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呻き

 クエルは人形溜まりから演習場へ向かう道を、セレンを引き連れて歩いていた。だいぶ気温も上がってきて、午後のこの時間になると、歩いているだけでも汗がにじみ出そうになってくる。前にはギガンティスとフリーダ、その横を車椅子に乗るフローラがいて、二人で午後の演習に向けて戦術談義をしていた。


「サンデーの腕の動きはどう考えても規格外よ。あんなのどうやって交せばいいのかしら」


「ギガンティスは直線的な動きでしたらかなり速いですし、防御力も高いですから、交わすよりも、受けてカウンターを返すのは有りだと思います」


 ムーグリィの人形、サンデーに勝つ方法がないか楽し気に話すフリーダとフローラを、クエルはうらやまし気に眺めた。フリーダはムーグリィやヒルダなど、格上の人形師と日々演習で腕を磨いている。セシルも結局はフリーダやムーグリィの相手をさせられているらしく、フリーダの見えないところで、「面倒だ」とよくぼやいていた。


 クエルはと言うと、実質的に演習相手が誰もいない。演習場は三か所あり、人数が少ない女子は全員が同じ演習場を使っている。一方男子は二か所に分かれていて、クエルたち庶民や閥族の中でも末席に近い者たちは、少し離れた場所にある第二演習場を使っていた。そこでクエルは完全なボッチだった。


 庶民ではあるが、最高位の人形師である「導師」の息子で、アイリス王女のお気に入りと思われているクエルは、そこに集う者たちからは得体のしれない存在だ。それにクエル自身も、誰の相手もしたくない理由があった。


「セシルちゃん、今日こそムーグリィさんから一本取りましょう」


 フリーダは少し離れて歩いていたセシルの手を取ると、見えないところでうんざりした顔をするセシルを、引きずるように女子の演習場へと引っ張っていく。


「クエルも頑張ってね!」


 フリーダはクエルの返事を待たずに、演習場へ向かって走り去っていく。その後ろ姿を眺めながら、クエルは小さくため息をついた。最近のフリーダは自分に何か遠慮している気がする。


『もしかして、避けられている?』


 いきなり下着姿で抱き着いたのがよくなかったのかも。クエルは小さくため息をつくと、セレンを引き連れ、一人男子の第二演習場へ向かう道を歩き始めた。ほどなく広大な砂地になっている演習場が見えてくる。


「おい、王女様のお気に入りだぜ!」


 不意に演習場を囲む土手の方から声が上がった。見ると五人ほどの男子生徒が、土手に座り込んでこちらを眺めている。その横には騎士や戦士を模した、いわゆる標準的な人型の人形が雑多に並んでいた。この演習場にいる末席の子弟たちの中でも、特に質が悪い連中だ。


「今日もボッチで自主練とはご苦労なことだ」


 別の一人がそう声を掛ける。


「違うだろう。俺たちみたいな末席の相手なんかしたくないのさ。俺たちも願い下げだけどね」


 気だるげに座る彼らの姿からは、あきらめに近いものを感じさせる。彼らも期待に満ちてここ国学に入ってみたものの、様々な現実に打ちのめされた犠牲者だ。


「だけどこんなさえない奴が、どうしてアイリス王女のお気に入りなんだ? それだけじゃない。()()フリーダ嬢までお気に入りだ」


「なんでも、フリーダ嬢とは幼なじみらしいぞ」


「へぇー、それまた幸運な奴だな」


「それだけかな?」


 男子生徒の一人が首をひねって見せる。


「もしかしてあの赤毛のお嬢さん、見かけと中身は違うのかも……。実は男を飼い慣らして、いじめるのが好きだったりして?」


「まじかよ!」


 そのつぶやきに生徒たちが乗ってきた。全員で卑猥な笑い声をあげる。クエルは通り過ぎようとしていた足を止めた。自分のことはどれだけ馬鹿にされてもいいが、フリーダへの誹謗中傷を聞き流すことはできない。


「ボッチ、なんか文句でもあるのか?」


 足を止めたクエルに、上着を脱いで肩に掛けていた大柄な生徒が声をかけた。


「フリーダはそんな子じゃない」


「ひん剥いて、中身を確かめたってか?」


 上着を振り回しつつ声を上げる。それに合わせて他の者たちも腹を抱えて笑い出した。クエルが彼に向って一歩足を進めた時だ。


「なんだボッチ野郎!」


「トマス、やめとけ。相手をするだけ時間の無駄だ」


 生徒の一人が止めに入ったが、大柄な生徒はそれを無視して立ち上がると、土手に座る者たちの方を振り返った。


「俺がこいつの鼻をへし折ってやる!」


 そう告げるや否や、威嚇のつもりか、モーニングスターを手にした戦士姿の人形をいきなり繰り出してきた。そのあまりにも緩慢な動きに、クエルはセレンを使うまでもなく、身を交わすだけで人形の突進を避ける。


『いや……いや……』


 横を通り過ぎる人形から、すすり泣きみたいな声が心に響く。


『この子も人形もどきなんだ――』


 人形の背中を眺めながら、クエルは心の中でつぶやいた。かつてのサラスバティと同じで、人形師と結合することなく、術で疑似的に結合しているだけの存在……。


 クエルはこの演習場に来る度に、世界樹の実が上げる悲痛な叫びを耳にし続けてきた。それこそが、クエルが誰の相手もしたくないもう一つの理由だった。それを聞くぐらいなら、ボッチで自主練をした方がはるかにましだ。


「こいつ!」


 頭に血が昇ったトマスが、今度は人形が手にするモーニングスターをクエルに向かって振り下ろす。


「おいバカ!」


 誰かが悲鳴のような声を上げた。ばれたら間違いなく一発で退学だ。クエルはセレンの箒をわずかに動かすと、その一撃を軽く弾き飛ばした。さらに動こうとする相手の人形の喉元に、箒の先を突き出して動きを牽制する。


「アンドレ、下がれ!」


 相手の人形は後ろに下がってそれを避けようとしたが、セレンは型そのものの画一的な動きに合わせて、箒の先を相手の喉元に突き付け続けた。その間にも、クエルの心に世界樹の実の上げる悲鳴が響き続ける。


「侍従人形のくせに早い!」


 トマスの焦りの声に、他の生徒たちも人形を繰るべく一斉に立ち上がった時だ。


「彼の相手は私が先ですよ」


 演習場を吹き抜ける風とともに、落ち着いた声が響いた。それはクエルが聞き覚えのある声だった。

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