79話。カインの切り札。『世界樹の剣』
バッキィンンンン!
「なにぃ!?」
俺のミスリルの剣が音を立てて砕け散った。
父上からもらい受けて以来、数々の激戦をくぐり抜けてきた頼もしい相棒が……!
「アハハハハッ! どうやら、僕の肉体との衝突に剣が耐えきれなかったようだなぁ!」
怪物と化した勇者アベルは、俺の攻撃をしのぎきっていた。
俺の刃はヤツの心臓にわずかに届かず、追加効果で噴き上がった黒炎も魔王の力で抑え込まれた。
「アベル……お前は、まさか【魔王の血】を飲んで正気を保っているのか!?」
「もちろんだ! 【決して砕けぬ勇気】は精神にも作用するようだな! 勇者は絶対に膝をつかない! 何者にも屈しない! 僕こそ最強、僕は無敵なんだぁああああッ!」
最悪の状況だった。
勇者アベルは、魔王の力を得て正気で生き延びてしまった。
「け、剣が壊れてしまったら、剣士であるカインはどうしたら、良いの!?」
「カ、カイン坊ちゃま!」
実況席のエリス姉上とランスロットが青ざめている。
だが、ふたりとも、まるで逃げる様子が無かった。
それは会場中の人間が同じだった。
固唾を呑んで、俺と怪物勇者アベルの対決を未だに見守っている。
「おい、みんな早く逃げろ! コイツはもはや魔王より危険な魔物だぞ! もし俺が敗れたら、皆殺しにされるぞ!」
「怪物と化した勇者アベルが勝つようなことがあれば……それこそ世界は終わりだわ。なら私はここで最後まで、カインを応援することを選ぶわ!」
アンジェラが凛と胸を張って宣言した。
「そうよ! 私の応援で、カインが勝つ可能性が0.1%でも上がるなら、お姉ちゃんは最後まで、ここで応援するわ!」
エリス姉上が勇気を振り絞って叫んだ。
「カイン坊ちゃまが戦っておられるのに、このランスロットめが逃げるなど、決して有り得ません! 最後までお側におります!」
ランスロットは不退転の忠誠を叫ぶ。
「こ、こんな駄目な私でも、カイン様のおかげでアベル率いる重装騎兵団に勝てました!! だから、私もカイン様の勝利を信じて最後まで応援します!」
「わたくしも【真の英雄】であるカイン様の勝利を信じております! なにより、わたくしが未来の夫であるカイン様を置いて逃げる訳がありません!」
ソフィーとリディア王女が、実況席に乱入して俺を激励してくれた。
「この一戦には、世界の命運がかかっている。なら、アトラス帝国の皇帝として、最後まで見届けるまで!」
シグルド皇帝もまるで逃げる素振りを見せなかった。
「お、俺たちも最後まで応援します!」
「だから勝ってください、カイン様ぁああああッ!」
観客席から俺を応援する声が爆発的に上がる。闘技場全体が震撼するほどの熱気が溢れた。
「アハハハハ! バカめぇえええッ! 剣士が剣を失って、どう戦うってんだ!? なにより魔王の力を手に入れた僕は、もう以前までの僕とは段違いだ! スピードもパワーも防御力も、比べモノにならない程上がっているのを感じるぞ!」
勇者アベルは両手を掲げて、勝利宣言を放つ。
その身体は2倍近くに巨大化し、全身は鎧のような鱗に覆われていた。その醜悪な姿は、魔王に酷似している。
「ゲーマーだかなんだか知らないが、これでもう僕の攻撃パターンを読んで躱すなんて芸当はできないな!? 最後に勝つのはこの僕! 神をも超える勇者アベルだぁああああッ!」
「違います!」
セルヴィアが貴賓席から立ち上がって、凛然と声を張り上げた。
ずっと、不安そうに俺の戦いを見守っていたセルヴィアだったが、何か覚悟を決めて吹っ切れたようだった。
「勇者アベル、魔王の力を手に入れたのは失敗でしたね。この勝負、カイン兄様の勝ちです!」
「はぁ? なんだ、聖女様? とうとう恐怖でおかしくなったか!?」
勇者アベルは腹を抱えて笑い出す。
「心配しなくても僕が勝ったら、お前は一生奴隷として、かわいがってやるぜぇええ! アハハハハッ!」
「……いや、セルヴィアの言う通りだ。俺にもセルヴィアが託してくれた切り札のアイテムがある!」
「はい、カイン兄様。【世界樹の聖女】の力、その到達点である究極の剣を!」
俺は懐から、【世界樹の小枝】を取り出した。
一見、何の変哲もない木の枝だ。
「はぁ? なんだそりゃ……?」
「これはS級ダンジョン【世界樹の神殿】で手に入れたアイテム。世界を支えているという伝説の大樹──世界樹の一部だ」
俺はセルヴィアとアンジェラと一緒に、このダンジョンをクリアして【世界樹の小枝】を手に入れていた。
すべてはこの武術大会で優勝するため。もし、剣が壊れてしまった場合に備えるためだ。
「な、なななんと!? 今、トンデモナイことを言いましたカイン選手! そんな神話級のアイテムを手に入れていたぁぁあッ!?」
エリス姉上が気を取り直して、実況を再開する。
「【世界樹の剣】よ、ここに!」
俺が叫ぶと【世界樹の枝】は形を変えて、よりシャープに細長く伸びる。
やがて、それは反りの入った細身の剣に──東方では刀と呼ばれる剣へと変化した。
「それは私が【世界樹の枝】を材料に、聖女の力で造った剣です。カイン兄様のリクエスト通りに造形しました」
「なぃいいい!? 聖女様の造られた剣だと?」
国王陛下が仰天していた。
元日本人の俺としては、感無量だ。これは東方の文献を参考に、日本刀を模して造った武器だ。
日本刀を選んだのは、ランスロットより伝授された【居合い】を、完全無欠の技へと昇華させるためだ。
未だ、誰も見たことの無い剣技へと。
「はぁ? 木刀だと!? アハハハハッ! バカにしているのかぁああああ!?」
「ただの木刀じゃないぞ。天地開闢の時代から世界を支え続けた世界樹で造られた刀だ。強烈な神気を宿し、邪悪な者に対して特攻を持つ。これは魔物や魔族の天敵だ!」
俺は【世界樹の剣】を手にして構える。
一見して細く脆く見えるが、この剣はたとえ神の力をもってしても絶対に破壊できない。
「俺とセルヴィアのふたりの力で、勇者アベル、お前に勝つ!」






