26話 聖女様はまだ分からない
「晴哉君。少し休憩しましょうか」
「分かった」
丁度切りの良い所まで進んだので、一旦そこで手を止める。
最初こそハプニングがあったけどそれからは何事もなく、気がつけばあれから一時間近くが経過していた。
集中していたからか、時間の流れが早く感じる。
「ん〜〜」
沙紀は大きく伸びをする。
豊満な胸が制服越しに強調され、俺はすぐに目を逸らした。
「晴哉くん。私、オレンジジュースを飲もうと思っているのですが、晴哉くんも何か飲みますか?」
「な、なら、俺もオレンジジュースを頼む。一番好きなんだ」
「分かりました。では少し待っていてください」
沙紀は部屋を出て、少しして戻ってくる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
頭を使ったので脳が糖分を欲してた事もあり、あっという間に飲み干してしまった。
「それにしても、晴哉君って集中力がすごいですね。何度か話しかけても反応がありませんでした」
「それは沙紀のおかげだよ」
「私の、ですか?」
沙紀は不思議そうに小首を傾げる。
「沙紀の教え方が分かりやすいから、問題がスイスイ解けてつい夢中になったんだ」
実際、一人で勉強した時は全然集中できなかった。
集中して勉強に臨めているのは、沙紀が懇切丁寧に教えてくれるおかげだ。
「沙紀。今日、誘ってくれて本当にありがとう」
「はい、どういたしまして。晴哉君の役に立てたのなら何よりです」
「役に立てたどころじゃないさ。だから今度、何かお礼をさせてほしい」
「お気持ちだけで十分です。私から晴哉君を誘ったのですから」
前に俺から沙紀を映画に誘った時とは逆で、今日は沙紀から俺を勉強会に誘ってくれた。
もしかしたら、この勉強会はあの時のお礼も兼ねているのかもしれない。
「それに……お礼をさせてほしいのは私の方ですし」
「えっ」
沙紀は俺の顔を正面から見て、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
「あの時、晴哉君が本音を伝えてくれたから、私達はこうしてお友達になる事ができました」
告白の件で俺に負い目を感じて関わらないようにしようとしていた沙紀と、お互いに腹を割って話し合った結果、今の俺達がある。
「あの日から、とても楽しい時間が沢山増えました。そして、それは晴哉君のおかげです。だから、お礼をするとしたらそれは私の方なんです」
「それを言うなら、俺だって沙紀のおかげで楽しい時間が増えたからお礼がしたい」
過ごした時間は一緒。
その時間に対してお礼をされるなら、俺だってお礼をするべきだ。
「むぅ……」
どうしても譲らない俺に、沙紀が頬を膨らませて拗ねる。
あまりにも可愛すぎるのでつい折れてしまいそうになったが、こればかりは譲れない。
互いに平行線。
ここは折衷案を出すしか解決はしないだろう。
「なら、お互いにお礼をし合うのは?」
「……分かりました。でも、あまり高価な物はやめてくださいね」
「分かった」
それに、高価な物を買えるようなお金はそもそも無いのだ。
……焼肉食べ放題め。
「よし、それじゃあそろそろ再開しよう」
「少し待ってください。実は、とても美味しいお菓子が残っていたので持って来ますね」
とても美味しいお菓子……気になるな。
俺が頷くと、沙紀は立ち上がり早速お菓子を持って来ようとする。
その瞬間……
「あっ……」
床に置いていた鞄に足が引っ掛かり、沙紀は体勢を崩して前に倒れそうになる。
「沙紀っ」
倒れる寸前、なんとか沙紀を受け止める。
しかし……
「っ……」
沙紀のご尊顔が目と鼻の先に。
微かな息の音も聞こえるほどの至近距離だ。
「だ、大丈夫か?」
「……」
「さ、沙紀?」
沙紀に声をかけるも反応は無く、ただジッと俺の顔を見つめている。
「ご、ごめんなさいっ。わ、私……」
ハッと我に返った沙紀は、急いで体を離した。
心臓がまだバクバクとうるさい。
一度深呼吸して落ち着かせる。
「俺は大丈夫だ。それより沙紀は大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
見たところ怪我も無さそうだしホッと一安心。
それから沙紀はお菓子を取りに行ったが、戻ってくるまで少し時間が掛かっていた。
戻って来た時には、沙紀の顔はもう赤くなかった。
◇◇◇◇◇
【沙紀視点】
「はぁ……」
お菓子を取りに行って部屋に戻るまでの間、心を落ち着かせようと何度も深呼吸をする。
さっき……晴哉君の顔を至近距離から見た時、私の心臓がドキッと高く跳ねた。
あの時は、急に顔が間近に迫ったから驚いてそうなったのだと思っていた。
でも……
「っ……」
あれから時間が経っても、先ほどの事を……晴哉君の顔を思い出す度に、心臓が弾んで顔に熱を帯びてしまう。
どうしてそうなるのかは……分からない。
そして、その答えを……自分の気持ちをそう遠くないうちに知ることを、この時の私は当然知る由も無いのだった。




