旧陸上自衛隊横浜駐屯地、探索中
意識を敵──識別名〈オーガ〉──へと集中すると、肋骨の繋ぎ目のすぐ下……人間で言えば鳩尾の部分に、はっきりと輝く【核】が「視」えた。
その【核】へと更に意識を集中させると、銃口と【核】を繋ぐ【線】のようなモノも「視」えてくる。
【線】は気温や風速などの様々な外的要因によってゆらゆらと捻じれ、揺れ動くが、【線】と【核】が一瞬だけ一直線になる。
その瞬間、ショウはライフルの引き金を引き絞る。
銃口から放たれた一発の弾丸は、【線】をトレスするように宙を奔り【核】へと到達。
変異して青白く積層化・硬化した〈オーガ〉の皮膚は、ちょっとした金属よりも頑強だ。
タフなことで有名な〈オーク〉よりも大柄で、強靭な筋肉でその巨体を支える〈オーガ〉は、一体だけでも小さなシェルターなら壊滅させるだけの力を有する。
その〈オーガ〉に、ショウが放った一発の弾丸が命中する。
弾丸は強固な〈オーガ〉の皮膚を簡単に食い破り、分厚い筋肉さえ容易く穿って【核】へと到達、これを破壊する。
それだけで、〈オーガ〉は倒れた。
〈オーク〉よりも遥かにタフな肉体を持つ、文字通り「鬼」のごとき怪物が。
「また一発で仕留めたか……それも〈オーガ〉を。これはマスターの言うことを疑えなくなってきたな」
「もとより、我々がショウ様のお言葉を疑うことなどありえません」
「イチカ姉さまの言う通りでーす!」
ショウは自身の言葉が正しいことを示すため、あえて〈オーガ〉と一対一で対峙した。もちろん、イチカたちはすぐに彼をフォローできる位置で控えていたのだが。
そして、駐屯地内を探索中に出くわした〈オーガ〉を、ショウは実際に一撃で沈めてみせたのだ。
「はえー……ショウ先輩が人間じゃなくなった件について」
「パイセン、もう超人と言ってもいいんじゃないっすか?」
ユウジとジェボク、後輩二人もショウの異様さを目の当たりにして、目をきらきらと輝かせている。
異質な力を有するショウの目に対し、恐怖心や警戒心というものは持っていないらしい。
「うーん……考えられる可能性として、しょーちゃんの目が【インビジリアン】に限りなく近くなったことで、【インビジリアン】が普段見ている『世界』が『視』えるようになった……とか? だとすると、【インビジリアン】同士は常に相手の弱点が『視』えているってことになるけど……」
アイナは研究者としての立場から、様々な仮説や推論を打ち立てているようだ。とはいえ、現段階ではあくまでも仮説・推論でしかないのだが。
「しかし、【インビジリアン】の弱点が『視』えているのは間違いないとして、その周囲の皮膚や筋肉も脆いのか? 同じライフルを使っていても、マスターがピンポイントで弱点を撃ち抜く時は、明らかに敵の防御力も低くなっているだろう?」
「ライフルや弾丸はご主人様だけ特別ってわけじゃないですもんね。となると、フタバ姉さまの言うように、弱点周辺は防御力が低いんですかねー?」
皆で考えられそうなことをあれこれと言い合うが、決定的な結論へは当然ながら至らない。
「とにかく、今後も俺は弱点……【核】を集中的に狙っていくつもりだ」
「それでいいだろう。マスターを攻撃の基点として、我々はそのフォローをする形で戦闘を進めるとしよう」
「敵の【核】を狙い撃ちってか……ショウ先輩、かっけー!」
「俺もパイセンみたいなカックイイ特殊能力が欲しい……でも、下手に【インビジブル】に感染すると、IV抗体があっても死ぬ可能性はあるんだよな……うん、やっぱ、特殊能力のために命はかけられねーよな」
いくら特殊な能力を得られるからといっても、あえて【インビジブル】に感染するのは危険だろう。
IV抗体でほぼ感染は抑え込めるが、それも決して100パーセントではない。それに、現時点でもIV抗体の数は決して多くはなく、【インビジブル】に感染するのは大きな危険が伴うのだから。
◆◆◆
その後、駐屯地で手に入れた資料を基に、ショウたちは格納庫を目指した。
敷地内の奥、鍛錬用のグラウンドの傍に、その格納庫はある。
途中、何度も【インビジリアン】と遭遇したが、その都度ショウたちは危なげなく敵を排除していく。
「マスターのその目、実にありがたいな。ほとんどの敵を一撃で倒せるじゃないか。今のマスターは【インビジリアン】の天敵のようなものだな」
「照準を正確に合わせるのにちょっと時間がかかるが……実際、自分でも驚いているよ」
「いいことじゃないですかー。おかげで、弾薬の節約にもなっていますしー」
「うんうん、経費削減はいいことだよ」
ミサキの言葉に、嬉しそうに微笑むアイナ。義弟の財布へのダメージが軽微になることが嬉しいらしい。
旧陸上自衛隊横浜駐屯地の敷地とその周辺には、事前の予測通り数多くの〈インビジリアン〉が徘徊しており、遭遇率はかなり高い。
特に駐屯地の敷地内は、そこが【巣】であるかのように数多くの【インビジリアン】が集まっていた。
最弱と言われる〈ゴブリン〉を筆頭に、〈オーク〉や〈オーガ〉といった大型の個体までが数多く棲みついているようだ。
