旧陸上自衛隊横浜駐屯地、探索開始
旧陸上自衛隊横浜駐屯地の建物内には、かなりの数の【インビジリアン】がうろついていた。
かつてはこの駐屯地に所属する自衛隊員であった者、駐屯地のスタッフだった者、もしくは、何らかの理由でここを訪れていた者などが感染、変異したのだろう。
中には、ここを探索しようとして失敗したと思しき、発掘者の成れの果てもいた。
その【インビジリアン】たちは、ショウたちの存在に気づくと牙を剥き、爪を振りかざして襲いかかってくる。
そんな青白い怪物たちへ、ショウとフタバが構えたバトルライフルが火を噴き、危なげなく次々に撃退していく。
「マスター?」
何度目かの遭遇戦の後、疑問を感じたフタバがショウへと振り向いた。
「今日の活動中、ずっとライフルの射撃モードを連射ではなく単射にしているようだが、何か理由があるのか?」
《ベヒィモス》を降りてからこの駐屯地までの移動中、そして、駐屯地に到着してから。
何度か【インビジリアン】と遭遇し、その度に戦闘、撃破してきたのだが、その戦闘中、なぜかショウはライフルを単射モードにして使用していた。
フタバたちがショウと出会ってから今日まで、ショウがライフルを単射で使用する機会はほとんどなく、連射で射撃していたはずなのに、だ。
「そういえば、フタバ姉さまの言う通りですねー。ご主人様、何か理由があるのですかー?」
「しょーちゃん、もしかして以前の怪我がまだ治りきっていないとか? だったら、無理をせずに引き返すことも考えよう? お義父さんだって、しょーちゃんに無理をさせるつもりはないんだからさ?」
心配そうに自分を見つめるアイナに、ショウはそうじゃないとはっきり告げた。
「怪我は完全に治っているよ。だが……どうも目の調子がな。気づいたのは、ここに移動する際の戦闘中なんだが……」
「目……ってことは、前回の感染の後遺症? もしかして、以前よりも見づらくなっている?」
「おそらく前回の感染症の影響なのは間違いないな。だが、見づらくなったわけじゃなく……どちらかと言えば、逆によく見えるんだ」
そのことにショウが気づいたのは、駐屯地へ移動中の戦闘時だった。
五体の〈ゴブリン〉と一体の〈オーク〉という【インビジリアン】の複合グループと遭遇し、ショウとフタバはすぐさま迎撃行動に移った。
いつものようにライフルを構えた時、ショウはふと違和感を覚え、すぐにその原因に気づく。
敵対した【インビジリアン】の体の一部で、ぼんやりと輝いて見える箇所があったのだ。
その輝く箇所は、個体によって違った。同じ〈ゴブリン〉でも、個体によって頭部にその箇所がある場合もあれば、大腿部にある場合もあった。
最初こそ特に気にもせず、いつも通りにライフルを撃っていたのだが、何となくその輝く箇所が気になり、ショウは試しに一体の〈ゴブリン〉その箇所──人間で言えば胃のある場所だった──を狙い撃ってみた。
ライフルから吐き出された弾丸は、狙い違わずその箇所に命中する。すると、その〈ゴブリン〉は倒れ、瞬く間にその体が崩れ出した。
「そう言えば、戦闘後にすぐ【ブルーパウダー】化し出した個体がありましたね。通常、倒れた【インビジリアン】の【ブルーパウダー】化が始まるのは、やや時間を置いてからのはずです」
戦闘の記録を再確認したのであろうイチカが、ショウの話を裏付けた。
「それで、次に遭遇した〈オーク〉にもその輝く箇所が見えたので、単射モードで撃ってみれば、一撃で倒すことができたんだ」
「〈オーク〉を一撃でか……〈オーク〉はタフなことで有名な【インビジリアン】だから、通常は7.62mm弾でも何発か撃ち込まないと倒せないぞ」
「フタバの言う通りだ。その後も遭遇した【インビジリアン】には全てその輝く箇所が見えたので、そこを単射で狙っていたわけさ」
結果、その輝く箇所──ショウは便宜上【核】と呼ぶことにした──を撃ち抜かれた【インビジリアン】は、〈ゴブリン〉だろうが〈オーク〉だろうが、全て一撃で倒せたとショウは続けた。
「うーん……しょーちゃんの言うことを疑うわけじゃないけど、これまで【インビジリアン】にそんな明確な弱点があったなんて話……アタシは聞いたことないなぁ」
「アイナ様がおっしゃるように、過去に発表されたどのような論文にも、【核】なんてものは出ておりません」
アイナとイチカが言うように、これまで【インビジリアン】に明確な弱点が存在する、という説は世界中のどこに見当たらない。
「もしかして、ご主人様だから……ご主人様にしか『視』えないのかもしれませんねー」
ミサキの視線は、いつものようにサングラスに覆われたショウの目へと向けられていた。
◆◆◆
「えっと……みなさん、何の話をしているんですか?」
「ショウパイセンの目がどうとか……」
と、不思議そうに首を傾げるのはユウジとジェボク。彼らはショウの目に感染後遺症があることを知らないのだから無理もない。
