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黒の魔王  作者: 菱影代理
第48章:パンドラ四帝大戦
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第1044話 ミクゥーにしてあげる

「最果ての欲望都市より、よくぞここまで参った」

「労いのお言葉、恐悦至極にございます……」


 どうしてこんなコトに。そう思いながらも、エミリアは西方大帝ことロンバルト国王ザメクの前に跪き、如才ない笑みを浮かべて答えていた。

 エミリアはカーラマーラのアイドルとしても、冒険王ザナドゥの孫娘としても、それなりの立場で過ごしてきた。お偉いさんを前にするのも、多少は心得がある。


 国王陛下直々にお声がかかったことで、一座は大混乱だったが、すでに腹を決めていたエミリアは、優雅にお誘いを受け――――本日、首都ガリアンの王宮にて、ザメクの前に一人でやって来たのだった。


「楽にせよ、ここには口うるさい重臣共はおらぬ。早々、無礼は問わぬからな」

「お心遣い、ありがとうございます」


 玉座の間ではなく、応接室と思しき場所での謁見だ。公ではなく、エミリア自身に内密の話があるというところだろう。

 そして剣や魔法の腕ではなく、歌って踊ることしか才能のない若い娘を呼び出して話すことなど、一つしかない。


「先日申した通り、お前には是非とも、我がロンバルトの歌姫となって欲しい――――そのために、まずは歌の女神の加護を授かるのだ」

「はい……はい?」


 俺の女になれ、という意味の台詞が出て来るに違いないと身構えていたが、どうやら神の加護を受けろ、と言われているようにしか聞こえない。

 何故? やっぱり加護とか持ってた方が、女の価値も高まるからなのか。


「加護は授かっておらぬだろう?」

「あっ、はい、特に無いですが……分かるのですか?」

「余も伊達に王はやっておらぬ。人を見る目には自信があるのよ」

「確かに、私は加護は授かっていませんが、加護とは神よりの授かりもの。神殿で祈ったところで、すぐに与えられるモノではないと思うのですが」

「ふははっ! 案ずるな、エミリアよ、お前は必ずや『天音神楽ミクゥー』の加護を授かるであろう」


 エミリアの言は一般論である。祈って一発で加護が貰えるようなくじ引き同然のシステムであれば、神殿で祈り続ける者達は殺到するだろう。

 だが、そうではない。黒き神々は己の加護を与えるに相応しい人物を選んで授けるのだ。


 そんなことはザメクとて百も承知であろう。その上で、これほど自信満々に言うのだから、その歌の女神とやらは、一定の歌唱力さえあれば加護でもくれるのだろうか、とエミリアは条件に当たりをつけた。


「その『天音神楽ミクゥー』という神様は、一体どのような。寡聞にして存じませんので」

「うむ、歌の女神ミクゥーは、この西の地で半ば秘匿されていた存在であるが故。南の果ての住人は知る由もなかろう」


 もしも歌や音楽の神がいるならば、エミリアも加護の獲得を目指したことだろう。しかし、カーラマーラには自分を含めて、神の加護の力を使ってアイドルをやっている者は誰もいなかった。

 音楽にまつわる神は存在しているが、それは黒き神々へ奉納する儀式に関するものばかり。パンドラ神殿にはそういった楽曲に関する儀式を担当する神官が、そうした神々の加護を持っているようだが……大勢の人々を前に歌って踊って喝采を浴びる娯楽に関わる音楽で、何かしら効果を発揮する神の加護は、カーラマーラでも、これまで旅をしてきた国々でも、聞いたことは無かった。


