閑話─配信系発掘者 その2
「うわああああああああああああああああああああっ!!」
俺は悲鳴を上げながらも、必死にショットガンの引き金を引き絞った。
どんどんどん、と連続する銃声に、俺の悲鳴は半ば掻き消される。
俺の名前はユウヅキ・ライト。配信系発掘者だ。
もっとも、発掘者としては、デビューしたばかりのド新人なんだけど。
そんなド新人の俺が、どうして悲鳴を上げつつもショットガンを連射しているのかと言えば。
それは、ちょっとだけ前のことが原因なのだった。
◇◇◇
「さあ! いよいよ、トーキョー汚染エリア、通称『トーキョー遺跡』に到着しましたー!」
自動操縦のドローンに搭載したカメラが、俺の背後に広がる景色を映し出す。
かつては世界有数の都市として知られた、東京。
だが、カメラが映すのはその成れの果て。
住む者もなく、ただ無人の建造物と崩れた瓦礫が転がるだけの廃墟。
そんなかつての栄光の残滓へ、今から俺は足を踏み入れるわけだ。
「じゃあ、いよいよ遺跡に突入します!」
そう言いつつ、手首に装着したマルチデバイスへと目を向ける。そこには数多くのコメントが寄せられていた。
「がんばれー」
「価値のある物見つけたら何か奢れ」
「死ぬなよー」
「【インビジリアン】と遭遇して、泣き喚きながら逃げる姿をはよ見せろ」
などなど、好意的ではない物もちらほらあるが、コメントが寄せられるだけ嬉しいのも事実。
そもそも、好意的なコメントばかりが投稿されるわけがないんだよね。万人受けなんてあり得ないから、アンチなコメントがあるのは当然、と考えた方が気持ち的にも楽になるってものだ。
ちなみに、同時接続数は15人にまで増えている。開始時から比べたら、順調な増え方と言えるだろう。
もちろん、これからどんどん同接を増やしてみせるけどな!
あ、そんなことを言っている内に、同接が二人増えた。
実は、遺跡での発掘をリアルタイムで配信する発掘者って、案外少ないのだ。
考えられる理由はいくつかある。
第一の理由としては、生きて帰ることができる保証なんてないこと。
遺跡での発掘は命がけ。発掘中に命を落とした発掘者なんて、いくらでもいる。
つまり、リアルタイムで配信すれば、自分が死ぬ瞬間を視聴者に見せつけてしまうわけだ。
当然ながら、そんなことを望む配信者はまずいない。いるとすれば、自殺願望を持っている者ぐらいだろうか。
それでも、少数ながらリアルタイム配信を行う配信者が存在するのは、生きて帰る自信があることと、動画の再生回数が稼げることが挙げられるだろう。
何だかんだ言いつつも、リアルタイムで発掘の様子を見たいって視聴者は多いのだ。
それ以外の理由を挙げるとすれば、やはり自分の無様な姿を見せたくないってのはあるんじゃないかな?
