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昔話

「マリアンヌ様がですか!?」


 フリーダは思わず声を張り上げた。


「マリー、すっごく驚いているよ」


 ミカエラがその様子をマリアンヌに伝える。それを耳にしたマリアンヌは小さく含み笑いを漏らした。


「驚かせてごめんなさい。私はもともとはウルバノ家の人間で、まんまと騙されて、ここ(チェスター)に連れてこられたの」


「同じです!」


 思わず相槌をうったフリーダに、マリアンヌが頷く。


「御三家の中でも、ウルバノとチェスターは昔から犬猿の仲よ。理由は色々とあるらしいけど、ウルバノ家が元々は人形技師の家系で、チェスターが生粋の人形師の家系だからと言われているわ。人形技師と人形師の仲が良くないのは、今も昔も同じみたいね」


「そ、そうですね……」


 アルツ工房の職人たちが、人形師に対して、日々盛大に愚痴っているのは、フリーダもよく知っている。


「それで私をここに連れてきた人は、非公式かつ無礼な招待をしたそうよ。そのまま、ここに居続けることになった」


「どうしてですか!?」


「父が私の行方を知ったのは、連れ去られてからもう数か月がたった後で、その時には私はもう身ごもっていたの。父はチェスター家と交渉して、私を次期当主の正式な花嫁にした」


「それって……」


「そう、私の意志などどこにもない。でも閥族に生まれた女が、自分の意志で結婚を決められないのも事実ね」


「たとえそうだとしても、ひどすぎです!」


「だから私の姉はものすごく怒った。ウルバノ家は有力者との婚姻で勢力を伸ばしてきた家柄で、私の姉は王家に嫁いでいたの。姉は穏便に済ませることにした父に納得せず、自分で王都守護隊を率いてこの屋敷を包囲したわ」


「王都守護隊をですか!?」


「かわいそうに、任官したばかりの姉付きの士官は、後で大目玉を食らったそうよ」


「お姉さんの助けで、家には戻られなかったんですか?」


「逆ね。頼りない私の夫に代わって、私が姉を説得した」


「説得……ですか?」


「ええ。生まれてくる子供に罪はないし、生まれてくる前に、父親をあの世に送るわけにはいかないでしょう」


 そう告げると、マリアンヌは懐かしそうにあざみのティーカップに手を添えた。


「フリーダさん、男どもの戦いは一瞬で決着が着きます。でも私たち女の戦いは違うの。子供の世代、いえ、孫の世代になって、やっと形勢が分かるぐらいかしら。私をかどわかしてきた夫は、その時点では勝者のつもりだったかもしれないけど、今はお墓の中でどう思っているやら……」


 マリアンヌがフリーダへ肩をすくめて見せる。


「今にして思えば、父は私の行方を知っていたのに、知らない振りをしていたのかも」


「自分の娘ですよ、あり得ません!」


「閥族とはそういうものよ。むしろ、チェスター家にくさびを打ち込めるぐらいのことは考えていたと思うわ。それも大きな貸し付きでね」


 呆気にとられるフリーダを前に、マリアンヌはお茶を口にした。


 ギィ――。


 その時だ。不意に扉の開く音が聞こえた。そこからミカエラぐらいの少年が、こちらをじっと覗き込んでいる。


「ソラン、遅すぎ!」


 ミカエラの呼びかけに、袖にフリルのついた道化師みたいな服を着た少年が、不満そうに頬を膨らませた。空色の目が、油明かりの灯をガラス玉みたいに反射している。


「こっちはすごく大変だったんだよ!」


 少年は頭をかきつつ、部屋の中へと入ってきた。そのしぐさにフリーダは驚く。


『クエルそっくり!』


 不満があるけど、それを口にできないときのクエルの態度にそっくりだ。


「それで、何とかなったの?」


 マリアンヌの問いかけに、ソランが胸を張って見せる。


「もちろん何とかなったよ。僕が必死に頼んだからね。でも、とっても強烈なやつを食らったから、しばらくは動けないと思うな」


「その程度で済んで何よりです」


 マリアンヌはほっと息を吐くと、ソランを手招きする。ソランはマリアンヌの元に歩み寄ると、その手をそっと握りしめた。


「ああ!」


 次の瞬間、マリアンヌの口から感嘆の声が漏れた。マリアンヌの白く濁った瞳が、フリーダをじっと見つめる。どうやらミカエラが彼女の耳であるように、ソランがマリアンヌの目らしい。


「なんて懐かしいの……」


 しばらくフリーダを眺めた後に、マリアンヌは小さく言葉を漏らした。そのあまりの感激ぶりに、フリーダの耳の後ろが熱くなってくる。


「母に似ていますでしょうか?」


 フリーダの問いかけに、マリアンヌは深くうなずいた。


「ええ、あなたのお母さん()()よく似ている。普段はとっても優しいけど、怒るととっても怖い人」


「はい。母はとっても優しいですが、怒ったらとっても怖いです」


 フリーダの答えに、マリアンヌは再び含み笑いを漏らした。


「本当に懐かしい。でも夜もだいぶ更けました。いつまでも()()をしている訳にはいきませんね」


 マリアンヌは杖を手にすると、ソランの助けを借りて椅子から立ち上がった。


「フリーダさん、安心して。あなたは()()()違います。あなたの身柄は、私が責任をもって国学に送り届けます」


 そう告げると、マリアンヌは杖の先で居間の奥にある扉を指さす。


「申し訳ないけど、奥の客間で先に休んでいてくれないかしら。私は二人を連れて、馬鹿息子(カルロス)馬鹿ひ孫(フィリップ)に説教をしてきます。ミカエラ、フリーダさんを案内して」


「こっちよ!」


 ミカエラはいきなりフリーダの手を掴むと、奥にある扉へと引っ張っていく。ミカエラが開けた扉の先には客間らしい部屋があった。窓から差し込む月明りがその中を青白く照らしている。そこに置かれたベッドの上に誰かが横たわっているのが見えた。


「クエル、セシルちゃん!」


 フリーダはミカエラの手を振りほどくと、二人の元へ駆け寄った。


「どうしてここに!?」


「ソランが言うには、すぐにあなたを迎えに来たそうよ」


「クエル!」


 フリーダの呼びかけに、クエルは浅い呼吸を繰り返すだけで、何の反応も示さない。慌てるフリーダの肩にマリアンヌがそっと手を添えた。


「大丈夫、人形を繰るのに疲れて寝ているだけ。奥の部屋にもベッドがあるので、フリーダさんもそちらでお休みになって。明日の朝、三人一緒に国学までお送りします」


 マリアンヌの言葉に、フリーダは首を横に振った。


「二人が気づくまで、側にいてもいいでしょうか?」


「もちろんよ。でも無理はしないで」


 マリアンヌはベッドの横で膝まづくフリーダに小さく頷くと、ミカエラの導きで部屋の外へと向かった。だが扉の前で足を止める。


「うちの馬鹿ひ孫も、何が一番大事なのか、そろそろ気づいてもいい頃ね」


 そうつぶやくと、マリアンヌはミカエラと共に、部屋の外へと出て行く。フリーダはそれを見届けると、クエルの頬にそっと手を添えた。


「ありがとう……」


 クエルの唇に己の唇を重ねる。


「お仕置き、お仕置き!」


 月明かりが差し込む窓の向こうから、夜更けを告げるフクロウの鳴き声とともに、ミカエラの楽しげな声が響いていた。

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