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立場

「ギガンティス、王都の門!」


 フリーダは何度目になるか分からないハンマーの一撃をはじき返すと、汗で額に張り付いた髪をぬぐった。荒くなる一方の息を静めつつ、相手の動きを眺める。


『次はどっち?』


 ハマーの攻撃は一見すると単調だが、ハンマーの重量そのものを使った物理的な力と、穿孔属性の両方を使って攻撃してくる。フリーダはと言うと、そのどちらもギガンティスの堅牢属性と剛腕属性を使って防がざるを得ない。それはフリーダの精神力を削り続けている。


 隙を見てこちらからも攻撃しているが、開けた地形と、ハンマーの柄や柄頭をうまく使った防御にかわされていた。


「フリーダ君、演習中だが君に少し講義をしよう」


 どうやって突破口を開こうか考えていたフリーダに、イクセルが声を掛けてきた。フリーダは息を整えつつイクセルに頷く。


「軍には二属性持ちの人形はほとんどいない。その理由が分かるかね?」


「値段が高いからでしょうか?」


「ある意味では当たりだが、直接的な答えとしては外れだ。継戦能力が低すぎる。二属性の人形を操るのは、一属性の倍ではなく四倍だ。見栄えが大事な王宮人形師はさておき、軍では二属性持ちの人形を使う者はほとんどいない」


「初めて知りました」


「君みたいな成績優秀者が知らないとは意外だな。これを続けていれば、先に倒れるのは君だ。それでも演習を続けるかね?」


「イクセル助教、もちろんです。それと、私からも一つよろしいでしょうか?」


「何かね?」


「ブレンダ助教に関することを除けば、イクセル助教はヴィクター助教以上に合理的なんですね」


「な、なんだって!?」


 それを聞いたイクセルが、思いっきり慌てた顔をする。


「ブレンダ助教からお聞きしていた話とは、大分違うと思いましたが、やっと腑に落ちました」


「ブ、ブレンダは君に何を話しているんだ!?」


「内容については守秘とさせていただきます。ですが私にとって第13班のみんなは、イクセル助教にとってのブレンダ助教と同じなんです」


「理屈じゃない、ということか……」


「はい!」


 元気よく返事をしたフリーダに、イクセルは小さくため息をついた。


「君もブレンダも、頑固で面倒なところはよく似ている。それでは遠慮なくやらせてもらう!」


 鋼鉄の塊でできた巨大なハンマーヘッドが、ギガンティスに向かって振り下ろされた。


「昇竜の構え!」


 フリーダはギガンティスの左腕でその一撃を受け止めつつ、右腕でハマーの胴を狙った。ハマーは持ち手の位置を変えると、ヘッドではなく、柄の方を下段から振り上げてくる。


 上半身を前かがみにしているギガンティスでは、それを避けることが出来ない。フリーダは堅牢属性全開でそれを待ち受けた。だがハマーは振り上げた柄を、体を回転させて背後へと向ける。


「フェイント!?」


 フリーダが思わず声を漏らした時だ。


 ガキン!


 金属同士の激しくぶつかる音が響いた。侍従人形の掲げる金属製の箒が、火花をまき散らしながらハンマーの柄とせめぎ合っている。


「クエル!?」


「彼氏の到着か……」


 イクセルはそうつぶやくと、ギガンティスの間合いを外しながら、ハンマーの柄頭で反撃を加えた。侍従人形は素早く身を引いてハマーの一撃を避ける。


「クエル、ブレンダさんたちは!?」


 フリーダはクエルに呼びかけたが、吹き抜ける風に草が揺れているだけで、何の返答もない。


「君の彼氏はとても恥ずかしがり屋らしい」


 それを眺めたイクセルが、肩をすくめて見せる。


「今日はレディファーストみたいです」


 そう軽口を返しながら、フリーダはハマーの動きに集中した。クエルがどこにいるかは分からないが、ハマーの岩を打つ攻撃を考えれば、身を隠したままのほうが安全だ。


 イクセルは防御に徹することに決めたらしく、ハンマーを水平に持たせてこちらの出方を見ている。二体の人形を相手にしても隙がない。長引けばイクセルの言う通り、こちらの精神力が先に尽きてしまう。


『どうやって隙を作ろう――』


 フリーダは必死に考えたが、頭がぼーっとしてきて何も思いつかない。侍従人形はと言うと、箒を正眼に構えて、ハマーの死角になる位置へ動き続けている。その姿に、フリーダは子供の頃、決闘ごっこのついでに、箒でボールを打つ遊びをしたのを思い出した。それがハマーの岩を打つ姿と重なる。