先ほどのコメントじゃないけど、【インビジリアン】と遭遇して逃げる場面も当然あるだろう。
その時、冷静に撤退できればいいけど、恐怖にかられて無様に逃げ惑うことだってあるはずだ。
そんな姿を不特定多数の人たちに見られるのは嫌だ、と考える発掘者が多いのは当然というものである。
中には自分の無様な姿を敢えて公開し、笑いを取ることで再生数を稼いでいる発掘系配信者もいるにはいる。
ただ、誰だって自分のカッコイイ姿を見て欲しいって考えるものだから、いわゆる「お笑い系」発掘配信者は多くはないのだ。
「とりあえず……手近な建物に入って、中を探索してみたいと思いまーす。さて、何か価値のある物が眠っているといいけど……」
まあ、そんなことはないと思っているけど、それは口に出さない。
ここはトーキョー遺跡の外縁部。当然、既に価値のある物は発掘され尽くしているだろう。
そんな場所に価値のある物なんて、まず残されてはいない。
それを承知しながら、視聴者の期待を煽るようなセリフを吐きつつ俺は手近な建物の中へと足を踏み入れた。
◇◇◇
俺が入った建物は、かつては雑居ビルか賃貸マンションだったのだろう。
入口から細い通路が続き、突き当りに一部屋……というか、かつては何らかの事務所だったであろう部屋があり、その手前の左右にエレベーターと階段が見える。
そして、更にその手前にはいくつものレターボックス……があったのだろうが、それすら誰かに回収されたようだ。
電源など生きているはずもなく、俺はエレベーターを無視して階段へと目を向けた。
突き当りの事務所らしき場所は、ドアが破壊されていてここからでも中が見える。どう見ても、事務所の中は漁り尽くされた感じだ。
事務所内の探索をさっさと見切って、上階へ続く階段へと目を向ければ、途中で天井が崩れて塞がれていた。逆に、地下へ続く階段はまだ降りられそう。
外から見たところ、このビルは二階より上がなかった。どんな理由で崩れたのかは不明だが、まあ【インビジリアン】との戦闘で崩れたと思って間違いないだろう。
これはもう、選択肢は地下一択だね。
俺はオートショットガンに装着したガンライトを点灯し、ゆっくりと階段を降りていく。
踊り場を過ぎて、更に下へ。その突き当りは扉だ。
俺はショットガンを構えたまま、ゆっくりと扉を開ける。扉に鍵などはなく、軋みながらも扉は開いた。
同時に。
扉の向こうで凄い騒音が湧き上がる。ぶぶぶぶぶぶぶぶ、という虫の羽音のような音が、騒音どころか轟音と言ってもいいレベルで湧き上がったのだ。
思わず耳を押さえそうになるが、それはできなかった。そもそも防弾防疫ヘルメットを装着しているので、耳を押さえることはできないんだけど。
だが、耳を押さえられない本当の理由は、この轟音の主だ。
それは虫だ。拳ほどの大きさの無数の羽虫が、ガンライトの光に反応して飛び回り出したのである。
もちろん、この羽虫は全て【インビジリアン】だ。
見ている暇はないが、メッセージ欄も阿鼻叫喚だった。
「うぎゃあああああああ!」
「キモキモキモキモキモキモ!」
「気持ち悪いものを見せんじゃねえ! さっさと死ね!」
「あ、コレ、トラウマレベルですね」
「もしかしてライちゃん、ここで羽虫に食われちゃうの? うわぁ、御愁傷様」
「はよ逃げて、はよ!」
「扉閉めろって! これ以上虫なんて見たくねえよ!」
いや、俺も見たくないよ! 後になって冷静に考えれば、素早く扉を閉めれば良かったんだ。
だけど、この時の俺にそんな判断をする余裕なんてなく。
気がついた時には、手にしたショットガンの引き金を反射的に引き絞っていた。
◆◆◆
「うわああああああああああああああああああああっ!!」
そして、冒頭に至るわけだ。
目の前で飛び交う巨大な羽虫。形からして、ハエが変異した【インビジリアン】だろう。
羽虫──識別名は〈フライ〉というらしい──は集光性という文字通り灯りに集まる本能に導かれて、狭い地下室を飛び回る。
ガンライトと地上から差し込む僅かな光という光源に向かって、羽虫どもはどんどん集まってくる。
つまり、俺に向かって、だ。
がんがんがんがん、と狭い地下室にショットガンの銃声が響く。
幸いなのは、俺の火器がショットガンだったことだろう。
いくら回転速度の速いSMGやライフルだって、無数の小さな標的を狙うのは難しい。
その点、散弾を撃ち出すショットガン、しかもオートショットガンは、狙い定める必要もなくただ引き金を引くだけで、俺へと迫る〈フライ〉を撃ち落としていく。
だが、オートショットガンといえども弾薬は無限ではない。
半ばパニックになって、何も考えずに散弾をぶっ放していれば、すぐに弾切れをおこすのは当然だ。
引き金を引くも、散弾が撃ち出されないことに気づくまで、少しの時間──ほんの数秒──が必要だった。
だが、その数秒で、異形の羽虫どもは俺の目の前まで迫ってくる。
静けさを取り戻した地下室に、がちがちと牙を打ち鳴らす音が小さく響く。
「あ、こりゃあかん」
「ここで終わりかぁ」
「ご愁傷様。次は異世界に転生してがんばれ」
「短い時間だったけど、まあ、楽しかったかな」
「なーむー」
目をやる余裕なんてないが、視聴者たちから勝手なコメントが流れてくる。
後でこれらのコメントを見て思ったよ。こいつら、他人事だと思って好き勝手なこと言いやがって!
