない。
「ふぅむ、噂の魔王と女帝、どれほどのものかと思ったが、揃って陰気臭い面をしおってからに。まずは酒の一つでも交わした方が良いか?」
「口を慎め、加護ナシの俗物が」
うわっ、これが陽キャラのノリなの!? と不躾な発言を開口一番発するザメクにちょっと面食らったが、対するエカテリーナの返答も辛辣そのもの。
やっぱりコイツらハナから喧嘩しに来てるな!
「おうよ、如何にも余は加護を持たぬ俗物、ただただ欲深きだけの男。だが、パンドラを征する男である」
「身の丈に合わぬ欲は、己が身を滅ぼすのみと知れ」
「そんなことは百も承知! 男ならば、己が欲を夢と呼び、破滅も厭わず邁進するもの――――神の言いなりの堅物女には、分からぬ話かもしれぬがのう」
「神の威すら忘れるとは、骨の髄まで卑しい欲に染まったと見える」
我欲を貫く信念と神への信仰のぶつかり合いだ。
そこで「お前はどうなんだ」とばかりに、二人の視線が俺へと向けられる。
本物の魔王の加護を授かった俺は、正しく黒き神々の信仰に殉じているようにも見える。あるいは、若くして瞬く間に大陸の半分を征服したことで、類稀な野心家であるようにも見えるだろう。
俺が戦う原動力は、我欲か信仰か。それを見極めようとしているのか。
「俺は異邦人で、ただの冒険者だった。二人のように、生まれながらの王族、尊き血筋でも何でもない」
エカテリーナはハイエルフとして生まれているので、オルテンシアにおいては間違いなく王族であり、継承権第一位の正統後継者であった、と伝わっている。
ザメクもまた、当時はまだ小さな都市国家に過ぎなかったロンバルトであったが、国王の三男として生まれている、とその出生は明らか。
程度の差はあれど、どちらも王族として生まれ育ってきているワケだ。少なくとも、現代日本の一般的な家庭で育った俺とは、全く違う環境である。
「俺にはさしたる欲も無ければ、古の魔王ミアに対する純粋な信仰も無い」
一国の君主の座に治まり、何人もの美しい婚約者に囲まれて、これ以上何を望むというのか。
ミアに対しては、魔王の加護を授かった感謝はある。この力で、使徒と渡り合ってきたのも事実。だがしかし、敬虔な聖職者のように、心から信仰を捧げるような気持ちがあるかと言われれば、そのような境地にはとても至れる気はしない。
ミアは魔王の神として、白き神を退ける使命があり、俺の願いもまた、それと同じくするところ。信じる神というより、力を貸してくれる戦友のような感じというのが正直なところだろうか。
「だが、白き神からこのパンドラを守るという決意だけは、揺ぎ無いものだ」
守護の意志。
これが魔王ミアが認めた、加護の条件でもあり、俺の悲願。
「パンドラを我が手に、という野心は大いに結構。だが、そのパンドラは決して、十字教などという狂った神の教えに侵されていてはならない」
だから俺も、『黒き神々』と同じく、十字教以外の者がパンドラを征するなら、それで良い。オルテンシアがイオスヒルトの名の下に大陸を治めようと、ザメクが欲望の果てに全てを手に入れようと。
全ての人々が幸せに過ごせる、理想郷なんて甘い夢は見ない。だがしかし、人間以外を魔族と蔑み、虐殺することを正義とするような支配だけは、あってはならないのだ。
「なるほど、復讐か」
「そこな俗物よりかは、マシな理由だ」
どうやら二人は、俺の意志をそう解釈したようだ。
まぁ、それほど的外れではない。復讐心もまた、確かに俺の中にある大きな意志の一つなのだから。
「全くぅ、分かってない、分かってないなぁ――――」
その時、俺達三人の誰でもない、全く別な者の声が響き渡る。
無論、リリィを始めとした、それぞれが連れた副官でもない。
誰だ、と誰何の声を挙げるよりも、俺には分かった。
どこか聞き覚えのある声音。それ以上に、このふざけた声の調子は、アイツ以外には、
「どうもぉ、こんちゃーっす。十字軍代表、第八使徒アイちゃんでーっす!!」
新たに浮かび上がった四つ目のホログラムは、スパーダ王城の玉座で胡坐をかいている、アイの姿であった。




