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 フローラが黒い皮の上着を着て、背に置かれた鞍にまたがると、竜が翼を大きく羽ばたかせた。次の瞬間、フローラの視界を講堂の尖塔が横切る。足元に見えるのは大きな噴水を持つ中庭と、そこで空を見上げる人々の姿だ。


「た、助けて!」


 悲鳴を上げながら尖塔の周りを旋回するフローラに、銀色の翼をもつ巨鳥が近づいた。ガルーダの背に乗ったマクシミリアンが、フローラについて来るよう合図する。


「真の人形師にとって、空を飛ぶことは大したことではありません。飛行型が難しいなどと言うのは、それが出来ない者たちのたわ言です」


 フローラはファーニヴァルに、ガルーダの後ろに続くよう念じた。竜は翼を羽ばたかせると、フローラが命じた通りに、ガルーダの後ろを追いかけ始める。高度が上がるにつれ、見る見るうちに中庭にいる人たちが小さくなり、真冬のような風がフローラに吹き付けてきた。


「冷たい!」


 そのあまりの寒さに、フローラは身を震わせた。夏のはずなのに、凍えてしまうほどの寒さだ。


「冷たさも空の一部です。すぐに慣れますよ」


 そう告げると、マクシミリアンは下を指さした。そこは既に演習場の入口で、嵐の前触れを告げる強風に、草がまるで巨大な生き物みたいになびいている。その所々に赤い染みのようなものが見えた。


『何だろう?』


 フローラはファーニヴァルの背から身を乗り出すと、それが何かを確かめようとした。赤く染まった大地に、ばらばらになった人形の部品が落ちている。しかし青白く見える手足は、無機質な機械の一部とは思えない。


 その周りで何かがうごめいた。戦士や騎士の姿をした者たちが、腕や足を引きちぎり、空に放り投げている。フローラはブレンダが自分に告げた言葉の意味を理解した。


「なんてことをするの!」


 フローラの心に、今まで感じたことのない、激しい怒りの感情が湧き上がる。次の瞬間、目の前が真っ赤に染まった。


 ゴオオオオオオ――!


 耳をつんざく轟音と共に、赤い光が地面に向かって一直線に伸びて行く。その光に触れたもの全てが炎に包まれ、真っ黒な炭へと姿を変えた。後に残るのは草原に刻まれた一本の黒い線だけ。フローラはファーニヴァルの背中でそれを呆然と眺めた。


「これが貴方の人形師としての力です」


 マクシミリアンの冷静な声が聞こえる。


『これが私の力……』


 その言葉が呪文のように、フローラの頭の中で繰り返された。


『夢を見ているだけじゃないの?』


 不意に疑問の声が心に浮かぶ。フローラは森から飛び出してきた人形たちへ視線を向けた。


「焼き尽くして!」


 再びファーニヴァルの口から赤い光が漏れ、人形たちを消し炭へと変えていく。それと同時に、全身に肌が焼かれるような熱を感じた。


『夢なんかじゃない!』


 間違いなく現実だ。自分は竜を駆って空を飛び、人に逆らう人形たちを燃やしている。


「これが力――」


 そうつぶやいた瞬間、フローラの中で何かが変わった。いや、理解した。人の優しさも、結局は憐れみと同じものだ。それが自分とフリーダたちを隔てていた壁であったことも……。こうして圧倒できる力を持つと分かる。今のフローラは、ファーニヴァルの炎から逃げまどう人形たちにさえも、憐みを感じている。


「彼らこそ被害者ですよ」


 ガルーダの背から、マクシミリアンが暴走する人形たちを指さした。新手の群れが、救援に来た人形兵団の隊列へと向かっている。


「被害者……ですか?」


「貴方のような本物の人形師と結合することなく、術によって無理やり従属を強いられ、虐げられてきた者たちです」


 フローラは激しく戦い、部品をまき散らしながら倒れていく人形たちを眺めた。


「同じだ――」


 その姿が自分と重なる。自分も他の誰かから搾取され続けてきた。


「結局のところ、それを強いてきたのは我々人間です。世界樹の恩恵を、己の権力維持のためだけに使う者たちへのしっぺ返しに過ぎない」


 そう告げると、マクシミリアンはガルーダをフローラの側へ寄せた。


「それを正そうとすれば、全てを無に帰すしかありません。その灰の中から、真の世界樹との関係が始まるのです」


 自分を見つめるマクシミリアンの黒い瞳に、フローラは頷いた。もともとこの世界に自分の居場所などない。彼が自分を見てくれているのなら、自分を必要としてくれているのなら、それだけでいい。


『燃やせ、燃やし尽くせ――』


 再びまとわりつくような、それでいて、どこか聞き覚えのある声が頭に響く。フローラはその声に導かれるまま、戦い続ける人形たちに、ファーニヴァルの灼熱の炎を浴びせ続けた。


 * * *


 赤い光が閃き、炎が地面を走り抜ける。アルマイヤーはタバコを片手に、地獄のような光景を眺めていた。その周囲では王都守護隊の制服に身を包んだ国学職員たちが、敵味方関係なく、全てを焼き尽くす炎を前に、呆然自失の顔で立ち尽くしている。


「とうとうはじまっちまったな……」


 アルマイヤーはタバコの火を消すと、ピエロの姿をした人形を引き連れ、国学へ続く小道を歩き始めた。だがすぐに足を止める。そして普段の飄々とした態度とは違う、真剣な表情をすると、地面に片足をついて膝まずいた。


「殿下、このように汚れた姿で失礼致します」


「未だに私付きの武官だったときの癖が抜けないのかしら?」


 頭上から響く女性の声に、アルマイヤーはわずかに口元を緩めた。


「そうとも言えますが、私はあなた個人の剣であり、盾であることを誓った身でもあります」


「アル、昔話をしている時間はないの。立って頂戴」


 アルマイヤーは制服についた泥を払うと立ち上がった。目の前にはみみずくを模した人形を従えた、黒い髪に琥珀色の瞳の女性が立っている。


「夫に、ギュスターブさんに伝言をお願い。あの男が私たちを裏切ったと伝えて」


「裏切り……ですか……」


「そうよ。あの男は娘を、フリーダを見殺しにした!」


 リンダの目から涙が零れ落ちる。アルマイヤーは胸ポケットからハンカチを取り出すと、それをリンダへ差し出した。


「お嬢さんのことは、心からお悔やみ申し上げます」


「ありがとう。でも泣いている場合じゃない。泣くのはあの男の首をとってからよ」


 そう告げるリンダの瞳を、アルマイヤーはじっと見つめた。それが宿すのは、復讐を決意した暗い炎の光だ。


「正直な所、今でも私はあの日、殿下を行かせるべきではなかったと思っています」


「全ては過去のこと。後悔してもはじまらない」


 リンダの答えに、アルマイヤーは首を横に振った。


「私が殿下を胸に抱いて、王宮から連れ去るべきでした」


「こんな時に冗談のつもり?」


「冗談ではありません。そうすれば、殿下は今の涙を流すことはなかった。思い返せば、当時の私は色々なものに縛られ過ぎていました。もっとも、それに気付いたのは殿下が王宮から飛び出した後です」


「そうね……。気付くのは全てが終わった後……。だけどもう間違わない。私はあの男の首を取る!」


 そう告げると、リンダは涙を拭いたハンカチをアルマイヤーに渡した。次の瞬間、突風が森の中を吹き抜ける。リンダとミネルバの姿はどこにもない。木の葉が辺りを舞う中、アルマイヤーは黒雲が流れる空を見上げた。


運命の女神(フォルテナ)と言う奴は、どうしてこうも意地が悪いんだ!」

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