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最終話 女王とともに

「オイ聞いたか、魚屋? ついに出たってよ!」

「おう。もちろんだ、肉屋! 今朝になって出たらしいな!」

「約三年ぶりに……やっと出たか! こりゃ花屋うちから祝いの花を贈るとしよう!」


 フェイレーン王国王都、『花の都』フレグラシア。

 多種多様な人々と花々が生きているその都市は、一つの噂で持ちきりとなっていた。


『花紋王隊』。――すなわち、選ばれし女王直属の部下。


 過酷な女王の試練を突破した猛者が、また新たに一人、王国内に生まれたのだ。


「しかもそいつ、あのフライドポテトの考案者らしいぞ!」

「何!? 今度のは料理の才もあるってのか!?」


 九人連続失敗の歴史に終止符を打った、六人目となる『花紋王隊』の新メンバー。


 フェイレーン王国にとって、それは大きな戦力増強を意味する。

 その事実を正しく理解している国民たちは、早くも喜びの声を上げていた。


 そんな彼らの視線の先にあるのは、王都の中央に立つ巨大な建築物だ。


 我らが愛しき女王が住まう王城――グランガーデン城である。



 ◆



「…………、ごくり」


『女王の庭』の最奥にある王族の墓に、彩王朝顔ロイヤルグローリーが供えられた翌日。

 それを成し遂げた張本人、試練を突破したトオルは再びグランガーデン城に入城していた。


 そして現在、緊張から唾を飲み込んだトオルがいるのは、王の間だ。


 まるで室内庭園のような花と緑が溢れる美しい場所。

 その中央奥にある玉座の前で、トオルは片膝をついて待っていた。


(こりゃまたスゴイ面子の極みだな……。思った以上に大事おおごとだぞこれ)


 宰相に各大臣に教会の大司祭などなど。

 ほかにこの場にいるのは、国の要人たち(立派なヒゲ率高め)ばかりだ。


「「「…………、」」」


 さらに、武官からは近衛隊の隊長&副隊長が。

 そして王都に滞在中の『花紋王隊』の一人、すでにトオルと面識のあるチェルソの姿もある。


 彼らは玉座の下で左右一列に並び、トオルと同じくその人物の登場を待っていた。


 ――カツンカツン。


 ここで玉座の奥の扉が開かれ、足音が王の間に響く。

 と同時。ただでさえ澄みきっていた王の間の空気が、また一段階、清浄なものとなる。


「……顔をあげなさい。私の試練を突破した者よ」


 透き通るような声が玉座から王の間全体へ。

 その女性の美しい声をたしかに聞いて、一拍置いてからトオルは口を開く。


「はっ。失礼致します」


 許しが出たので、トオルはゆっくりと顔を上げる。

 するとそこにいたのは――王族の墓で見た幻とまったく同じ人物だ。


 王家特有の黄金の瞳と碧い髪。

 一人の王または女王からたった一人しか生まれない、選ばれし血を持つ真の意味での一人っ子。


 そんな彼女の格好は、多くの花があしらわれたドレス姿だ。

 さらには国のトップに相応しい、気品溢れる雰囲気も纏っている。


 フェイレーン王国女王、セラフィーナ=フェイレーン。


 王位についてまだ二年の若き女王は、黄金の優しい眼差しをトオルに向けていた。



 ◆



(おおぅ……これが女王様か)


 女王の姿を見た瞬間、思わず気圧されるトオル。


 伯爵などで貴族に慣れているはずでも、この人は別格。

 女王から放たれる神聖な雰囲気だけで、緊張から体が硬くなってしまう。


(このお方が俺の直属の上司……。オッサンじゃない上司がこの世に存在するとは……!)


 大緊張しつつも、トオルはちょっと感動してしまう。

 容姿も雰囲気も特別な女王を見て、不敬ではあるが可愛くてラッキーというのが本音だ。


 と、そんな内心でガッツポーズをするトオルに対して。


 女王は再び口を開き、新たな部下となるトオルに声をかけた――のだが、


「ムフフ! 『花紋王隊』はこれで六人目ね。でも、アタシにとっては最初の一人! 歓迎するわよ、トオル!」

「……え?」

「それに本当に黒髪黒眼なのね! 初めて見たわ!」

「……んん?」


 女王からは一体、どんな重くて威厳ある言葉がかけられるのか?


