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5.世界を支えたわが家の困ったニート達

「いやー、今日は獲得しました」


 ハローワールドからの帰り、ベルティアはホクホク顔で家路を歩いていた。


 継続して転生してもらえる転生者に加えて新規の転生者を二兆ほど獲得できた。

 転生者収支はプラス。ありがたい事である。


 主神 ベルティア 328(正)


 世界主神であるベルティア・オー・ニヴルヘイムの名札に書かれた数字は彼女のレベルを示している。

 レベル三百二十八正。

 正というのは数値の単位だ。三桁の数値の後に四十桁の数値が続く。


 つまりベルティアは四十三桁のレベルを持つ中堅世界主神という事だ。

 チート被害者にへなちょこ正社員と言われようが立派な神なのである。


 神のレベルともなれば存在の多重化により一度に何億兆もの対応が出来て当然。

 ベルティアはチート詐欺の対応と同時に数多の転生者に対応し、転生者を獲得していたのだ。


 神と転生者の違いは神の管理する世界に存在出来るかどうかだ。

 レベルとは存在の大きさを数値化したものであり、あまりに大きいと世界という器に入り切らなくなる。


 その境界レベルは一溝。三十三桁。

 それ以上の格が神であり、それ未満の格が転生者となる。


 世界に存在出来るのは三十二桁までの格を持つ存在であり、神の格を持つ者が世界に存在するならば格を捨てなければならないのだ。


 そう、ベルティア世界最強の存在である彼女のように……


 ベルティアは同居していた小さな彼女の事を思い出し、寂しさに鼻をすすった。

 共に楽しく世界を回した小さな彼女はとてもとても小さくなって、もうベルティアの声は届かない。


 これまで十三桁の竜が最強だったベルティアの世界にとって、三十二桁の彼女はあまりに重い。

 三億年前から世界は歪み、成長を止めている。


 しかし、彼女はただ守りたかっただけなのだ。

 大事な二人の楽しい世界を。


 ぺちん。


 ベルティアは自らの頬を叩いて弱気を追い出した。


「がんばらないと。エルフを獲得出来たからまだまだ大丈夫」


 そう、大丈夫だ……まだ。


 元々ベルティアの身から出た錆である。

 自分がしっかりしなければいけないのだとベルティアは自らに活を入れ、力強く家路への道を踏みしめた。


 細々ではあるが彼女の糧は確保出来ている。何とか現状は維持出来るだろう。

 その間に彼女を救わなければならない。


 しかしどうやって……


 ベルティアが考えているとポケットの中で携帯端末が振動した。

 見れば居候からのメールが三通入っている。


「とにかく酒、酒とつまみ、肉肉肉……はぁ」


 ベルティアは内容をざっと読んでため息をついた。


 我が家のニート三人は相変わらずである。

 三人は近所のアパート住まいだがベルティアの家に住んでいるのと大して変わらない。

 生を終えても世界に執着する三人は転生もせず、ベルティアの元を去る事もなくベルティアの家に入り浸っていた。


 家では今、酒飲んでくだを巻く男二人に食への執着半端無い女一人が腹を空かせているらしい。


 これも仕事だ。

 ベルティアは家路の途中にある店で酒とつまみと肉を買い込んだ。

 食料の支払いも当然レベル。

 心が痛い出費である。


「はぁ……」


 肉屋でため息を付くのはベルティアの日課だ。

 ここ三億年の赤字は本当に半端無い。

 格落ちこそしていないが問題は山積みで、さらに先送りしまくっている。

 この酒と肉の重さもその一つだ。


 千年の生活費支給はやりすぎたったでしょうか……


 両腕にかかる重さに気落ちしながらベルティアが築三十億年の一戸建てマイホームに帰るとニートの叫びが玄関まで響いてきた。


「てめぇ、いい加減にしやがれ!」


 玄関を開くと響く罵声にげんなりするのも既に日常である。

 ベルティアは靴を脱ぐとリビングへと足を運んだ。


「本当にとっとと子作りしろよてめえ。ダンジョン主とかもういいから!」

「こいつヴィラージュに引きこもってるかダンジョン討伐してるかどっちかだよな。もうちっと女っ気出せよおい。俺ら待ってるんだからさぁ」


 リビングではテレビを前に二人の男が叫んでいる。

 黒髪と金髪の筋骨隆々タンクトップの男共だ。


 テレビを見ながらオーバーアクションで叫ぶ二人ははっきり言ってむさ苦しい。汗と唾が飛び散る様にベルティアは顔をしかめ、やかましさにまた近所に頭を下げて回らなければなりませんねとため息をつく。


 だがしかし、これも仕事の内だ。

 二人は世界での役割を終えたアフターサービスの最中なのである。


 黒髪の男は黒竜ルドワゥ。金髪の男は雷竜ビルヌュ。

 生活し辛い為人類格の頃の姿をしているが、二人はかつてベルティアの世界を生きた竜である。

 世界を侵食する異界から世界を守る盾として世界を駆けた二人はその生を終え、今はベルティア宅でニート生活真っ只中であった。


「おおベルティア。酒、酒くれ」「俺も俺も」

「……」


 相変わらずの図々しさにベルティアは憮然と酒とつまみの入った袋を渡すと二人は早速テーブルにそれらを広げ、テレビに向かい叫びながら酒盛りを始めた。


 あぁ、こいつら思い切りひっぱたきたい……


 ベルティアは拳を震わせる。

 しかし格が圧倒的に違うベルティアにそんな事が出来る訳も無い。


 筋骨隆々の見た目でもしょせん二人はレベル十三桁の転生者。

 四十三桁のベルティアからすれば吹けば弾けるもやしっ子である。

 下手な事が出来ないおかげでベルティアのストレスが半端無かった。


「あらベルティア様。お帰りなさい」


 そしてもう一人、勝手知ったる他人の家と台所から出てきた老エルフの女性が二人の広げたつまみをどけて携帯コンロと鍋を置く。

 彼女はマリーナ・ヴァン・アー。

 一年ほど前に熟れた柿に頭をかち割られて世界を去ったエルフだ。


「今日は鍋です肉鍋です。本当に肉鍋は最高ですよね。あ、お肉頂きますね……うっひょーっ!」


 マリーナは淡い緑に輝く銀の髪を躍らせて、肉を受け取り奇声を上げる。

 凶悪な食への縛りを受けたベルティア世界のエルフは食への執着半端無い。


 千百八十五年の生涯でまともなご飯を一度しか食べた事のないマリーナは死後ベルティアがご馳走した焼肉ジューシーに感動して以来、肉の虜なのであった。

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