「『聖歌隊』については聞き及んでおるか?」

「えーっと、戦場でも活躍する、特別な音楽隊だと聞いたことはあります」

「うむ、その通りだ。『聖歌隊』は我がロンバルト軍を支える、重要な役割を担う部隊の一つである」


 まだロンバルトに来て間もないエミリアだが、『聖歌隊』の存在は有名であり、船旅の最中で噂程度には聞いていた。


「軍において音楽は、もっぱら士気の向上や儀礼に用いることが多い。だがロンバルトの『聖歌隊』は、より直接的な戦力となる。加護の宿りし聖なる歌声は、兵の心を奮い立たせるのみならず、強靭な膂力を与え、束ねられた旋律は強固な結界と化す」


 強化と防御。本来なら魔術師部隊が担う大きな役割を、聖歌隊は果たせるという。

 攻撃能力こそ無いが、様々な強化を大勢の兵士に付与し、さらには軍団丸ごと覆うほどの大結界の展開も可能とする。

 聖歌隊が支援についたなら、寄せ集めの歩兵部隊も恐れ知らずの精鋭部隊に早変わり、というのもあながち誇張表現ではないほど、高い効果を誇るという。

 少なくとも、西方大帝ザメク率いるロンバルト軍は、目に見えて派手な古代兵器だけに頼り切った軍団ではなく、高い練度の精鋭も揃えているのは間違いない。軍事には疎いエミリアでも、そう理解できた。


「お声がけいただいたのは、大変ありたいのですが……その、私は戦に関わるような立場になるのは、覚悟も勇気もございません」

「うむ、そうであろう。何しろお前は、うら若き乙女。己の武勇を頼みにする、冒険者でも騎士でもなく、その歌声によって身を立てることを選んだのだからな」


 男ならば、お前の才は存分に戦で役立つ、とおだてられればその気になることもあるだろう。だがしかし、エミリアのように戦いとは無縁の生活を送って来た少女に、戦場に立てと言うのは、あまりに酷な話である。

 無論、それは重々承知であるとザメクは前置きをした上で、エミリアに問うた。


「エミリア、お前は何故、歌う?」

「……私には、それしかないからです」

「では歌によって生活ができれば、それで満足か?」

「それは……」


 どうなのだろう。ザメクに問われるまでもなく、ここ最近ずっと、自問自答していたことでもある。

 一座との旅に不満はない。新しい国、新しい人々。カーラマーラを遠く離れた遥かなる旅路は、どれも新鮮で得難い経験だった。

 けれど、それで満足なのか。心は満たされたか。

 このまま歌い続けるだけで、本当に自分の求めるモノは得られるのだろうか――――


「余はパンドラの全てが欲しい。お前は何が欲しい」

「わ、私は……」

「ただ安寧を求めるのみならば、このまま王宮を立ち去るが良い。無理強いはせぬ。余は欲しいモノは必ず手に入れるが、女心だけは例外でな」


 くつくつと笑ってから、ザメクは猛獣の瞳でエミリアを見つめる。

 繕ったアイドルの仮面、その奥を全て見透かすかのように。


「余は確信しておる。エミリア、お前には類稀な歌の才がある。『天音神楽ミクゥー』の加護を授かったならば、お前は誰よりも優れた聖歌の歌い手となろう」


 歌の女神の加護。ただの人では、得られない力。

 もしも、それがあるならば、自分は今度こそ勝てるのだろうか。

 人ならざる魔性の力を持った、あの妖精にも。


「南から旅をしてきたならば、お前も知っておろう。今、このパンドラで最も大陸統一に近い男。魔王クロノ」

「っ!?」

「余の前に立ち塞がるは、本物の魔王の加護を授かった男よ。運命に導かれるとは、あのような者のことを言うのであろうなぁ――――しかし、それが余の野望を諦める理由にはならぬ」


