作戦会議
「何なの、この成績!」
西日が差し込む放課後の教室に、フリーダの甲高い声が響き渡った。クエルは思わず耳をふさぎたくなったが、そんなことをすれば、フリーダの怒りに油を注ぐことになる。
「まじめにやっているの!?」
「も、もちろんまじめにやっているよ」
「それなら、どうしてこんな成績になるのよ!」
フリーダが前期のクエルの成績が書かれた紙を、クエルの前に突き出した。そこに書かれた結果は、ほぼすべての科目で赤点か、超えていてもギリギリだ。
『なんで勝手に持っていた上に、フリーダに見せたんだ!』
クエルは心の中でセシルに文句を言った。
『赤毛に見せるのが一番効くからだ』
クエルは腹の底で盛大にため息をつく。当のセシルはと言うと、クエルとフリーダのやり取りを心配そうに眺めるフローラの横で、涼し気な顔で座っている。
『一体誰のせいだと思っているんだ!』
夜な夜な存在感はあるくせに、触れられない姿でクエルの寝床に入ってくる人形のせいで、クエルはいつも寝不足だ。人形工学の授業など聞いたら、間違いなく眠くなる。実技の成績も、ボッチだから最低だ。
『我はお前の潜在意識のあるべき姿に忠実なのだ』
『またそれか……』
「フリーダ様、クエル様の成績が悪いのは、侍従たる私にも責任があるように思います」
それを聞いたフリーダが当惑した顔をした。
「どうしてクエルの成績が、セシルちゃんのせいになるの?」
「クエル様が心置きなく授業を受けられるよう、もっと近くでお仕えすべきでした。後期は同じ部屋でクエル様のお世話を――」
「すべてクエルの自覚の無さのせいよ。あり得ません!」
「フリーダさん、クエルさんの成績ですが、今度の国学総演習は前期の成績への加算ですから、まだ取り返せると思います」
「フローラさんの言う通りね。私たち第13班は、他の班に比べて人形の数も少ないから、きちんと作戦を立てて、点数を稼がないと」
それを聞いたフローラが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「私と兄のせいで、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「お兄さんは怪我のせいだし、フローラさんは正式に入学したばかりだから、人形が間に合わないのはしょうがないわよ。だけど、一緒に総演習に参加出来ないのは残念ね」
「本当にそう思います。人形はジークフリード様が手配してくれているので、それほど時間はかからないと思います」
「次の国学総演習では、一緒に他の班をこてんぱんにしてやりましょう!」
フリーダは笑みを浮かべてフローラを励ましたが、すぐに腕組みをして考え込む表情をした。
「だけど、全然情報もないし、どうやったら作戦を考えられるのかしら?」
配布された総演習要綱に書いてあるのは、細かい注意事項を除けば、一昼夜に渡る野戦であることぐらいだ。これだけの情報では作戦の立てようがない。クエルもフリーダと一緒に首をひねった時だ。
「総演習場の地図でしたら、私の方で入手しておきました」
セシルがおもむろに机の上に地図を広げる。そこには普通の地図なんかより、はるかに多くの情報が書き込まれていた。ただの地図ではない、実戦で使われる野戦地図だ。
「これって、どこから持ってきたの!?」
フリーダが呆気に取られた顔でセシルを眺める。
「はい。フリーダ様のご気分が悪くなられた時に、ブレンダ助教が置き忘れたものをお借りしました」
「えっ!」「はあ!?」
クエルとフリーダの口から驚きの声が漏れた。フローラは声を上げることなく、車椅子の上で固まっている。
「勝手に持ってきたのか!?」
「緊急事態でしたので、許可をいただく暇がありませんでした」
慌てふためくクエルに、セシルが涼しい顔で答える。
「それを勝手に持ってきたというんだ!」
「こんなの見たら、ズルにならない?」
フリーダの問いかけに、セシルは首を傾げた。
「どうでしょうか? 他の皆様は卒業生から聞くなりして、すでに知っている情報だと思います」
「確かにそうね……。それに私たちの班は人形が三体しかいないんだから、このぐらいのハンデをもらってもいいわよ」
「流石はフリーダ様、おっしゃる通りです。それに一族でまとまって戦う者たちの方が、よほどにズルをしていると思います」