「そういや、二人は俺の目のことを知らなかったな。別に隠していたわけじゃないが……」
ショウは後輩たちに自身が抱える後遺症について語った。そして、最近二度目の感染を経て、その後遺症に変化が現れているようだ、ということも。
「へー、パイセンがいつもグラサンしているのって、そんな理由があったんスね」
「すいません、俺、単にファッションでサングラスかけているとばかり思っていました」
二人はサングラスを外して露わとなったショウの目を見ていた。
そこに、差別や嫌悪という感情は見受けられない。今の時代、【インビジブル】に感染して後遺症を発症している者は少なからずいるからだ。
だが、ショウやウイリアムのように、後遺症と併せて人間を超越した能力に覚醒した者はそれほど多くはない。
特に今のショウのように、もはや超能力と呼べるほどまで発達した異能は、まず過去に例はないだろう。
「過去、感染した後に異能のような力が現われた例はいくつも報告されているけれど、しょーちゃんほどの異能に目覚めたって例は聞いたことないんだよね。ね、しょーちゃん。カワサキに戻ったら、もう少ししょーちゃんのこと調べてもいい? はっきり言って、今のしょーちゃんって医学的にも細菌学的にも極めて稀なケースなんだよね」
ショウの隣に立ち、ちょっと甘えるような仕草で義弟を見上げるアイナ。
そんなアイナに、ショウは苦笑を浮かべながら答える。
「アイナが望むのであれば、俺は喜んで実験動物になるぞ。ただし、解剖だけは勘弁してくれ」
「もー、しょーちゃんったら。アタシがそんなことするわけないでしょー?」
場違いなほど和気藹々とした雰囲気を振りまく二人に、イチカたちは微笑ましい視線を注ぐ。
一方で。
「も、もしかして、ショウ先輩の目って、透視能力があったりしますっ!? 例えば、アイナ先生とかイチカさんとか……女性陣の裸が見放題なんですかっ!? な、なんて羨ましい……っ!!」
「えっ!? ってことは、もしかして俺もパイセンに裸見られているっ!? いやーん、パイセンのえっちー!」
愕然とした表情のユウジと、わざとらしく身もだえするジェボク。
言うまでもなく、ショウの目にも透視能力なんてものはないので、他人の裸が見えているようなこともない。
ショウはややオーバーに溜息を吐く。
「おまえら、やっぱり馬鹿だな」
「ひ、ひどいっっすよ、パイセンっ!! いくら事実でも、面と向かって言うなんてっ!!」
「馬鹿なのは認めるんだ……まあ、俺たち、確かに馬鹿だけどさぁ」
自分たちが馬鹿だという認識は、しっかりと後輩たちにはあるようだ。
「じゃあ、逆に聞くが、仮におまえたちに透視能力があったとして、それを他人に言うか?」
「あ? あ、あー……」
「確かに……。もしも俺に透視能力があったとしたら、絶対誰にも言わないわ」
ショウが言いたいことを理解したユウジとジェボクに、ショウは笑いかける。
「だろう? そういう美味しい秘密は、自分だけのものにしておくものさ」
と、肩を竦めるショウに皆が笑みを浮かべた。
「あれ? じゃあ、フタバの姐御がグラサンしているのって、パイセンと同じ……?」
「そういや、姐御もすげぇ怪力だったよな。やっぱり、姐御も感染克服者なのか?」
後輩たちがフタバを見る。今日も彼女は黒で統一した防具とミラーシェードのサングラスを装備している。
「いや、違うぞ? 私はマスターとは違い、単にカッコイイからこのサングラスをかけているのだが?」
と、フタバはジェボクとユウジに向けて、自慢そうに口角を吊り上げて見せるのだった。
◆◆◆
その後、駐屯地のビル内を探索した結果、施設内の資料をいくつか入手した。
だが、主要なデータが保存されているであろうデータベースに繋がるデバイスは、電源が死んでいるために起動できなかった。
イチカやミサキが調べたところ、デバイスが旧式のためショウたちが所持する電源には接続できそうもないとのこと。
「手を加えて手持ちの電源に接続するには、ちょーっと本格的にいじらないと無理っぽいですねー」
「手を加えるにしても、改良するためのパーツなどが足りないですね。せめて、《ベヒィモス》まで戻ればなんとかなるかもしれませんが」
「つまり、ここでは無理ってことか?」
「その通りです」
「ですです」
ショウの問いに、イチカとミサキが首を縦に振った。
「この駐屯地のどこかにあるメインサーバーに直接アクセスできれば……って、電源が死んじゃっているのなら、そのサーバーも起動できないか」
ショウたちの話を聞き、ふと考えていたことを口にしたアイナだが、すぐにそれも無理なことに気づいたようだ。
「いくつかとはいえ、ファイルされていた物理的な資料は手に入ったんだ。まずはこれを基に探索を進めよう」
ショウは一同をぐるりと見回して言葉を続ける。
「この駐屯所の探索はここからが本番だ。注意を怠ることなく、かつ、手際よく探索を進めるぞ!」