 魔王を倒し、パンドラを我が手に。

 傲岸不遜に、ザメクはそう言い放つ。


「余がパンドラを征した暁には、エミリアよ、お前の名もまた永久に歴史に残るであろう。魔王を征した歌姫として」

「私が……クロノを……」

「どうだ、一人の歌い手として、これほどの大舞台はなかろう」


 忘れようと思っていた。綺麗な思い出の中に閉まっておこうと。

 だって、もう彼は自分の手の届かない場所に行ってしまったから。どんなに声を張り上げて歌っても、自分の歌声など届かないほど遠い、遥かなる高みへ。

 けれど、もしもそこまで行けるなら。


「私が戦場に立って、魔王と相対できると……本当に、そう思いますか」

「できる! 余の目に狂いはない。エミリア、魔王を倒すにはお前の力も必要となるだろう!!」

「そっか……私、もう一度会えるんだ」


 アッシュという偽名と共に、自分との関係を全て捨て去った男。

 今やパンドラの半分を征する、現代の魔王となった男。

 もう二度と会うことも無い。会えるはずも無い。そう思っていた彼に、もう一度。

 アッシュ、いいや、クロノの前に立てる。

 その可能性は、果たして希望と呼ぶべきか。


「分かりました。まずは歌の女神の加護を授かるか、試すところから始めてみようと思います」

「素晴らしい、よく言ったエミリア。お前の選択を、余は心から歓迎しよう」




 ◇◇◇


 ザメクの勧めを受け入れたエミリアは、そのまま歌の女神の神殿へと向かうこととなった。

 流石に多忙な大国の主たるザメクにそこまで付き合ってやれるほどの余裕はない。よって、ここから先は案内役に任せると言い残し、すでにこの場を辞していた。

 そうして待つこと少々、控えめなノックと共に、案内役がやって来る。


「わあっ、本物だ、凄い!」


 現れたのは、騎士見習いと思しき、幼い少年だった。王宮ならば、そこらで見かけても何らおかしくはないのだが、エミリアは少年の容姿に驚かされた。


 黒い髪に、黒い瞳。

 どちらか一方だけならば、そこまで珍しいモノではない。しかし、両方揃うのはかなり希少である。様々な種族が暮らし、魔力によって多様な性質が現れるパンドラ大陸にあっても、黒い髪と瞳が揃うのは珍しいのだ。

 古くよりその特徴は、異邦人と呼ばれる者達に見られるものだが……エミリアにとっては、今も尚、心の中に大きすぎる存在となって巣食う男と同じ色である。


 そんなエミリアの驚きを他所に、黒髪の少年騎士は子供らしい純真な笑顔で自己紹介をした。


「初めまして、エミリアさん。陛下より案内役を賜りました、ロイと申します」

「……うん、エミリアよ。よろしくね」


 いつまでも呆然としているワケにもいかないと、すぐに気を取り直したエミリアは、堅苦しいことは抜きにして、気さくに言葉を交わした。

 あのザメク王なら、平民の自分が緊張しないような案内役をつけてくれたのだろうと察する。


 少年騎士ロイが勇んで案内を初めて早々、道すがらにちょっと雑談するだけで、彼が何ら礼儀作法を気にするべき相手ではないとすぐに理解できた。

 そもそも名前だけを名乗り、階級や家名は何も言わなかった時点で、名乗るほどの肩書はないと語っているも同然だ。

 話の内容も、ザメクが見初めた会場に自分も一緒にいたので、その時のステージは素晴らしかった、感動した、本物に会えて嬉しい、と実に素直な感想である。貴族特有の高圧的な物言いなど一切なく、彼が自分と同じように平民の階級で生まれ育っただろう背景が窺えた。


 人間の少女としては平均的な身長である自分よりも、やや低い背丈の幼さだ。言葉遣いやら何やらが身につくのは、まだまだこれからなのだろうと、エミリアは微笑ましい気持ちで、勇ましく先陣を切るように歩くロイの小さな背中を見つめた。