ってね。
そう。
後で見たんだ。つまり、この時俺は死ななかったのだ。
◆◆◆
弾丸を撃ち尽くし、呆然とする俺。
眼前まで【インビジリアン】が迫り、死を覚悟した俺。
だけど、俺は死ななかった。
突然……本当に突然、救いの手が差し伸べられたから。
ぐい、と首の後ろを力強く引かれた。
え? と思う間もなく、階段の方へと投げ飛ばされる俺。同時に、ばたんと扉が閉まる音も聞こえた。
階段に体を強く打ち付け、思わずせき込む。同時に、体のあちこちに激痛が走る。
「大丈夫か?」
と、倒れて苦しむ俺を見下ろしているのは、一人の女性だった。
年齢はぱっと見で、俺よりちょい上。多分、二十歳前後だろう。
ショートの黒髪と、黒い防具。特にライダースジャケット風の防具が印象的だ。
身長は結構高い。見上げているから、余計に高く感じるのかもしれないけど。
目元を覆う黒いシェード型のサングラスが、僅かに差し込む光にきらりと光った。
「どこかから銃声が聞こえたかと思えば、こんな所に一人で……おまえも発掘者か?」
「あ、え、えっと……そ、そうです」
「たまたま私の仲間が銃声に気づき、マスターが私に様子を見てこいと命じたからこうして間に合ったが……普通なら、おまえは死んでいたぞ?」
女性の口がわずかに吊り上がった。どうやら、苦笑しているらしい。
「あ、そ、その……助けていただいて、ありがとうございます」
「気にするな。私はマスターの命令に従っただけだ」
それだけ言い残すと、女性はさっさと地上へと上がっていく。
その際、ふりふりと揺れる形のいいお尻に目が行ってしまったのは、俺も男だから仕方のないことだろう。
今更だけどあの女性、すっげぇスタイル良かったな。胸デカかったし、腰細かったし、お尻は形いいし。
「今の女の人、ライちゃんの知り合い?」
「何か、カッコイイ人だったな!」
「あんなカッコイイお姉さんに罵倒されたい! そして踏まれたい!」
「何だよ、女の仲間がいたのかよ。だったら、最初っから一緒に行動しろよ」
「いや、単なる通りすがりの人が助けてくれたって感じでしょ」
「後で莫大な救助費を請求されるパターンwww」
何やらコメントが騒がしいが、俺はそれに気を回す余裕なんてなかった。
女性を追いかけて慌てて地上へと戻る。もう一度お礼を言いたかったからだ。
だが、地上に出たらもう彼女の姿はどこにもなかった。まるで、あの女性は幻だったかのように。
周囲を何度も見回すが、女性の姿は全くない。だけど、実際に俺を助けてくれた以上、幻の類ではないはずだ。
そして、今更ながら気づいた。
「あの人……防疫ヘルメット被っていなかったぞ……?」
ここは【インビジブル】に汚染されたエリアだ。防疫ヘルメットや防疫マスクなしでは、【インビジブル】に感染するリスクが非常に高い。
もちろん、感染率は100%ではない。免疫力が極めて高ければ、【インビジブル】が体内に侵入しても感染しない場合もある。
その辺りは普通のウイルスと変わりはない。
「大丈夫なんだろうか、あの人……」
いまだ流れ続けるメッセージを無視して、俺はその場に呆然と立ち尽くした。




