38話 幼馴染襲来
その日の朝、クラスの雰囲気はどこか浮ついていた。
昨日まではなかった机が忽然と増えており、転校生がこのクラスにやって来ると察したからだ。
イケメンを期待する女子達と美少女を期待する男子達を横目に見ていると、優斗が近寄って来た。
「おはよう、晴哉くん」
「おう。おはよう」
「皆、今日来る転校生の話題で持ちきりだね」
「だな」
まあ、無理もないだろう。
「……」
ふと、優斗の様子に少し違和感を覚えた。
「優斗。なんか落ち着いてるな」
まるで、転校生が誰か既に知っているかのようだ。
「えっと実はね、数日前に美玖にこの学校に転校してくるって伝えられたんだ。だからかな、落ち着いているように見えるのは。でも、僕も皆と同じで楽しみにしてるよ。美玖とまた一緒に学校生活を送ることができるからね」
ストーリーだと優斗は相坂が転校して来るのを直前まで知らなかったが、既に知っていたのならこの落ち着きようも納得だ。
しかし優斗よ、お前が落ち着いていられるのも今のうちだけだぞ。
なんたって、この後すぐ修羅場が繰り広げられるのだから。
そんな事を考えていると、先生が教室に入って来た。
皆が着席して静かになったのを確認してから、先生は切り出す。
「今日は皆にお知らせがあるんだが……その前に、まずは改めて体育祭お疲れ様。学年優勝できて先生はとても誇らしいぞ」
先生、それ言うのもう何回目だよ……
多分、他の生徒も俺と同じ事を思ったはず。
それくらい嬉しかったのだろう。
「しかし、体育祭も終わって気が抜けるのも分かるが、来月には期末試験があるぞ。気を抜きすぎて授業を真面目に聞かず、その結果赤点を取るなんて事がないようにな」
何人かの生徒がギクッと図星を突かれた反応を見せた。
ここ数日、クラスの空気がたるんでいたのを、先生はしっかり把握していたようだ。
期末試験……沙紀と玲奈とまた勉強会したいな。
今度、二人に頼んでみるか。
「期末試験を無事に乗り越えたら、お待ちかねの夏休みはもうすぐそこだ」
夏休みというワードにクラスがざわつく。
……夏休み、何しようかなぁ。
優斗と遊ぶ約束は一応してあるが、それ以外の予定は今のところ特に無い。
いっそ、アルバイトでもしてみようかな。
そんな事を思っていると……
「ね、ねぇ、晴哉。夏休みなんだけど……」
「夏休みがどうかしたか、玲奈?」
「……いえ、やっぱりなんでもないわ」
「そうか?」
何を言おうとしていたのか気になるけど、玲奈がそう言うなら気にしないことに。
「ん?」
ふと、沙紀と目が合う。
沙紀は何か言いたそうな表情でこちらを見ていたが、やがて先生の方へ視線を戻した。
「今のうちに言っておくが、夏休み中に羽目を外してトラブルを起こすなよ。夏休みが明けたらすぐに学園祭もあるしな」
学園祭……実は一番楽しみにしているイベントだ。
なぜなら、学園祭で俺達のクラスはメイド喫茶をするからだ!
実際はクラスの出し物はまだ決まっていないが、沙紀と玲奈……更には相坂もいるのだから、メイド喫茶以外の選択肢など考えられない。
これに関してはストーリー通りの展開になると確信できる。
「っと、少し話が長くなってしまったな」
そこで先生は話を一旦区切る。
「皆も気づいていると思うが、今日からこのクラスに転校生がやって来る。入ってくれ」
「失礼します」
ガラガラガラと扉が開く。
そして、茶髪のポニーテールを揺らしながら転校生が姿を見せた。
その刹那、沙紀と玲奈……本作のヒロイン二人に匹敵するほどの超絶美少女の登場に男子達が歓喜に沸く。
「初めまして、相坂美玖です。これからよろしくお願いします」
まったく緊張した様子もなく自己紹介を終えた相坂が最後にニコッと笑うと、男子達が大騒ぎしだした。
中にはこのクラスで本当に良かったと神に感謝する奴までいた。
それから相坂は教室をゆっくりと見渡す。
「あっ!」
やがて、相坂の視線が優斗…………を通り過ぎて、俺で止まった。
「晴哉くんっ!」
「えっ」
……ナニコレ、ドユコト?
なんで相坂が最初に名前を呼んだのが、彼女の思い人の優斗じゃなくて俺なの?
先ほどの喧騒はどこへやら、しんと静まり返る教室。
「ほう、相坂は早河と知り合いだったのか。これはすごい偶然だな。なら、何か分からないことがあれば早河に聞くと良い。相坂の席はあそこだ」
「分かりました」
先生に指示された席へと相坂は向かう。
その途中、俺の隣を通り過ぎる寸前、相坂は立ち止まった。
「久しぶりだね、晴哉くん」
「ひ、久しぶり」
「私ね、晴哉くんと再会できるのをすごくすごくすごーく楽しみにしてたの。晴哉くんも、だよね? 私との再会を心待ちにしてくれてたよね?」
「あ、ああ」
反射的に頷く。
「嬉しいな。それに、再会できたばかりかこうして同じクラスになれるなんて……やっぱり私達って運命で結ばれてるんだね」
「えっと?」
未だこの状況を把握できておらず半ばパニック状態に陥っていたので、最後の相坂の呟きは俺の耳には届かなかった。
だが、俺と相坂の会話に注意深く耳を澄ませていたからこそ、彼女達にはしっかりと聞こえてしまっていたのである。
「「……運命?」」
しかし、席について俺の背中に熱い視線を送りながら、恍惚とした表情で彼女がボソッと呟いたこの言葉は、誰の耳にも届いていないのだった。
「晴哉くん。これからは……ずーっと一緒だよ」




