第65話 牢獄を抜け出した偽勇者
カーライル達が火山から帰るよりも前、ルインが牢獄を抜け出したところまで遡る。
「偽勇者が逃げ出したぞ! 捕まえろ!」
「いたぞ、あそこだ!」
「くそっ、応援を呼べ!」
「……うるさい蠅共だ」
悠々と城内を歩くルインに対し、兵士達が群がって捕まえようとする。
だが、牢獄を抜け出す時、逃げた兵士が落とした剣を拾ったルインが、それを軽く振るだけで数人がまとめて吹き飛ばされる。
「ついでだ……」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
「ぐわぁぁぁぁ!」
兵士数人を吹き飛ばした剣を、ルインが軽く振り下ろす。
それだけの動作で、剣から発生した剣気は容易く、数人の兵士を切り刻んだ。
「どうなってるんだ! 奴は戦士のはずだ。あんな事ができるわけが無い!」
「もっとだ、もっと応援を呼べ!」
「痛ぇよぉ、痛ぇよぉ……」
ルインが進む先からどんどん兵士が集まって来るが、簡単そうに剣を振るだけで、腕が、足が、そして首が斬り飛ばされて行く。
ルインが通った後には、兵士だった死体が積まれて行くばかりだった。
「……ここか……懐かしいな」
兵士を軽い障害物ともならない様子で悠々と歩いて来たルインは、城の一角、とある場所の入り口で立ち止まる。
懐かしそうに眼を細めたルインは、そのまま扉を開け、中に入って行った。
ルインを捕まえようとしていた兵士達は、無力化させられる有効な手立てが見付からず、かと言って無策で向かっても死体の山を築くだけ……今ではルインの様子を見るだけになっていた。
ルインが入った場所……そこは、ロラント王国の住民のほとんどが、10歳になると一度は訪れる場所。
そこで儀式を行い、職を授けられるかどうか、という選定を受ける場所だった。
「相変わらず殺風景だな……」
儀式に使われていないその場所は、今は誰もおらずがらんとしている。
人が数百人は入るだろう広場だが、飾り気は無く、ただ石で造られた床と壁が広がる空間になっている。
その中を、ゆっくりとした足取りで進むルイン。
その眼は、中央に設置された台座を見ている。
「ここまで来たぞ」
「……よくぞ来た。我の呼びかけに応じる者よ」
ルインが中央の台座に辿り着くと、小さく呼びかけるように呟いた。
その声に応えるように、どこからか声が響く。
その声は、低く重たい……聞いているだけで人間の憎悪が湧き出て来るような……全ての憎しみを内包したかのような声だった。
「さぁ、手を。これでお前は勇者だ……」
「勇者……俺が勇者。……はぁっはっはっは! やはりカーライルは偽物の勇者だったんだな! これで俺が本物の勇者だ!」
喜びを溢れさせたルインは、誰が聞いてるわけでも無いのに台座の前で叫び、手を振り上げる。
「これで俺は勇者だ!」
振り上げた手を、台座の真ん中に置かれている黒く染まった水晶に触れさせた。
「ぐっ!」
その瞬間、水晶から光を飲み込む黒い光が放たれ、ルインを飲み込んだ。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
飲み込まれた黒い光の中からは、ルインの苦しむ声。
しばらく大きな空間に、ルインの叫びが響く。
そしてゆっくりと、黒い光が収まって行く。
黒い光は水晶から離れ、ルインの体の中へ吸収されたように見えた。
静かになったその場所には、台座に乗った透明な水晶と、うずくまっているルインだけだ。
「ふ……ふふ……ふははは……ひゃぁーはっはっはっは!」
うずくまっていたルインは、いきなり狂ったように笑い出し、立ち上がる。
「これで、俺は勇者だぁ! 偽勇者のカーライルなんて目じゃねぇんだ!」
叫びながら、何度か剣を振るルイン。
その剣の先から剣気が迸る。
剣気は台座を壊し、水晶をも壊し、さらには部屋の柱すらも簡単に切り刻む。
その威力は先程までと違い、カーライルの放つ剣気と同等の威力があった。
「ひゃーはっはっは!」
部屋が壊れて行く様子を見て、尚も笑うルイン。
部屋と同様、その姿はもう壊れたようにしか見えなかった。
「これで……我が悲願も果たされる……」
ルインの笑い声に混じって低く重い声が響くが、その声を聞いた者は誰もいなかった。
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