奇襲
『フローラさんからの合図はない。どこから襲ってきた!?』
クエルの問いかけに、セシルはフンと鼻を鳴らすと、大木の影へ身を隠した。その背後で何かがゆっくりと動いていく。森の縁からも、木立のきしむ音が聞こえていた。
『こちらが遠隔で人形を繰れることの裏をかかれたな。相手の狙いは人形ではない。この化身の身だ』
『すぐに降参しろ!』
クエルの叫び声が頭に響く。
『赤毛だけでなく、少しは我が身のことも心配しているのか?』
『ふざけている暇はないんだ。国学総演習では、人形師に対する攻撃行為も許可されているんだぞ!』
それを聞いたセシルが、口元に笑みを浮かべつつ、侍従服を脱ぎ始める。
『マスター、第13班の人形は三体ではない、四体だ』
『何だって!?』
『この化身の身も人形なのを忘れたか? この身で奴らの相手をする。その代わり、サラスバティはお前に任せた』
『ちょっと待て、いきなり二体の人形を繰るなんて無理だ!』
『振り子を思い出すのだ。思考を並行化して、我の本身を無意識で動かせ。それにお前は一人ではない。我に代わって、ラートリーがお前を助けてくれる』
『ラートリー!?』
『お前の潜在意識がつけたサラスバティの真名だ。我はここでお前とラートリーが来るのを待つ』
『セシル!』
セシルはクエルの呼びかけを無視すると、足元にあった自分の背丈の倍以上はある枝を拾った。その先に自分が着ていた侍従服を結びつける。続けて、足元にたまった落ち葉を眺める。
「これなら何とかなるか……。もっとも、多少壊れたところで大した問題ではない」
そうつぶやくと、枝から枝へ飛び移る人形の影へ視線を向けた。そのあどけなさを残す口の端を持ち上げる。
「それでは奴らに、世界樹の実の深遠さを教えてやることにしよう」
ブレンダは枝伝いにモンチーを機動させつつ、木の影から前方をうかがった。ヴィクターの繰るデスストーカーが、森の縁沿いに動いているのが見える。
『あの侍女は我々の想像をはるかに超えて、遠くから人形を繰れるようだ』
作戦会議でのヴィクターの言葉通り、前回の演習では、あれだけ動き回ったモンチーの先々に罠を仕掛けていた。それにあの妙に色っぽい人形は、自分の繰るモンチーと同じく、人形師と一緒に機動するには向かない作りになっている。
「こちらを背後から襲うつもりなら、間違いなくここに潜んでいるはずよね」
そうつぶやくと、相手を追い込むべく、ブレンダはさらに森の縁へ向けて前進した。木の幹の背後からくぼ地になっているところを覗くと、紺色の侍従服が風に揺れているのが見える。
「国学総演習まで、侍従服で出るつもりなの?」
そう呆れつつ、ブレンダは頭を押さえる位置へモンチーを動かした。相手の人形はまだ森の外だ。それにヴィクターのデスストーカーが待っている。人形二体に囲まれた以上、生身の人形師に出来ることは何もない。
「チェックメイトよ!」
ブレンダはくぼ地に向かって声を上げた。だが相手は侍従服の裾を翻しながら、木立の間を逃げていく。
「ちょっと、往生際が悪すぎない!?」
相手を捕捉すべく、モンチーと共に大木の後ろに回った時だ。何かがブレンダの頬に触れる。
「侍従服!?」
木の枝にぶら下げられた紺色の侍従服が、森を吹き抜ける風に揺れている。
パキ!
背後で小枝の折れる音がした。慌てて振り返ると、白い肌着姿の少女が、長い棒を槍のように掲げて、モンチーに向かって駆けてくる。
「マジ!?」
その姿にブレンダは驚いた。人形相手に棒切れ一本で突っ込んでくるだなんて、聞いたことがない。普通なら手を挙げて降参するか、パニックになって泣き叫ぶかのどちらかだ。しかしこちらを見据える暗紫色の瞳には、恐怖の色は全く感じられない。
「聞き分けのない子ね!」
その狂気とでも呼ぶべき姿に、ブレンダは迷うことなくモンチーの腕を振った。たとえ軽量級のモンチーでも、人の身でこれを喰らえば体ごと吹き飛ぶ。
「えっ!」
次の瞬間、ブレンダの口から驚きの声が漏れた。棒を地面に突き立てた少女が、宙を舞っている。その小柄な体はモンチーの上を飛び越えると、背後にいるブレンダに向けて、弾丸のように飛んできた。気づけば、先をとがらせた枝が喉元に突き付けられている。
「ブレンダ助教、チェックメイトです」
泥と落ち葉を張り付かせた少女が、ブレンダを見据える。
「こ、降参よ」
手を挙げたブレンダに対し、セシルは冷めた笑みを浮かべた。だがすぐに木立の間に姿を消す。次の瞬間、森の木々をなぎ倒すようにしながら、デスストーカーの黒光りする体が現れた。
「ブレンダ!」
駆け寄って来ようとするヴィクターへ、ブレンダが手でバッテンをする。
「降参したのか?」
驚くヴィクターにブレンダは頷いた。
「気を付けて。生身で突っ込んでくるわよ」
片手を挙げたヴィクターが、デスストーカーと共に森の奥へと向かう。
「あの子は本当に人なのかしら?」
その後ろ姿を眺めながら、ブレンダは小さくため息をついた。