 そう思っていたトオルは片膝をついたまま、女王の予想外なテンションと声色に……目を見開いてキョトンとする。


「だ、か、ら! 歓迎するわよ、トオル。全体では六人目だけど、アタシにとっては記念すべき最初の部下だわ!」

「……セラフィーナ様。せめてもう少しだけでも我慢できませんでしたか?」


 自らの立場と雰囲気で作った厳粛な空気を、一瞬にしてブチ壊した女王。


 一言で言えば、ただただ女子。

 元気で明るい笑顔を浮かべる十七歳の女王を見て、宰相がそう言ってため息をつく。


「だってモデスト。こういうのって堅苦しすぎるのよ。国民の前ではちゃんとする約束だけど……トオルはアタシの直属の部下になるのよ。もう身内みたいなものだからいいのっ!」


 宰相の言葉に、女王は少しだけ頬を膨らませて答える。


 その言動は女子、というよりも子供だ。

 ただ女王だからか変に絵になるな、と感心するのはトオルである。


(予想と違って年齢通りの子供女王だな。……まあ、暴君ジジイよりはマシか)

「あ! トオルも今、心の中でアタシのことを馬鹿にしたでしょ!?」

「え? い、いや! 決してそんなことはないの極みで……!?」

「嘘つけいっ! 思いっきり顔に書いてあるじゃない。……もう怒ったわよ。なら早速、女王であるアタシのスゴさを見せつけて――『花紋の儀式』を始めるわよ!」


 突然、矛先が自分に向いて焦るトオル。

 そんな玉座の下で冷や汗をかき始めた直属の部下候補に向かって、女王はプンスカと玉座を下りていく。


 ――そして、雰囲気だけは国のトップのそれを取り戻した状態で、


 女王はトオルの前にスン、と立ち、自信満々な表情で笑う。


「トオル。右手を出して」

「はっ」


 女王からの指示に従い、片膝をついたままのトオルは右手を女王の前へ。

 手の甲が上になる形で差し出すと、女王はその手の甲に両手をかざす。


「フェイレーン王国女王、セラフィーナ=フェイレーンは宣言する。今この時、この者をアタ――我が配下として認めると!」


 瞬間、女王の両手とトオルの右手がピカッ! と光った。


 王の間全体を照らすほどの強烈な光だ。

 それが収まって女王が両手を外した時……ある一つの変化が起きていた。


 差し出したトオルの右手。その甲の部分に、タトゥーのような花の紋様が刻まれていたのだ。


「おおおっ!」

「まだよ、トオル。『花紋の儀式』はもう一つ残っているわ。アタシからの花束を受け取るのよ!」


 言って、女王の手に突然、花束が現れる。

 まるで魔法のように現れたそれは、紅白の二色からなる美しい花だ。


世界鬱金香ワールドチューリップ。名前の通り、これは世界中どの国にも咲くお花だけど……。世界が生まれた時から存在するとされる、最も歴史あるお花なのよ!」

「あ、ありがとうございます!」

「ムフフ、よろしい。ちなみに花言葉は『ともに生きる』よ。ちゃんと覚えておくように!」

「はっ。肝に銘じておきます!」


 刻まれた花の紋様に続いて、その花束を受け取るトオル。


 言いかえるなら女王の紋章、すなわち信頼だ。

 これら二つを王の間で女王から受け取った時、トオルは正式に『花紋王隊』の一員となった。


 ――と同時、ギルドで登録した冒険者という立場も離脱。


 それはマルコ、犬猿雉トリオ、ウーゴも同様だ。

 女王直属の部下はトオル一人だけ。だが、この場にはいない五人も冒険者を離脱し、トオルの部下となっている。


 つまり、間接的にマルコたちも女王の部下的な立ち位置となったのだ。


(……女王のために、国のために働く、か。まあ俺、元地方公務員だしな)


 国内の問題をはじめ、特に国外は平和な時代とは程遠い。

 大国同士の争いや意地の張り合いは、剣と魔法のファンタジーでも世の常だ。


「粉骨砕身、頑張ります!」

「ん? 粉骨……何それ、トオル? とにかく一生懸命、頑張るのよ!」


『花紋王隊』となり、その栄誉と重責を担うトオルは再び女王に頭を下げる。

 それを見た女王は腰に両手を当てて、うんうんと満足気に頷いた。


 ――こうして、異世界転移をしてから、約七カ月。

 異世界人で元無名インスタグラマーで、元地方公務員な一人の男は、


 やがて最強に至るパパラッチとして、新たな世界で主君を持ち――後の歴史にその名を残すのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ぇーこれからどんどん面白くなると期待してたのに・・・
[一言] え?終わるの早くね?
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