5 オッサンが果てしなく自由な件について
その後は、講義の時間まで三条と他愛ない会話をして過ごし、連絡先を交換して一旦別れることになった。
別れる間際、ふと思いついたことを口にする。
「ねぇ三条」
「何?」
「お前さ、しばらく僕のうち泊まったら?」
三条のキョトンとした顔が僕を捉える。あれ、なんか変なこと言った?
「えー……大胆だな、景清」
「そう?」
「普通、仲良くなって一日目のヤツを何日も家に泊めねぇよ」
「あれ? そうだっけ」
危険な目に遭ってる人って、別の家に保護するもんじゃないの?
あのオッサン、やっぱおかしいの?
いや、その辺り関係なくおかしかったわ。
「オレお前が心配だよ。悪い人間に騙されないか」
「マジで三条にだけは言われたくない」
「オレ大丈夫だぜ! ハンコとサインはホイホイしないって決めてるから!」
「誰に言われたんだよ」
「大江ちゃん」
「そういうとこだよ」
こうなったら、一生大江さんに尻に敷いてもらう方がいいんじゃなかろうか。つーかほんとにこいつ、勉強教えてる?
とても無礼な疑惑を抱きつつ、三条と別れた。さて、僕も講義棟に行かねばならない。次の講義は、【平安時代の文学と背景】だ。
僕は足早に、食堂を去っていった。
「今回特別講師として参りました、オカルト専門フリーライターの曽根崎慎司です」
なんでいるんだよ!!!!
「今回は、こちらの曽根崎さんに平安時代の怪異についてお話しいただきます。皆さん、この辺りも容赦なく最後にテストとして出しますので、しっかり聞いてくださいね」
穏やかな女性らしい笑顔で、担当教授の筆野さんがのたまう。つまり、僕は逃げられなくなった。
「それでは始めます。平安時代の怪異といえば、今昔物語集などに見られる通り、鬼や天狗が印象的でしょう。民俗学者の柳田國男氏が述べた所によると、妖怪というのはそもそも神の零落した姿であり――」
――意外にも、講義内容は面白かった。
「曽根崎さん」
「お、景清君」
講義が終わった後、思わぬ人気を博した曽根崎さんから人波が消えるのを待ってから声をかけた。曽根崎さんは九十分の講義に疲れた様子もなく、こちらに寄ってきた。
「質問か? 勉強熱心は感心だな。何が聞きたい」
「ええ、修験道の山岳信仰についてもっと――。いや違うわ。なんでこんなことになってんですか」
「君と別れた直後に警備員さんに声をかけられてな。問答が泥沼に入る中、助け舟を出してくれたのがこちらの筆野さんだったんだ」
「あら、曽根崎さん。お知り合い?」
やっぱり止められていたか。
筆野教授も、にこやかに笑いながらこちらに来てくれた。
「少しお話しさせていただいて、とても面白い方だと思ったの。だから一度私の講義に出てみない? って打診して」
「私でよければと引き受けたんだ」
「教授、そんなユルユルでいいんですか」
「あら、いいのよ。だって面白かったじゃない?」
筆野教授は、五十代前半の小柄な女性だ。おっとりとした上品な性格で、学生からの人気も高い。
二人はすっかり仲良くなったようで、教授は曽根崎さんの肩辺りを軽く叩きながら言う。
「良かったらまたお呼びしてもいいかしら」
「次回以降は報酬が発生しますが」
「勿論構わないわ。ぜひお願いね」
うふふ、と頬に手を当てて笑う姿は、実際の年齢を忘れてしまうほどたおやかだ。こういう人が大和撫子と呼ばれるんだろうなあ。
しかし、曽根崎さんはそんな優雅を感じ取れる人ではない。ちょっと考える仕草をした後、ポケットに手を突っ込んで例の煙草を彼女に差し出した。
おい、見せるのかよ。
「まあ、これは?」
「最近学生の間で流行っているそうなんです。教授は、よく学生ともお話されると聞いたので伺いたいのですが、これについて何か知りませんか」
「そうねぇ……」
教授は困っている。――そりゃそうだ。学生といっても、かなりの人数がこの大学内には存在する。いきなり煙草のパッケージを見せられてそんなことを聞かれても、まず心当たりはないだろう。
しばらくして、筆野教授は申し訳なさそうにかぶりを振った。
「ごめんなさいね、私の知ってる子に喫煙者もあまりいないものだから」
「いえ、こちらこそ突然失礼しました」
「そちらお借りできないかしら。お困りなら他の人にも聞いてみるけど」
「では写真をお渡しします。もし、この煙草を吸っている人がいたら、私までご連絡ください」
「わかったわ。それでは、お預かりするわね」
そんな写真いつの間に焼いたんだ。教授は次の講義の準備があるようで、写真を受け取ると頭を下げて講義室を出ていった。
後に残されたのは、僕と曽根崎さんの二人。
「……筆野教授を巻き込まないでくださいよ」
「巻き込んでなんかないぞ? 協力をお願いしただけだ」
「一緒ですよ」
「君の方はどうだった。あれから何か聞き出せたか?」
「はい。煙草の出所と思しき人物の名前をゲットしました」
「やるねぇ。今から訪ねてみるか?」
「ノープランで行くのは怖くないですか? 相手は複数人いるみたいですし」
「無理矢理煙草を吸わされて終わり、ということもあり得るな」
「でも、あんまりのんびりもしていられませんしね……」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。とはいえ、怖いものは怖い。頭を悩ませていると、曽根崎さんが思いついたように手を叩いた。
「アポを取って明日出直そう」
先延ばしにしやがった。
「大事なことだぞ? 無駄足になってはいけないからな」
「それもそうですけど、どうやって呼び出しましょう。煙草を大学の外でも販売したいと持ちかけてみます?」
「いい案出すじゃないか。それでいこう」
「うわ、通った。でも、曽根崎さんは大学で顔割れてるじゃないですか。どうするんです」
「そういう時に便利なのが、柊ちゃんだ」
僕に人差し指を立ててみせ、曽根崎さんはスマホで電話をかけ出した。同時に、研究室に電話してその先輩とやらに会えるよう手配しろと身振りで伝えてくる。
「……あ、柊ちゃん? ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
何を依頼するのだろう。内容を聞きたかったが、すぐこちらも電話が繋がってしまい、結局どうするか聞けずじまいとなった。