「神殿はもうすぐです!」

「普通に王城内にあるのね」

「王城の地下は古代遺跡になってるので、神殿はその一部なのです」

「……それって機密情報だったりしない?」

「さぁ……僕はたまに、ここのダンジョンに潜ってるんで、そんなに大した秘密じゃないんじゃないかなぁ」


 あっけらかんと言い放つロイの言葉に、余計な秘密を洩らされていないか心配になったが、気にしても仕方が無いとエミリアは割り切った。

 そうしてロイが案内した王宮の広間には、カーラマーラ人ならよく見知った転移の魔法陣が光り輝いて稼働状態で展開してあった。流石は古代遺跡を利用しているだけあって、出入りも普通に転移が使われているようだ。

 何の気負いもなくエミリアはロイと共に転移魔法陣へ入り――――久方ぶりに感じた転移の強い輝きに、目を瞬かせていると、すでに視界は大きく変わっていた。


「結構、綺麗なところじゃない」


 白亜の宮殿、とでもいう表現が似合う、見事な純白の造りをした屋内が広がっていた。地上の王城よりも、こちらの方が美しいと感じるほどである。

 エミリアの良く知るカーラマーラ大迷宮で、宮殿のような造りが見られるのは最下層である『黄金宮ゴールデンパレス』だけ。それも悪趣味にギラついた金色で、あまり良い印象はないのだが……この真っ白い内装は、神を祭る神殿があってもおかしくはない清らかな風情が漂っていた。


「えーっと、神殿はこっちから行くのが近道で――――」


 ギシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 ロイの台詞をかき消すように、けたたましい怪物の咆哮が響き渡って来た。

 エミリアは冒険者ではないが、幼い頃に第一階層を命懸けで這いまわった経験がある。よって、この恐ろしい声が決してただの冗談や聞き間違いなどではなく、危険なモンスターがすぐ傍まで迫ってきていることを瞬時に理解した。


「エミリアさん、危ないのでここで待っててくださいね」

「えっ、そんな、ちょっと!?」


 ここで一人置き去りにする気か、という気持ちが半分。もう半分は、剣の一本も腰に差していない丸腰の子供が向かって、何になるのかという気持ちである。

 どう考えても、転移を使って二人とも即座に地上へ戻るのが最善だ。


 しかし止める間もなく、さっさとロイは駆け出してしまった。

 せめて自分だけでも戻ろうかとも思ったが、ここの転移をどう使うのか分からず、逃げるに逃げられない。せめてロイが戻らねば、転移で地上に出ることも叶わないだろう。


「ああー、もう!」


 結果的に、エミリアはロイの後を追うより他はなかった。

 思いの外、素早い足取りで走って行くロイを見失いそうになったが、幸か不幸か、目的地はすぐそこであった。


「うぉおおおおおおおお! 耐えろっ、耐えるんだぁ!!」

「こ、これ以上は、もう……」

「くうっ、限界、ですぅ……」


 白い通路を抜けた先、大きな広間に出ると、そこはすでに修羅場の真っ最中であった。

 ロンバルトの騎士と思しき者が数人、一塊となっている。

 土属性の防御魔法を張っているようで、魔力を振り絞って必死に防いでいる。


 対するは、土砂の壁などものともせず、そこに美味しい獲物がいると確信しているかのように、巨大な口で獰猛に噛みつく地竜……のような大型モンスターがいた。

 カーラマーラ暮らしの長いエミリアは、兄ゼノンガルトが超一流の冒険者ということもあって、一通りのモンスターは姿と名前くらいは知っている。だが、今目の前で荒れ狂うモンスターには、全く見覚えがない。


 外観としては四足歩行の大きな鰐のようである。だがしかし、体の随所に明らかに金属製と思われる、ゴーレムのパーツのようなモノが埋め込まれており、土の防御魔法に食らいついている下顎は、明らかに機械式だ。赤く発光するランプが点々と灯り、歯の部分には青白い燐光が散っている。


 パンデモニウムへと名を変えるよりも前にカーラマーラを出たエミリアは知らぬことだが、黄金の魔神が消え去ったことで一新された第五階層『大魔宮ジ・アビス』に出現する、生物と機械が融合した新種『バイオメタル系』と呼ばれるモンスターと、この鰐型モンスターは同じであった。

