46話。二大強国の姫君から同時に結婚を申し込まれる
【シュバルツ伯爵フリッツ視点】
シュバルツ伯爵家の当主であるワシの元に、アトラス帝国の皇帝ジークフリート陛下より、公式な手紙が届いた。
『御子息カイン殿を我が娘、第三皇女アンジェラの婿に欲しい』
という内容だった。
意味がわからず、しばし呆然と固まってしまった。
皇女との結婚を持ち掛けるということは、すなわち政略結婚なのだが、シュバルツ伯爵家は王族でも何でもない、ただの辺境伯だ。
皇帝陛下が、よしみを結びたいと思うような家柄ではない。
ランスロットがシュバルツ兵団と共に帰ってきてから、ワシの頭痛は止むことが無かった。
「こ、これは一体、どういうことだと思うランスロット? 皇帝陛下の狙いは何だ?」
困り果てたワシは執事のランスロットを呼び出し、相談を持ち掛けた。
ランスロットは実直に答える。
「はっ。旦那様。以前、ご報告しました通り、カイン坊ちゃまは敵将だったアンジェラ皇女を捕えて、奴隷としました。そして帝国には、カイン坊ちゃまは王国への反逆を企てており、アンジェラ皇女はそれに協力することになったと、嘘の知らせをしております。おそらく皇帝陛下の申し出は、それを踏まえてのモノでございましょう」
「こ、今回の遠征の結果は、あまりに予想を超えておって、ついていけぬのだが……な、なぜ、そんなことになっておるのだ?」
アンジェラ皇女を奴隷にしたことが、もし皇帝陛下の耳に入ったら、下手をすれば全面戦争の引き金となる。
カインはそのあたりも考慮して、情報操作をしているようだが、正直、生きた心地がしなかった。
そもそも王国への反逆とは、どういうことなのだ? カインは本気でそんなことを考えており、帝国の後ろ盾を得たいということなのか?
飛び込んでくる知らせは、どれも常軌を逸しており、ワシの頭痛は日に日にヒドくなっていた。
「おそらく皇帝陛下の思惑としては、カイン坊っちゃまがレオン王子を倒して王位を奪う可能性が高い故に、今のうちにアンジェラ皇女を宛てがい、あわよくば王国を手に入れようという算段でございましょう」
「皇帝陛下は、そこまでカインのことを評価しておるのか?」
確かに1万5000のアンデッド軍団を、たった100人程度の兵団で滅ぼした手腕は見事の一言に尽きる。
ワシの息子はいつの間にか、皇帝陛下に目をかけられるほどの英雄になってしまっていた。
それは誠に喜ばしいのだが……一歩間違えれば破滅するような綱渡りを、シュバルツ伯爵家は強いられていた。
「だが、カインとセルヴィアは深く愛し合っておる。セルヴィアが真の聖女であるなら、ワシとしても手放したくはないのだが……」
ランスロットより、セルヴィアが本物の【世界樹の聖女】だったという話も聞いた。
セルヴィアは帝国との戦争に聖女の力を利用されるのを良しとせず、レオン王子を騙しきったというのだ。
すべてはカインが戻って来てからの話になるが……
皇帝陛下の申し出については、なんとか穏便に断るしかないだろう。頭が痛いことだ。
「それと先ほど、リディア王女より密書が届きました。こちらです。さっそく開封いたしますか?」
「リディア王女からだと? 一体、何用だ?」
ランスロットが差し出した手紙に、さっそく目を通す。
そこには、今回のアンデッド軍団討伐に関する深い感謝が綴られており……最後に、カインと結婚し、王位を譲りたいといった衝撃的な言葉が書かれていた。
「な、なんだこれは!? なぜ、カインに王位を? そ、そもそも援軍の秘密が、リディア王女にバレておるのではないか!?」
「……ほう、二大強国の姫君から同時に求婚されるとは、さすがはカイン坊っちゃまでありますな」
ランスロットが手紙に視線を走らせて、頷いた。
「おそらく秘密をリディア王女に漏らしたのは、ゴードン様でありましょう。幸い、リディア王女はレオン王子とは不仲とのことなので、レオン王子にこの秘密が漏れるとは考えにくいですが……」
