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密談

 宿舎の椅子に腰を下ろしたマクシミリアンは、窓から差し込む月明りを浴びつつ、向かい合わせに座る非公式な招待客に対し、朗らかな笑みを浮かべた。


「貴方とこうして話を交えるのは、いつぶりでしょうか?」


「もう二年近くも前になりますね」


 夏だと言うのに、砂塵にまみれたマントを羽織り、髪を短く刈り揃えた人物が答えた。


「東領の件からもう二年ですか……。時がたつのは早いものです」


「私は民間人の一人、それも一番端の席にいただけです」


「私も兄の付属物、見世物みたいなものでしたから、同じですよ」


 そう告げるマクシミリアンの態度は、どこまでも貴公子たる優雅さに満ちている。


「昔話はさておき、私たちが突入するのは、そちらの仕掛けが発動した後でよろしいですね」


 マクシミリアンは、東領の流民のリーダーであるヘラルドに頷くと、傍らに控える不知火の方へ視線を向けた。


「はい。彼女が引き金を引いてくれます」


「革命の始まりですね」


 ヘラルドの言葉に、マクシミリアンは首を横に振った。


「その様な権力の再配布ではありません」


「では、何が始まるのでしょう?」


「再構築、新たな世界樹による、新たな世界の始まりです」


「その(いしずえ)が彼女ですか……」


 ヘラルドは紙のように白い肌をした少女を眺めた。少女は何の表情も浮かべることなく、じっとマクシミリアンの背後に控えている。


「今の権力者たちは、世界樹の何たるかを全く理解していません。己の身の延命に使うなど論外です。それに手を染めた私の父は、死ぬことも出来ずに、ただの肉の塊のまま地下室にいる」


 それを聞いたヘラルドが当惑した顔をした。


「御家の秘密を、私ごときに明かしてもよいのですか?」


「単なる事実です。いずれにせよ、今ある仕組みと、それに連なる者には消えてもらいます。その点では革命と同じですね」


「ですが、現時点における我々の力は限られています。王家を打倒するのは難しい」


「御心配なく。その道具もこちらで用意してあります。これもとある方が、禁忌などというくだらないものの扉を……」


 マクシミリアンはそこで言葉を切ると、口元に笑みを浮かべた。


「それについては、あなたの()()()()()()の方が、よくご存じでしたね」


 それを聞いたヘラルドが、おもむろに椅子から立ち上がった。


「こちらも準備がありますので、今晩はここで失礼させていただきます」


 そう告げると、部屋のドアとは反対側、窓の方へと向かう。いつの間にか月の姿はなく、窓の外には深い霧が立ち込めている。窓を開けたヘラルドが、肩越しにマクシミリアンの方を振り返った。


「マクシミリアン殿、最後に一つだけ」

 

「何でしょうか?」


「マーヤはあなたのことが未だに忘れられないらしい」


「おや、私は彼女から嫌われていると思っていましたが?」


「貴方を殺したいぐらいにね」


()と背中には注意することにしましょう」


 ヘラルドはマクシミリアンに頷くと、立ち込める霧の中へと姿を消した。

 

 * * *


 国学総演習を前に、フィリップの宿舎の談話室には、チェスター家に連なる者たちが集まっていた。


「ローレンツ家の連中は人形省を牛耳って、やりたい放題だ」


「その通り。今回の演習も、明らかに我々より有利な条件を揃えている」


 全員が国学総演習に対する何かではなく、現状への不満を述べ続けている。フィリップはそれを気だるげに眺めていたが、片手を上げて皆の話を制した。


「ウルバノ家の祖は人形技師。ローレンツ家の祖は付術師だ。では我がチェスター家の祖は?」


 フィリップの言葉に、そこに居るもの全員が当惑した顔をする。フィリップは押し黙る者たちへ向けて、答えるように片手を振った。


「人形師です」


 視線を受けた者の答えに、フィリップが冷ややかな笑みを浮かべる。


「国学総演習を前に、その人形師の末裔たる我々が、いかに人形を繰るかではなく、政治の話をしているのは何の冗談かな?」


「い、いえ――」


 言葉を濁す一族の者たちに対し、フィリップはうんざりした顔をした。


「本日の打ち合わせはここまでとする。必要なのは議論ではなく行動だ。国学総演習では、諸君らに人形師の末裔たる活躍を期待する」


 全員が部屋から退出するのを見届けると、フィリップは寝室へ続くドアの方を振り返った。そこにはいつの間にか、王都守護隊の制服に身を包み、書類挟みを手にした女性が立っている。


「もう動けるの?」


「全身あざだらけですが、動きはします」


「アイ姉、まるで人形みたいな言い方だよ。とは言え、アイ姉が戻ってきてくれて助かった。聞いただろう。うちの連中は誰も当てに出来ない。アイ姉を除けば、ここ何年もチェスター家からはまともな人形師が出ていないのがよく分かる」