〈オーク〉はゴリラなどの大型類人猿が【インビジブル】に感染して変異したというのが定説であるが、この近辺に生息している〈オーク〉たちは、果たしてどこから現れたのか。
そんな疑問を抱きつつも、ショウたちはどんどんと歩を進めていく。
ちなみに、〈オーク〉が大型類人猿から変異した、という説はあくまでも仮説であり、それを裏付ける証拠などはない。
その仮説も〈オーク〉は腕が長く、いわゆる「ナックルウォーク」をするから、という貧弱な根拠でしかないのだ。
〈オーク〉が類人猿から変異したのであれば、では〈オーガ〉は何が変異したのか、という疑問が生じるだろう。こちらも様々な説があるものの正しい結論には至っていない。
「強敵はショウ様に排除していただき、それ以外はわたくしたちで倒す……このパターンが最も効率が良さそうですね」
ショウの目が【核】と銃口を【線】で繋げる際、どうしても僅かとはいえ時間が必要になる。
その際に生じる隙をイチカたちでフォローすれば、最も効率的な戦闘が行えるだろう。
実際、7.62ミリ強装弾でも倒すことが難しい〈オーク〉や〈オーガ〉を、一撃で沈めることができるのはとても大きい。
「な、何か、先輩たちの戦闘が異次元すぎる件……」
「パイセン以外の発掘者と一緒に仕事したことなんてないけど……どんなベテランでも、今日のパイセンみたいにぽんぽこぽんぽこ〈オーガ〉を倒すことなんてできねえンじゃねえかなぁ……?」
護衛対象のアイナと共に物陰に隠れつつ、次々と【インビジリアン】を撃破していくショウたちの背中を見つめながら、ユウジとジェボクが言葉を交わす。
そんな彼らの傍へ、戦闘を終えたイチカが近づいた。
「あなたたち、ショウ様の目の件に関して、他言してはなりません。このことはカワサキへ帰還後、改めてウイリアム様に報告、相談いたしますので、絶対に口外してはなりません。いいですね?」
「い、いえす! まむ!」
「先輩のこと、誰にも言いません!」
つ、と何とも言えない視線を向けられた後輩たちは、姿勢を正してなぜか敬礼する。
そんな彼らを見たイチカは。
「よろしい」
と、満足そうな笑みを浮かべた。
◆◆◆
彼らが当面の目的地とする格納庫に至るには、グラウンドを突き抜けた先にある。
だが、そのグラウンドには相当数の【インビジリアン】が群れていた。
ほとんどは〈ゴブリン〉のようだが、〈オーク〉や〈オーガ〉といった大型種、〈ウルフ〉や〈タイガー〉といった動物種も見受けられる。
中には、一体のみではあるが〈アラクネ〉──以前にショウたちが遭遇したような変異主ではなく通常種だが──もいるようだ。おそらく、あの〈アラクネ〉がここいら一帯の統括個体、いわゆる「ボスキャラ」なのだろう。
【インビジリアン】が一定数群れると、その群れを統括する個体が現れる場合があるという。
そのような統括個体は、これまでにも少数だが目撃情報が上がっており、統括個体に率いられた群れは、通常の群れよりも手強くなると言われている。
「統括個体である〈アラクネ〉を倒せば、群れは弱体化、もしくは散り散りになるのか?」
「過去の戦闘データによりますと、統括個体を倒しても、群れが散り散りになったという報告はありません。また、統括個体が率いた群れは統括個体を倒されると、混乱状態に陥って逆に手に負えなくなったという事例もあります」
「となると……〈アラクネ〉を先に倒すのは悪手か?」
「そうとも限りません。相手が混乱すればそれは好機でもあります。混乱に付け込んで各個撃破できれば、こちらの勝機は高まるでしょう」
「なるほど。混乱させて端から倒していくというわけか」
統括個体が倒されたことで生じる混乱に乗じ、各個撃破していけば大軍を相手にするより楽に倒せるだろう。
もちろん、敵が混乱したことで予想外の結果になる可能性も高い。だが、状況を的確に読み、最善の行動を取れば付け入る隙も多くなるだろう。
「よし、まずは俺が〈アラクネ〉を倒す。その後、状況を読みながら各個撃破していく。イチカはジェボクたちと一緒にアイナについていてくれ。フタバとミサキは〈アラクネ〉以外を順次攻撃だ」
「承知いたしました」
「イエス、マスター」
「了解でーす」
イチカたちの返答を聞き、ショウは物陰から〈アラクネ〉を「視」る。
人間型の上半身、その喉に当たる場所に、【核】はあるようだ。
ショウは更に視覚に集中する。空中にぼんやりと【線】が見え、揺れ動くその【線】が一瞬、真っすぐになる。
その時、ショウは静かに引き金を引き絞り、銃口から放たれた弾丸が【線】をトレスして〈アラクネ〉の【核】を正確に撃ち抜いた。
「状況開始!」
イチカの号令に合わせ、フタバとミサキが飛び出していく。
こうして、グラウンドに集まる多数の【インビジブル】と、ショウたちの激戦が開始された。
仕事や家庭事情などで少々多忙なため、次回の更新は2月16日(月)となります。
ご了承お願いいたします。