『これよ!』


 フリーダの頭に、相手の不意を突く手段がひらめいた。問題はこのアイデアをどうやってクエルと共有するかだ。


「クエル、こうしていると、庭で決闘ごっこをした時の事を思い出すわね。それと、イクセル助教はハンマーで岩を打ってくるから気を付けて」


 そう声を張り上げると、ギガンティスに足元の岩を拾わせた。それを見たイクセルが呆れた顔をする。


「それで牽制でもするつもりかね?」


「はい!」


 フリーダの返事とともに、ギガンティスは大きく腕を振りかぶると、手にした岩をハマーめがけて投げつけた。


「甘すぎだ」


 イクセルはハマーをわずかに動かしてそれを避けると、侍従人形を迎え撃つべく背後を振り向かせた。だが侍従人形はハマーとの間合いを詰めるのではなく、横にした箒を振り抜く。


 ガコーン!


 激しい打撃音と共に、箒がギガンティスの投げた岩を打ち返した。弾き返された岩がハマーに向かう。ハマーは柄で岩を受けとめたが、衝撃に耐えきれずに、手にしたハンマーを吹き飛ばされた。


 ハマーが地面を転がるそれに手を伸ばそうとした時だ。何かが太陽の光を遮った。ギガンティスの巨大な拳だ。拳は風圧でイクセルの蜂蜜色の髪をなびかせると、ハマーを捉える直前で止まった。


「イクセル助教、チェックメイトです!」


 拳の向こうから響いたフリーダのセリフに、イクセルは頷いた。


「なかなか見事な連携だった。歴戦の小隊でもこうはいかない」


「ありがとうございます!」


 フリーダはイクセルに禁止されている敬礼で答えると、ギガンティスの背中から立ち上がって周囲を見回した。

 

「クエル、終わったわよ!」


 しかしクエルが一向に姿を見せないのに、フリーダは頬を膨らませる。


「ちょっと、いい加減に出てきなさい!」


 姿を現さないクエルを非難するフリーダに、イクセルは苦笑いを浮かべた。だが真剣な顔をすると、フリーダの元へハマーを近づける。


「フリーダ君、私から経験に基づく助言をしておく。国学総演習が始まったら、すぐに降伏すべきだ」


「降伏……ですか?」


「単なる演習だ。命を張ってやるようなものではない。それにもう気づいていると思うが、これは完全に閥族向けに用意されている」


「私もそう思います。でも手抜きはしません」


「プライドかね?」


「違います。クエルの赤点のためです」


 イクセルは冗談かと思ったが、フリーダの目は真剣だ。


「それと、一つ訂正させてください。クエルは彼氏ではありません。物心ついた時から一緒の幼なじみです」


「なるほど、理屈じゃない訳だ。やはり君とブレンダは似た者同士だな。それも妙なところがよく似ている」


 そう告げたイクセルに、フリーダはヒマワリを思わせる笑みを浮かべて見せた。




「あ、あの――」


 遠慮がちに声を上げたフローラに、傍らに立つ長身の男性が片手を上げた。


「私にお気遣いは無用です。見学させてもらっているだけですよ」


「ですが――」


「それよりも、兄の言付けを伝えにきたおかげで、なかなか面白いものを見させていただきました。丘の上に監視役(スポッター)を置いての遊撃戦とは、人形だけに頼らない見事な作戦です」


 そう告げると、マクシミリアンはフローラに対し、にこやかな笑みを浮かべた。それを見たフローラの首元が、火の付いたように熱くなる。同時に傍観しているだけの自分が、とても恥ずかしく思えてきた。


「私は何の役にも立っていません」


 フローラは手にした鏡を見つめた。そこには麻色の髪をした、無力な女の顔が映っている。


「そうでしょうか?」


 鏡の中に首を傾げるマクシミリアンが現れた。


「ここでフローラさんが監視役をしていたおかげで、彼らは背後を気にすることなく動けた。そもそも監視役が大活躍するようでは、作戦自体が破綻している証拠ですよ」


 マクシミリアンの言葉に、フローラは素直に頷いた。助教たちを相手に完勝するのだから、すごいとしか言いようがない。


「あまりに見事でしたので、本来ここに来た目的を忘れるところでした」


「ジークフリード様のお呼びでしょうか?」


 フローラの問いかけに、マクシミリアンは首を横に振った。


「いいえ違います。貴方の人形が完成したことを、兄に代わって伝えに来ました。これであなたも彼らと同じ、()()()です」


 マクシミリアンはフローラの手を取ると、貴婦人を相手にするように、その甲へそっと口づけをした。

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