駆け引き
「意外と手応えが無かったわね」
ブレンダはそうつぶやくと、木の上からふらつく赤毛の女子生徒を眺めた。人形を繰ることは出来ても、まだ本当の駆け引きを知らない。聴力を失った今、平衡感覚の維持すらままならないはず。これで一番手強い巨人の人形の無力化には成功した。
とは言え、相手の人形はまだ二体残っているし、フリーダと名乗った赤毛の少女も、自分から降参するような玉じゃない。それに無力化出来ても、仕留めるのはモンチーでは無理だ。それはイクセルとヴィクターに任せる必要がある。ブレンダはモンチーの頭をいいこいいこしつつ、辺りの気配を探った。
ザワ――!
ブレンダの右手を何かが通り抜ける。イクセルやヴィクターの位置とは反対側――相手の人形だ。
「やっぱり、お姫様の危機に出て来たわね」
ブレンダはモンチーを隣の木へと飛び移らせた。モンチーの動きは速いが、その分、自分の視界内で相手を捕捉する必要がある。
「もう一度、踊ってあげる!」
そう声を上げると、ブレンダは相手の人形が向かった方へモンチーを機動させた。モンチーの腕は伸び縮みでき、それを使って木々の間を高速に飛び回れる。だが相手は、モンチーの音による攻撃範囲に入る直前で、木々の間へと素早く姿を隠した。
それでもブレンダの目は、人形の後ろ姿を捉える。その姿は、妖艶な踊り子にしか見えなかった。下半身にまとう衣装が、まるで本物の絹みたいに風に舞っている。
「可変装甲!?」
それを見たブレンダの口から、驚きの声が漏れた。最新の、しかもまだ実験中の装備のはず。どう考えても、閥族以外の誰かが所持するようなものではない。
モンチーでその後ろ姿を追いかけながら、ブレンダは周囲を警戒した。あれだけ素早い動きをするのであれば、自分と同じく、相手人形師は人形が目視できる位置にいるはず。
『いた!』
小柄な子供としか思えない人影が、ブレンダから見て右手の木の陰にいるのが見えた。しかも、国学の制服ではなく、侍従服を身にまとっている。巨人とあと一体を仕留めてしまえば、この演習は終わったも同じだ。
「モンチー、取舵旋回!」
モンチーが木の幹を軸に急旋回する。おそらく、もう一体の人形と、こちらを挟み撃ちにするつもりだったのだろう。でも、森の中のモンチーの機動力をなめたのが間違いだ。
急旋回したモンチーが、その勢いを使って、侍従服の少女の潜む中間点にある木へと飛び移る。向こうの人形がいくら速くても、こちらの動きにはついてこれないはず。後は木の上から、赤毛の少女と同じく、モンチーの大音響で無力化してやるだけだ。
「――チェックメイト」
勝利を確信したブレンダは口の端を持ち上げた。次の瞬間、モンチーの体が、木の枝を掴んだまま、地面へと激突する。
「な、なに!」
見上げると、モンチーが掴んだ木の枝の根元が、きれいに切られているのが見えた。いつの間にか、この辺りの木の枝に切れ目を入れていたらしい。
『やられた!』
ブレンダは心の中で叫んだ。どうやら、誘われていたのはこっちだったらしい。だが侍従服の少女は、地面に落ちたモンチーの正面、その効力が最大に発揮できる位置にいる。イクセルとヴィクターに合図を送る暇はないが、彼らは既に耳栓を装着しているから問題ないはず。
「モンチー、爆音投打、最大出力!」
ブォォォオオオオオ――ン!
耳栓をしているはずのブレンダの耳にも、轟音が響いてきた。手で耳を抑えても、並の人間なら気絶するぐらいの音量であり、鼓膜を破壊するだけの力がある。
もしかすると、流石にこれは人形師への直接攻撃とみなされるかもしれないが、ここで負けてしまえば、イクセルやヴィクターの未来がなくなる。ブレンダは上空を見上げた。信号弾の上がる気配はない。
「勝った!」
ブレンダがそう思った時だ。何の表情も変えずに、少女がゆっくりと手を下ろすのが見えた。どういう訳か、モンチーの爆音による攻撃は、まったく効かなかったらしい。
同時に、モンチーの上に何かが飛び降りてくる。それは二組の腕を持つ、まるで女神みたいに美しく、それでいて妖艶な姿をした人形だ。
人形は一組の腕でモンチーを上から抑えつけると、もう一組の腕に持つ湾曲した刀で、モンチーの腕を切り落とした。切断されたモンチーの腕が宙を舞う。続けて両の刀をモンチーの背中へと向けた。その先にはモンチーの核があった。
「待って、降参よ!」
ブレンダはそう声を上げると、木から飛び降りた。そして侍従服の少女へ両手を上げて見せる。少女は顔を上げると、暗紫色の瞳でブレンダを眺めた。その瞳はブレンダが知っているどの歴戦の人形師よりも、冷ややかな光を宿している。
「赤毛に美味しいところを、持っていかれたではないか――」
少女の口から小さなつぶやきが漏れる。そしてブレンダへ向かって、フンと鼻を鳴らして見せた。




