13.悪名は無名に勝りますがナメられても困ります
「アホですか貴方は」
「いきなりご挨拶ですねマキナ先輩」
ベルティアはマキナから駄目出しを食らっていた。
ハローワールドにて転生者相手にぺこぺこ頭下げましたという話がどこからか届いたのだろう。滅多に来ないはずのマキナが現れていきなりのお説教である。
「動物格に頭を下げた上に細菌格や微生物格を含めてレベル賠償するアホな神なんて貴方くらいですよベルティア。そんな事をしていたらどんどん赤字が膨らむ一方ではありませんか」
「いえ、こちらの不始末ですから。遊びのとばっちりに謝罪するくらい……」
「必要ありません!」
さすがは六十三桁の上位格神。四十三桁のベルティアとは桁が違う。
利用しないハローワールドの事すら知っている。
とんでもない地獄耳であった。
「世界とは弱肉強食。その食物連鎖の頂点が神なのです。他の生物に食われても文句言わないのに神に食われたら文句タラタラとかナめてる以外の何者でもありません。ビシッと突き放しなさい!」
「いえ、細菌格から突き放すのはさすがに……マキナ先輩ならどうしましたか?」
「『またのお越しをお待ちしております』とにこやかに返しますよ」
くっ……さすがは上位格神ですね。
カウンターの下でベルティアは拳を震わせる。
上位格神ともなれば転生者はよりどりみどりだ。
圧倒的な格を持つ本命世界とそこらの中堅神よりも立派な生贄世界を持つ上位格神は一人でハローワールド数フロアに匹敵する規模を持つ。
ハロワに頼らずとも集客できるのだ。
生贄世界でも十分美味しく、さらに評価されれば素晴らしい本命世界へ転生も可能な上位格神の世界は転生者には大人気。
とんでもない買い手市場だから対応も上から目線なのであった。
「この前の世界ぶん投げ衝突もそれで返したのですか?」
「いいえ」
マキナは微笑む。
「あれはフザけた連中共の一括リストラですよ。『今後一層のご活躍をお祈り申し上げます』ですよ。三行半です」
「うわぁ」
ベルティアはもはや言葉も無い。
レベル五十桁を超えて初めて管理できる複数世界は六十桁まで増加の一途を辿るが、そこから先は減少していく。
質を上げるために転生者と世界がふるいにかけられていくのだ。
マキナの世界ぶん投げ衝突もその一環。あれで通常業務なのだから恐ろしい。
呆れるベルティアに対しマキナは涼しい顔。
上位格神ともなればその程度の暴挙は痛手にもならないのだろう。
うらやましい話であった。
「神と転生者の道は違うのですからそれで良いのです。貴方は知らないでしょうがあの神甘いわゲロ甘だわと転生者の間で話題になってますよ?」
「マジですか?」「大マジです」
うへぇ……
ベルティアはため息を漏らす。
転生者間の横のネットワークも馬鹿にはならない。
彼らも無意味に転生を繰り返している訳では無い。神に限らず転生者もセコく美味しい汁を吸いたいのだ。
そして最近来る妙に図々しい転生者達に納得がいったベルティアである。
要はナメられたのだ。
これは……まずいですね。
ベルティアの頬を冷や汗が流れる。
ただでさえ赤字でエルフと竜の悪評半端無い世界なのに転生者にナメられたらコストが異様に跳ね上がる。
ベルティアはこの世界を捨てる訳にはいかない。
ひとつの世界を維持しなければならないベルティアと世界などいくらでも選べる転生者の立場の差だ。その立場の差がコストに反映されるのである。
しかしマキナは問題でも何でもないという風に、しれっと言った。
「まあ貴方の場合はエルフと竜の評判の悪さがありますからちょうど良いかもしれません」
「えーっ」
「要するに広告費です。口コミの宣伝の対価です」
「いやナメられて広告とか口コミとか言われても」
「悪名は無名に勝るのです。冷やかしでもタカりでも正しい情報を知れば言う事も変わります。さぁ、彼らに叫んでもらおうではありませんか。エルフも竜もイグドラちゃんに食べられる素晴らしい大儲け転生だと!」
「それを素晴らしいと思うのはマキナ先輩だけです」
「あらそうかしらホホホ。では私はこれで」
イグドラ大好きなマキナの言葉にベルティアも呆れを隠せない。
マキナは微笑み、言いたい事は言いましたとばかりに踵を返して去っていく。
なんだかんだ言いながら心配してくれたらしい。
理不尽姫と言われているが幾万もの世界を管理する上位格神。細かい事まで気が回るのだ。
まあ八割はイグドラ大好きだと思いますが……
マキナの嗜好に礼をして、ベルティアは仕事に戻る。
しかし仕事は相変わらずだ。
遊び心を発揮してからというもの、ナメたウィルス、細菌、微生物格が大挙してやってくる。
それにしても、どれだけナメられているのか。
一桁レベルのウィルス格や二桁レベルの細菌格が人間転生やエルフ転生を当然のように求めてくる様はさすがのベルティアも呆れ顔を隠せない。
チートジャンキー共のような自覚も開き直りも無い。
そしてこちらが譲らず断ると皆悪態をつきながら去っていくのだ。
彼らがまた悪評を広めるのだろう。頭の痛いベルティアである。
カウンターは賑やかだが転生契約はさっぱりだ。
しばらくはまともな転生者を獲得するのは難しいだろう。
百年くらい我慢しなければならないかしらとベルティアが考えていると他の者に紛れて明らかに格の高い転生者がベルティアの前に立っていた。
転生者がベルティアに言う。
「人類格に転生したいのだが」