 それを聞いたアイラが、小さくため息をついた。


「少なくとも坊ちゃんは違います。もっとも、本気で人形を繰る気があればですけど……」


 アイラのボヤキに、フィリップは苦笑いを浮かべた。


「今頃になって、選抜でのフリーダ嬢との試合の嫌味かい? それよりも、何か知らせがあってここに来たんだろう」


「はい。国学総演習に、アイリス王女の第一班が不参加になったのはご存じかと思います。それでも人形省を通じて、軍に警備の増員の依頼を出していました。しかし人形省から予算を理由に拒否されたそうです」


「予算?」


「人形省の裏にいるのは、ジークフリード次官です。予算なんかではなく、別の意図があると思います」


 アイラのセリフに、フィリップは考え込む表情をした。


「晩餐会に出席したのも含めて、ジークフリード殿がここで何かをしようとしているのは間違いない。誰かの為に、裏口でも開けているのかな?」


「私もそう思います。それと、もう一つお伝えすべきことがあります」


「男に言い寄られでもした?」


「違います。これは旦那様からは伝えるな、と言われている件なのですが……。大祖母様が床につかれています」


「僕のお尻をあんだけ打っていたのに!?」


 驚くフィリップにアイラが頷く。それを見たフィリップの顔から、いつもの軽薄さが消えた。


「お祖父様は、僕が国学総演習をさぼって家に戻ると思ったのかな?」


「ぼっちゃん……」


「そんなことはしないよ。今度の国学総演習が、大祖母様に家を継ぐものとしての矜持を示せる、最後の機会かもしれないな」


 フィリップはいつもの表情に戻ると、アイラを近くに手招きした。


「アイ姉、何かが起ころうとしているのは間違いない。国学総演習では常に僕の側にいてくれ」


「はい。何があろうと、必ずぼっちゃんをお守りします」


 アイラは二人がまだ幼かった時のように、フィリップの体を両の腕で抱きしめた。


 * * *


 いつの間にか立ち込めた霧が、高く上り始めた月の姿を隠す。


「チェッ!」


 立ち込める霧を前に、夕食後の散歩をしていたスヴェンは、小さく舌打ちをした。総演習に出させろと、班長会議にムーグリィが殴り込みにいったおかげで、やっと一人の時間を得た。でもこの霧では散歩すら楽しめない。


「春先でもないのに、こんなに深い霧が出てくるだなんて、どんだけついてないんだ!」


 スヴェンはそうぼやくと、宿舎へ戻ろうと歩き出した。しかし霧が深すぎて、どこが道なのかもよく分からない。


「イテ!」


 霧の中から姿を現した枝に行く手を阻まれる。どうやら本格的に道に迷ったらしい。スヴェンは宿舎の明かりが見えないか辺りを見回した。木の枝が風に揺れるのがぼんやりと浮かぶだけで、明かりはどこにもない。


 フワリ……。


 数歩先で何かが動く気配がした。同じように夜の散歩に出た生徒が、宿舎に戻ろうとしているのかもしれない。スヴェンは木の根に足を取られそうになりながらも、その後を追った。しかしその動きに何か違和感を覚える。人の動きではなく、もっと低い動物のような動きだ。


「お、狼!?」


 スヴェンは慌てて足を止めた。何度か森を散歩した時に鹿の姿を見たことがある。ウサギの足跡もだ。それを追って狼が入り込んだのかもしれない。だが霧の向こうで動く何かは、狼より遥かに大きかった。


「まさか、熊!」


 スヴェンが悲鳴を上げた時だ。羽ばたきの音が聞こえた。同時に霧が晴れ始め、月が姿を現す。その月を黒い影が横切った。影は獅子の体に羽が生えた姿をしている。


「あ、あれは……」


 スヴェンはその姿に見覚えがあった。それを見たのはまだ工房に入り立ての時だ。それでも師匠であるアルツ師が、その未完成の人形について、友人と熱心に話をしていた姿は鮮明に覚えている。


「旦那様!」


 不意に背後から声が聞こえた。振り返ると、ランタンを手にしたムーグリィが、頬を膨らませて立っている。


「旦那様が部屋にいないので、びっくりしたのです!」


「それよりも、あれを見ろ!」


 スヴェンは高く上がった月を指さした。


「きれいなお月様なのです」


「月じゃない人形だ!」


 ムーグリィが当惑した顔でスヴェンを眺める。スヴェンは慌てて空を見渡したが、先ほど見た影はどこにもなかった。見間違いなんかじゃない。あれは間違いなくあの人(エンリケ)の人形だ。


「獅子の体に蛇のしっぽ、それに羽が生えた人形を見たんだ」 


 それを聞いたムーグリィの顔つきが変わった。いつもの子供っぽい表情はどこにも感じられない。


「奴がいるのね!」


「ムーグリィ?」


 ムーグリィはスヴェンの呼びかけに答えることなく、じっと夜空を見つめている。スヴェンはその水色の瞳に、狼よりも熊よりも、もっと恐ろしい何かを見た気がした。

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