クエルもとりあえず頷く。フリーダはもちろん、セシルも逆らってはいけない相手だ。
「それじゃ、早速地形を確認しましょう!」
フリーダの掛け声に、クエルもびっちりと情報が書き込まれた地図を眺めた。次の瞬間、思わず目が点になる。
「何これ?」「これってどう見ても……」
「三か所に分かれての陣取り合戦ですよね……」
クエルたちのつぶやきにフローラが答えた。地図の真ん中には急斜面の丘があり、それを囲むように3つの森が点在している。それ以外の場所はほぼ草原と言っていい。地図を見る限り、三か所の森に陣を構えての持久戦以外は考えられない。
「水場も森の中にしかないし、これって、完全に御三家用の演習場じゃない。作戦なんか考えるよりも、どこかの家の仲間になれるように、働きかける方が先という事?」
「そ、そうなりますね」
「そんなのあり得ない!」
「でもフリーダ、3つの森のどれかを確保しないと、どう考えても生き残れないよ」
「それなら他の人たちが確保する前に、私たちで確保すればいい」
「ちょっと待て、僕らには三体しか人形がいないんだぞ」
「それならムーグリィさんたちと、第一班と手を組みましょう」
「それしかないな。ムーグリィたちと一緒なら、誰も攻撃なんてしてこない」
「あの――」
二人で頷きあったクエルとフリーダに、フローラが遠慮がちに手を上げた。
「フローラさんは第一班と組むのは反対?」
「そう言う訳ではないのですが、確か第一班は演習免除だったと思います」
「えっ!」「ええ――!」
フローラの言葉に、フリーダとクエルは互いに顔を見合わせた。
「先ほどクエルさんがおっしゃった通りで、アイリス王女には誰も攻撃をし掛けてこないということで、演習への参加自体がなくなったと聞きました」
「そんなの、ムーグリィさんが受け入れたの?」
「相当揉めたみたいですが、優勝した班と団体戦をさせるということで説得したと、ジークフリード様から聞きました」
「クエル、どうするのよ!」
「どうするって言われても――」
「少しお待ちください」
先ほどから地図を眺めていたセシルが声をあげた。
「こちらの丘ですが、全て崖に囲まれているように見えて、実は上に行く道があるようです」
セシルが地図の一点を指さす。そこには崖の隙間を抜けて、丘の頂上へ向かう小道が書き込まれていた。
「それにこの途中の橋を落としてしまえば、誰も侵入できなくなります」
「帰るときはどうするんだ?」
「クエル、そんなの演習が終わってから考えればいいでしょう。それにセシルちゃんが言っているのは、あくまで最悪の場合よ。頂上に陣取って傾斜路を抑えてしまえば、どんなに相手が多くても大丈夫ね」
「飛行型が来た場合は?」
「要綱では飛行型は一番高い木の上、3ヒロ(5m)までしか飛行を認められていません。頂上を目指してきても、上から要撃可能です。飛行型は人形師が上に乗りますので、一番の弱点と言えます」
フローラが演習要綱を眺めながら、クエルの疑問に答える。
「それに飛行型は制御自体がとても難しく、国学で飛行型を繰れるのは、マクシミリアン様だけです」
何故か目を輝かせながら、フローラが言葉を続けた。
「セシルちゃん、その案は悪くないけど、今回は使えないわね」
「はい、フリーダ様のおっしゃる通りです」
セシルもフリーダに頷き返す。そしてジト目でクエルを眺めた。
「えっ、どうしてダメなの?」
「ここにこもったら、誰も手出しができない。つまり点数も取れないということよ。そうなったら……」
「クエル様は落第し、放校処分ですね」
「そ、そうでした……」
「クエルのおかげで大迷惑。残る手は一つだけ、遊撃戦よ」
フリーダは真剣な目で地図を眺めると、森の間にある起伏のある草原を指でなぞった。
「草原を移動しながら、森にいる連中を誘い出して、互いにつぶし合いをさせる」
「乗ってこなかったら?」
「黙って見ていられないように、『玉無し』ぐらいは叫んでやるわ」
「フリーダ……」
「いずれにせよ、私たちの連携が試されるのは確かね」
「連携って、どうやって練習するんだ?」
ムーグリィは単騎の練習相手としては最強だが、複数の人形同士の連携をとる相手は誰も思いつかない。
「大丈夫、その練習相手は見つけてあるの」
そう告げると、フリーダは夏服では隠しきれない胸を張りつつ、一枚の紙をクエルたちの前に差し出した。




