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邂逅

 頭が割れるような痛みに、クエルは意識を取り戻した。誰かが話したり、周囲を歩く音がする。それに焦げ臭い、まるで火事の跡のような匂いも漂っていた。


「ここはどこだろう……」


 クエルはうっすらと開けた目で周囲を見回した。辺りはほの暗く、日差しの気配はない。空を流れる黒雲を背景に、誰かが自分のことを眺めている。それはクエルがこの世界で一番よく知っている人の顔だった。


「フリーダ、無事だったんだ!」


 飛び起きたクエルに、その人物が慌てて顔を上げる。そして無関心な表情でクエルを見下ろした。


「フリーダ……じゃない?」


 よく見れば、顔の作りはそっくりだけど、その髪は黒く、目の色は琥珀を思わせる深い茶色だ。クエルはこの女性に見覚えがあった。フリーダの誕生日会の後、東領の流民たちに捕まった自分を、散々に蹴り飛ばしてきた相手だ。


「マーヤさん?」

 

「覚えていたのね」


「ここは……」


「演習場の崖の上。狂った人形たちのど真ん中よ」


 相変わらず無関心な表情で、マーヤがクエルに答える。その言葉にクエルは我に返った。


「フリーダとセシル、同じ班の仲間はどこにいますか!?」


「他の人たちなんて知らないわ。ヘラルドさんから頼まれて、あなたの様子を見ていただけ。だけど――」


 マーヤが何かを言い淀んだ時だ。少し癖のある黒髪をした、彫りの深い男性が姿を現した。


「ヘラルドさん!」


 マーヤがクエルに対するものとは全く違う、さもうれしそうな声を上げる。


「遅くなって申し訳ない。こちらへ上ってくる人形たちの相手が忙しくてね」


「最初から私に任せてもらえば――」


 ギュアアアアアア――!


 風に乗って、人でも獣でもない怒声が響いてきた。心臓を締め上げるような恐怖に、クエルの体が震える。それを眺めたマーヤが眉をひそめた。


「この程度の相手に、ビビっているの?」


「彼の認識は正しい。これは兵団の人形とは違う相手だ。それに君は私たちの旗頭だし、そう簡単に危険にさらす訳にはいかない」 


「ヘラルドさんこそ、私たちのリーダーで、最重要人物です!」


 マーヤがヘラルドに頬を膨らませる。そうやって怒って見せる態度も、フリーダとよく似ていた。髪の色と目の色を除けば、瓜二つとしか思えない。ヘラルドはマーヤに苦笑すると、クエルに手を差し出した。


「クエル君、久しぶりだね。立てるかい?」


 クエルはその手に頼ることなく、自分で立ち上がろうとしたが、頭の痛みに足元がふらつく。何枚ものガラスをひっかくような音が、頭の中で鳴り続けていた。


「彼の面倒は私が見る。マーヤは私に代わって、下の指揮を取ってくれ」


「はい、任せて下さい!」


 元気よく答えたマーヤが、飛ぶように駆け去った。


「ヘラルドさん、僕と同じ班の生徒が、頂上手前の渓谷にいます。どうか救助をお願いします!」


 クエルはヘラルドに必死に頭を下げた。それを聞いたヘラルドが、考え込むような表情をする。


「その件について、君に伝えることがある」


 ヘラルドは背後にある林の方へと歩き始めた。クエルは焦る心を抑えながら、ヘラルドの後に続く。林の中に入ると、いくつもの麻の袋が地面に並べられており、埃にまみれた男たちが、さらに二つの袋を運んでくるのが見えた。


「早くフリーダたちを助けに行かないと――」


 耐え切れなくなったクエルが、ヘラルドに声を掛けた時だ。ヘラルドに気づいた男たちが、こちらへ近づいてきた。


「ヘラルドさん、ご無事で何よりです。人形たちの相手は終わりですか?」


「残念ながらまだだ。マーヤに指揮を代わってもらって、少し休ませてもらう」


 それを聞いた男たちが、心配そうな顔をした。


「マーヤお嬢さんで大丈夫ですか?」


「手強い相手だが、一本道を抑えるだけだから、何とかなるだろう。それにエーリクやブスカもいる。君たちにも無理なお願いを頼んで申し訳ない。そのままにしておくのは忍びなくてね」


「私たちは人形なんてものは扱えませんから、このぐらいしかお役に立てません」


「そんなことはない。君たち後列のおかげで、私たちは前を向いて戦える」


 それを聞いた男たちが、煤で汚れた顔に笑みを浮かべた。その拍子に、袋の中から赤い糸のようなもの――いや、髪の毛が零れ落ちた。それが男たちの笑い声に合わせて、馬のしっぽみたいに揺れる。


「まさか――」


 クエルは袋に飛びついた。


「何をしやがる!」


 袋を運んでいた男が、クエルの体を突き飛ばした。なおもしがみつこうとするクエルを、もう一人が後ろから羽交い絞めにする。それでもクエルは袋に向けて、必死に手を伸ばした。


「中身を、中身を僕に見せてくれ!」


 暴れるクエルを男たちは殴りつけようとしたが、ヘラルドがその手を抑える。


「彼の好きにさせてくれ。それと、君たちはしばし外で休憩を取ってくれないか」


 ヘラルドの言葉に、男たちはクエルから手を離すと、林の外へと出て行った。クエルは崩れ落ちるように、地面に置かれた麻の袋に近づく。震える手でそれをそっとめくった。生臭い血の匂いが漂い、胃から喉へと酸っぱいものがこみあげてくる。


 袋の中に見えるのは、血だらけの赤い髪だ。それに続く顔はつぶれている。それでも毎日眺めていた赤い髪に、クエルはそれが誰なのかを理解した。


「フリーダ……」


 クエルが恐る恐る横に置かれた袋にも手を伸ばす。袋を縛る紐を外そうとするが、震え続ける指先に、紐を持つことすらままならない。ヘラルドはクエルの代わりに紐をほどくと、袋をわずかにめくって見せた。そこには暗紫色の髪をした少女が、まるで愛玩人形のような、生気のない姿で横たわっている。


「セ、セシル……?」


 クエルの視界を涙が覆い尽くした。どこかから誰かが大声で泣く声も聞こえる。それはクエル自身の泣き声だった。


「知り合いかい?」


 ヘラルドの声に、クエルは頷いた。


「自分の……命よりも……大切な……人たちでした……」


 フリーダの向日葵のような笑顔が、セシルの皮肉めいた、それでいて温かいまなざしが目に浮かぶ。その全てが失われてしまったことにクエルは絶望した。激しい後悔の念が、クエルの心に湧き上がってくる。


「僕のせいだ――」 


 国家人形師を目指さなければ、家に引きこもっていれば、彼女たちを失うことはなかったのだ。


「心からお悔やみ申し上げる。しかしこれは君のせいなんかではないよ」


 ヘラルドがクエルの肩に手を添える。


「言葉以上に君の気持はよく分かっている。君と同様に、私たちも家族や友人、かけがえのない人たちを失った身だ。そして生き残った者には、その責任がある」


「責任……?」


 ヘラルドが黒い瞳でクエルをじっと見据えた。


「君に会わせたい人がいる。私たちの本当のリーダーだ」


 そう告げると、ヘラルドはクエルの手を取って立ち上がらせた。木立の間から一人の男性がこちらへ近づいて来る。涙にぬれた目に、その顔はよく分からなかったが、その歩き方は良く知っていた。目の前に立つその姿を、クエルはただ呆然と眺める。


「父さん……!」

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