 そして様々な古代の遺物を兵器転用しているロンバルト軍において、バイオメタル系モンスターは、多様な機械部品を獲得できる資源でもある。


 よって、それらを確保するために、ダンジョン化したこの古代遺跡を騎士が冒険者が如く徒党を組んで潜っているのは恒常的な任務の一環であり、時たま、危険な大型モンスターがこの入り口近くまで攻め寄せてくることもある――――そんな事情までは、エミリアの知る由もないことだが、絶体絶命の窮地に立ち会っていることだけはすぐに分かった。


 あの騎士達も素人というワケではないが、どう見ても劣勢。

 そこに駆け付けたのは、丸腰の騎士見習いと、ただのアイドル風情の自分。

 機械の大顎を振り回して暴れる、大きなモンスターをどうこうできる状況にはないと、素人の自分にだって一目で分かるのだ。


「待って、早く戻って――――」

「今、助けます」


 エミリアの制止の声などまるで聞かず、ロイは騎士を襲うモンスターに向けて一目散に駆けて行く。

 この期に及んでは、勇気と蛮勇は違う、などと説得する余裕もない。

 だがエミリアは思い知る。

 ロイの行動は、勇気でも蛮勇でもない。ただ自分の出来ることをする、ごく当たり前のことをやっただけに過ぎないと。


「行くよ――――『サロスダイト』」


 ロイが虚空に手をかざした瞬間、その手に虹色の燐光と共に、一振りの剣が現れる。

 美しい剣だ。誰もが見惚れるような、流麗な両刃の形状と刃紋。聖銀ミスリルよりも尚、煌めく輝きを宿した刀身に、エミリアでも感じる凄まじい魔力が渦巻いていた。


「なっ、なによアレ……魔剣、なんてものじゃない……」


 エミリアはカーラマーラ最高峰の冒険者である、兄の愛剣を見たこともある。武器の目利きなどまるで出来ぬ自分だが、流石に強大な力を秘めた武器から発せられる威圧感のようなものは実感できる。

 当時は「これが本物かぁ」などと呑気な感想を抱いたものだが……今、ロイが握っている剣は、存在感がまるで違う。

 そんなエミリアの思いを肯定するかのように、更なる存在を感じた。

『何か』がいる。

 虚空から取り出された魔剣と、それの使い手であるロイ。一振りの剣と、一人の剣士。それしか存在しえないはずなのに、エミリアには剣とロイ、どちらにも薄っすらと漂う何者かがつき纏っているような錯覚を覚えた。


