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第70話 王族の墓

「……こ、これは断言できるぞ。ここは神聖なる空気の極みが流れていると……!」


 日の出から日の出までの、丸一日かけての『女王の庭』の走破。

 その最奥にまでたどり着いたトオルは、脚の疲れが吹っ飛ぶほどに圧倒されていた。


 ――代々の王や女王をはじめとした、フェイレーン王国の王族たちが眠る墓。


 小高い丘になっているそこには、多くの花が咲き誇っている。

 そしてその花々の中央に、立派な大樹が一本、立っていた。


「これが墓標か……。まさに自然と一つになった墓だな」

「はい。ここに王国の王族たちが安らかに眠っておられます。……では、トオルさん」

「心を込めて、花をお供えるのですわ」

「っと、そうだったな」


 つい見入っていたトオルは、双子従者に声をかけられて前へ。


 武器の槍はここで一旦、手放して地面の上に。

 代わりに魔法袋から供える花を取り出して、花と大樹からなる墓が立つ丘を、一本の細い道を通って登っていく。


 ここから先は女王の試練を受ける者しか入れない。

 なので双子従者の方は、静かにすべてが終わるまで丘の下で待つ。


「…………、」


 そうして、アンデッド族だらけの亡都ザパハラールとは対極。

 神聖すぎる澄み渡った空気の中で、トオルは墓の前にたどり着いた。


「……どうぞ。お受け取りください」


 供える花は彩王朝顔ロイヤルグローリー

 光の当たり方で色の見え方が変わる、王国の美しい国花の一つだ。


 それを墓標である大樹の前に供えたトオル。


 ほかにも供えられた彩王朝顔ロイヤルグローリーは五つある。

 これらは『花紋王隊』の先輩たち、つまり何年も前のものであるはずなのに――なぜか枯れずに生き生きと咲いたままだ。


(我が名はトオル。篠山トオルです。カンナ村……いや、異世界からきた転移者です)


 ここでトオルは名を名乗る。

 事前に聞いた習わしに従い、眠る王族たちに心の声で、嘘偽りない自己紹介を行った。


(よし、これで――)


 日の出までに花を供えて、心の声で自分のことを伝えたトオル。

 試練のすべてを無事に終えて、安堵の気持ちで墓標である大樹を見上げた――その直後。


「う、うん?」


 突然、視界に生まれた白い霧。

 それは瞬く間に濃くなっていき、視界が効かないほどの濃霧となって、トオルの全身を包み込み――。


「…………へ?」


 一転して、すぐに視界が利く程度には霧が晴れた時。

 いつの間にかトオルが立っていたのは、花と大樹の王族の墓の前……ではなくて。


 足元と頭上に白い霧が広がる、摩訶不思議な謎の空間だった。



 ◆



「な、何だここ? 急に視界が晴れたと思ったら……」


 目の前に広がるまったく別の景色。

 色とりどりだった自然の場所から、白一色の世界にトオルは立っていた。


 ……急に目の前の景色が変わるのは、これで二度目だ。

 インザーギ領の北の森に異世界転移した時のように、トオルは突然の事態に戸惑ってしまう。


 ――ただ、あの時とは違う点があった。


 転移した時にはなかった、どこか穏やかな空気。

 さらにはこの白一色の世界において――トオルの前には多くの者たちが存在していた。


 いかにも西洋人風な金髪&碧眼……の逆。

 黄金色の瞳に碧い髪色をしている、立派なローブを纏った者たちがいたのだ。


《――守ってくれ》


 そんな彼らはトオルを見ている。

 威厳はあるも穏やかな優しい表情で、そのうちの一人の老人がそう言葉をかけてきた。


《――この国を、この血を。途絶えることのないように守ってくれ》


 声は優しい。だが力強さに溢れている。

 トオルにとっては見たことすらない相手なのに……なぜか不思議と理解できた。


 この語りかけている老人こそ、王国の初代王様なのだと。


 彼の周囲にいる同じ黄金の瞳&碧い髪色の者たちも、代々の王と女王なのだと。


「…………、」


 トオルはなぜか喋れない。

 返答しようにも声が出ないので、ゆっくりと首を縦に振る。


 と、そこでトオルの脳内にイメージのようなものが入り込んできた。


 目の前の白い世界にいる歴代の王や女王とは違う。

 明らかに歳が若い黄金の瞳と碧い髪の女の姿が、トオルの脳内に映し出されたのだ。


 つまりは現女王、セラフィーナ=フェイレーン。

 まだ王位について二年しか経っていない、十七歳と若い女王である。


《――守ってくれ。試練を突破した強き者よ。我々の望みはそれだけだ》


 言って、初代王様たちの姿がゆっくりと消えていく。

 と同時に足元と頭上の白い霧が晴れていき――元の大樹と花の墓へと戻った。


「……なるほど。こういう不思議体験もセットだったのか」


 一人納得したトオルは、日本式に深く頭を下げてから墓をあとにする。


 そして丘を下りて双子従者の元へ。

 花のお供えを終えたことを報告し、地面に置いていた槍をひょい、と拾い上げた。


「無事に終わったようですね、トオルさん」

「まさか本当にあそこから間に合うとは思いませんでしたわ」

「ははは。言われてみるとたしかにです。まあ、急がば回れ的なことでしたね」


 見守っていた双子従者の声に笑顔で返すトオル。

 周囲には花々が咲き誇っているからか、その笑顔はいつにも増して明るい印象だ。


「にしても驚きましたよ。貴重な幻体験もできましたし……いやー、本当に花をお供えできてよかったです」

「……え? 幻体験って何ですか?」


 一人頷くトオルに、キョトンとする双子従者の兄。

 そんな彼の声に気づいていないトオルは、地平線の向こうに現れ始めた太陽を見て、空に向かって大きく伸びをした。


 ――とにもかくにも、これにて今回の女王の試練は終了だ。


 トオルはまだ現時点では『花紋かもん王隊』にはなっていない。

 王城で女王と謁見し、儀式を受けてから正式に認められるのだ。


「というか、さすがに腹が減ったな。……帰ったら山盛りフライドポテトでも食べますか」


 達成感に満たされたトオルは、朝日に向かって盛大に腹の虫を鳴らす。


 こうしてまた一人、女王直属の部下となる者が誕生。


 その名は篠山トオル。職業はパパラッチ。


 過酷な試練を突破した、選ばれし黒髪黒眼の異世界人である。

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