「い、一体、どうするのだ? リディア王女はカインと結婚したいどころか、王位を譲りたいと明言しておるぞ。こんな話がもし明るみに出たら、カインは、それこそレオン王子への反逆者。国を割った戦争に発展するぞ! そうなれば、帝国も介入してきて、このシュバルツ伯爵家はぁああああ……ッ!?」
破滅と栄光の境界線に、ワシは立たされていた。
「ご安心くださいませ、旦那様。カイン坊ちゃまのご報告によると、皇帝陛下が魔王を復活させようとしている事実を、密偵を使って帝国中にばら撒いているそうでございます。おそらく、帝国は大混乱に陥り、我らに干渉するどころではなくなるというのが、カイン坊ちゃまの見解でございます」
「……んな!? な、なんだそれは!?」
もはや理解が追いつかなかった。
「さあ、私に聞かれましても……カイン坊ちゃまがお帰りなられたら、直接、お尋ねになられるしかないと思います」
ランスロットは冷静でいるようだったが、もはや何を聞いても驚かないと達観しているようだった。
「それと、カイン坊っちゃまの密偵からの知らせですが……今、王都は勇者アベルなる狼藉者のせいで、地獄と化しているようでございます」
「なに……? どいうことだ、なぜ勇者が?」
「なんでも、選りすぐりの美少女を集めたハーレムを作ることが勇者殿の望みということです。そのために、宰相様のご令嬢の結婚式に乱入してぶち壊し、気に入った貴族令嬢をかどわかし、逮捕に乗り出した憲兵騎士団を全滅させるなど、外道の所業を繰り返しているそうでございます」
「はぁ?」
ここ数日、ミスリルの武具の売り込みを商人相手にしている間に、事態は混迷を深めているようだった。
「しかも、勇者はこともあろうに近衛騎士団の副長団長に就任したとか……我が古巣、栄光なる近衛騎士団も堕ちたものです。いずれ勇者にはこの手で、騎士道のなんたるかを叩き込んでやります」
元近衛騎士団、副団長であるランスロットは凄絶な笑みを見せた。
騎士道を重んじるランスロットにとって、守るべき婦女子に乱暴狼藉を働く勇者は、許しがたいようだ。
「シュバルツ伯爵様ぁああああッ!」
その時、少女の甲高い声が響いた。
驚いて窓の外を見ると、幻獣ペガサスに乗った美しい少女──なんとリディア王女が空を飛翔してきているではないか。
「なにぃいい!? お、王女殿下!?」
供も先触れも無く、王族がたった1人でこの辺境までやって来るなど、絶対にあり得ない。
リディア王女はバルコニーに着地する。
「わたくしの送った手紙は、読んでいただけましたか!? 今すぐカイン様と、わたくしの挙式をお願いします!」
「なっ!? い、いや、なんですと!?」
部屋に飛び込んできたリディア王女は、髪を振り乱して驚愕の言葉を発した。
「この王国を救うには、もはやそれしか手立てが無いのです!」
「い、いや、しかし! 息子カインは、すでにフェルナンド子爵の娘セルヴィアと婚約しております故……!? すぐにお返事はできませぬ!」
リディア王女は切羽詰まっており、何がなんだか、訳がわからなかった。
しかし、カインに相談も無く、この話を受ける訳にも断る訳にもいかぬ。
断るにしても、状況を見極めた上での断り方というのがある。王族の機嫌を損ねたり、恨みを買うような事態は、極力避けねばならない。
「王女殿下、まずは詳しくお話を……!」
「旦那様! カイン様が、お帰りになられました!」
その時、メイドが天の助けとも言うべき知らせを告げた。
「なに!? すぐにここに来るように伝えるのだ!」
「はい! それが、3000人の移住希望のエルフをお連れしているとか……彼らの住居を手配せとよ、カイン様は仰せです!」
「はぁ!? なんだ、それは!?」
「それから、アトラス帝国のアンジェラ皇女もご一緒だとか!? ど、どどどうしましょうか、旦那様!? なんの歓迎の準備もできておりませんが!」
そんなことは、こちらが聞きたかった。
「とにかく、失礼の無いようにお連れしろぉおおおッ!」