「一の型『ながし』」


 そうして、繰り出されたのは基礎的な剣の武技。されど、放たれる威力は圧倒的。

 小さなロイが振るった一閃は、ただその一振りで巨大なアギトを真っ向から切り裂いた。


 ギィイイイ……グゥウァアアアアア……


 モンスターの巨躯を一直線に閃光が瞬く。それが見えた次の瞬間には、ズルズルと上下に別たれた肉と機械の体が崩れ落ちた。

 分厚い甲殻と装甲、筋肉とワイヤーの束、白い骨と鈍色の金属フレーム。生身と鋼鉄の区別なく、ロイの一閃はまとめて断ち切っている。


「ふぅ……間に合って良かったです」

「あ、ああ……勇者様」

「ありがとうございます!」

「流石は聖剣の勇者様!」

「見事な太刀筋にございます!」


 九死に一生を得たと理解して、ワっと騎士達がロイへと駆け寄り歓声を上げる。

 すでにロイの手に剣はなく、大人に褒められるただの子供のような構図となっていた。

 そんな光景を唖然としていたエミリアは、この後ようやくロイの正体を知らされることとなる。


 ロンバルトの最高戦力。

 伝説の聖剣を手にした、選ばれし者。

 その名はロイ。この黒髪黒目の純真な少年こそ『聖剣の勇者』と讃えられる、ロンバルトの誇る大英雄であると。




 ◇◇◇


 まさかそんな大人物が、自分の案内役を務めていたとは露知らず。流石に恐縮するエミリアだったが、ロイはあっけらかんと笑って、そのまま案内を続けた。

 そうして最強の護衛でもあるロイに導かれ、エミリアは辿り着いた。

 首都ガリアンの王城地下にあるダンジョンの一角。そこにある隠された歌の女神の神殿へと。


「では、ここから先は歌姫候補だけが入れる場所なので。頑張ってくださいね、エミリアさん!」

「うん、精一杯、歌ってくるわ」


 勇者の無垢な笑顔のエールを受けて、エミリアは神殿の奥へと続く扉を潜った。

 この先には歌の女神を祀った祭壇があり、そこで己の歌を捧げるだけで良い、と説明を受けた。選曲は自由。渾身の一曲か、歌声が枯れるまで歌い続けるか、曲数も時間もまた自由であった。

 女神はただ、捧げられた歌を全て聞き届け、加護を授けるか否かの判断を下すのである。


「要するに、オーディションと同じでしょ」


 自分の歌を審査するのが、人か神かの違いでしかない。

 エミリアは正攻法でカーラマーラのアイドル業界を成り上がって来た。大きなオーディションを幾つも受けてきたし、狙った役は必ず実力で勝ち取った。

 騎士でも冒険者でもない自分は、さっきのようなモンスターの襲来では無力でしかないが、歌唱の舞台で臆することは決して無い。そこは自ら望み、自らの意志で立つ、自分の戦場だから。

 この歌声で、神様だって唸らせてやる――――そんな意気込みで、エミリアは祭壇のある広間へと踏み込んだ。


「祭壇って……どう見てもモノリスよね」


 神殿らしい瀟洒な装飾こそ随所に施された美しい空間だが、明らかに祭壇として祀られているのは、滑らかな黒い石板のモノリスである。

 兄ゼノンガルトが求めていたような、巨大な古代遺跡の全てを掌握できるオリジナルモノリス、というモノでは無く、あくまで機能の一部を操作できる通常のモノリスだとエミリアは一目で分かった。同じようなモノリスは、カーラマーラの各地にあり、見たこともある。


「見たことあるだけで使い方なんて分かんないし……これもう歌っていいってコト?」

『ミクゥーだよー』

「っ!?」


 ヴゥン、と独特の起動音と共に、真っ黒いモノリスに俄かに光が灯った。

 それはヴィジョンと同じく、映像と音が再生されているようで、


『アナタの歌を、聞かせて、ねぇー』

「これが歌の女神、なの……?」


 映し出された画面は乱れているのか、真っ白い靄がかかったようで、全体が判然としない。けれど、確かにそこへ少女と思しきシルエットが浮かび上がる。

 アイドルのステージ衣装を着ているのだろうか。華奢なボディラインに、広がるミニスカートと大き目な袖のついた両腕。それから最も特徴的なのは、頭から生える翼のように大きなツインテールのシルエット。

 その人影だけで、厳かで神聖な姿というより、少女の可愛らしさを引き立てるデザインの衣装を纏っていると想像できる。


『アナタの歌を、聞かせて、ねぇー』


 先と全く同じ言葉の繰り返し。

 神の言葉というより、モノリスの機能で同じ音声を再生しているだけだろうと判断できる。そして言葉通りの意味ならば、説明通りに今まさに歌姫が捧げる歌を待っているのだろう。


「いいわよ神様、私の全力を聞き届けて――――」

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― 新着の感想 ―
名前がミクだと既出の登場人物と被るけどみっくみくにしたいからミクゥーにしたのかなw
禰宜振るタイプッ!
ロンバルトは古代文明の一端を引き出して利用出来ていると。スパーダやアヴァロンが未開の蛮族に思える程度に差がありそうですね。 聖剣に何かが宿っているって…神無ちゃんが対抗意識燃やしそう。 古代文明人…
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