第68話 月の力
「「「「…………へ?」」」」
空を覆うぶ厚い雨雲から、激しい雨粒が落ちてくる中。
月神様ことムーンヤオフーの脅威に晒されているハック族は――見間違いかと力の抜けたような声を上げた。
その視線の先には、ムーンヤオフーと一人で戦う黒髪黒眼の男の姿が。
彼らからすれば突然、転移して現れたトオル。
そんなトオルは村を襲撃したムーンヤオフーと戦闘を始め、ハック族の大人たちの制止の声も聞かずに、槍で戦い続けていたのだが……。
「今のはまさか……月の力!?」
そう叫んだのは、ハック族の族長のパーシヴァルだ。
自分たちが神と崇める存在に対して、刃を向けるトオルを止めるために。
ずぶ濡れ&必死の形相で、湖の対岸を目指して走っていた途中で――見た。
トオルが突き出す十文字の槍、その穂先が光った瞬間を。
ムーンヤオフーの『三日月爪』と同じく、神々しい光を放ったその槍と爪が激突する攻防を。
「本当に助かったの極み! 危うく貫通効果で一方的にやられて……魔獣もいけるんかい、パパラッチ!」
一人、叫ぶトオルの動きはとてつもなく速い。
急上昇した敏捷に加えて、移動系スキルでもムーンヤオフーの高速の爪を回避する。
【名前】 トオル
【種族】 人間
【年齢】 二十五歳
【職業】 パパラッチ
【レベル】 38
【HP】 926/926
【MP】 698/927
【攻撃力】 1052
【防御力】 816
【知力】 1020
【敏捷】 1287
【スキル】
『モンスターパパラッチ』
『パパラッチギフト』
『月界滅光』
『三日月爪』
『瞬動』
『月下HP・MP中回復』
……運はトオルに味方していた。
魔物ではなく魔獣であり、ステータスの総合値がこれまでで最も離れていても、コピーできる対象だったのだ。
そんなトオルの戦闘に見入るハック族。
トオルの動きが変わって月の力を見せた瞬間から、いつの間にか制止の声は止んでいた。
――さらには、
「『月界滅光』!」
突き出した右手から放たれたのは、一本の光の筋。
ムーンヤオフーの代名詞でもある美しくも強力なスキルが、トオルから本来の使い手の巨体へと伸びた。
『クォオーーン!』
その光速の一撃をムーンヤオフーがギリギリで避ける。
初めてスキル『瞬動』を使った緊急回避だ。
狐な顔に驚きの色を乗せて、ステータスも雰囲気も変化したトオルとの距離をあけた。
(じ、浄化の月光まで!? 彼は一体、何なんだ!?)
ハック族の呼び名でいう浄化の月光(『月界滅光』)。
今度はそれを豪雨の中でもたしかに確認して、族長は驚きのあまり転倒しそうになる。
……ただのいつもの女王の試練を受けし者だと思っていた。
それがハック族が神と崇める魔獣と同じく、まさかの月の力を持っていたとは……。
「ぬおおおう!」
そんな族長およびハック族が、度肝を抜かれていることなど露知らず。
制止の声もなくなり、邪魔するものはなくなったトオルは一人、戦い続ける。
基本の『三日月爪』は攻撃力依存で。
大技の『月界滅光』は知力依存で。
珍しい二刀流の攻撃をもって、強力かつ俊敏なムーンヤオフーに対抗していく。
「――ちょい、回復の妹従者! 『狂獣の呪い』って……! 『回復魔法』で治せるか!?」
「え!?」
と、ここで。
急にトオルから声をかけられたのは、双子従者のうちの一人だ。
ハック族と同じくトオルの戦闘を見ていた双子従者の妹。
ケガをした者の回復を行っていた彼女は、回避しながらのトオルのその声を受けて、
「の、呪い!? それは私の『回復魔法』では……さすがに守備範囲外ですわ!」
「ッ、そうか分かった! なら仕方ない!」
この状況において、かけられた呪いを解く術はなし。
であるならば、残された選択肢は一つだけだ。
「倒させてもらうぞ! 文句は言わせないからな!」
周囲のハック族に叫び、トオルとムーンヤオフーの高速の雨中決戦が続く。
対して、やっと対岸の戦場にたどり着いた族長も、ほかのハック族の大人たちも、
月の力を行使するトオルに、文句を言うことも止めることもしなかった。
「月神様以外に……もう一人、月に選ばれし存在がいたというのか?」
再び『月界滅光』を放ったトオルを見て、ぽつりぽつりと呟く族長。
――月とともに生き、月とともに死ぬ。それこそがハック族である。
彼らが成人の時に必ず開ける両耳のピアスも、そのすべてが三日月型だ。
『クォオオーーーッ!』
トオルの月の一撃を受けて、神と崇めるムーンヤオフーが悲鳴を上げる。
二つの瞳は血のように真っ赤に染まり、全身の毛は異様に逆立ったままだ。
今は怒りと暴力に完全に支配されていようとも……彼らの神と崇める心に変わりはない。
その対象が苦しんでいる。白い体毛は血の赤に染まっている。
にもかかわらず族長たちハック族は――やはりトオルを止められない。
なぜなら、トオルもまた月の力を持つ選ばれし者だったから。
「「「「「…………、」」」」」
ハック族が最も崇める存在は、厳密にいえば月そのものだ。
大陸よりも広大な海の形さえ変える月の力。
その月の神々しい輝きと力を持つ者は、世界広しといえどムーンヤオフーのみ。
数多くの魔物や魔獣、職業を持つ人間がいても、唯一無二の月に選ばれし存在である。
(女王に選ばれる前に、まさか月に選ばれていたとは……!)
だからこそ、族長はじめハック族の大人たちは見入ってしまう。
子供たちが転移で村から離れていく中で、激しい雨に打たれたまま、その場に留まって戦いを見届けている。
「たとえ魔獣でも! 人間を襲うなら魔物と同じだろ!」
『クォオオオーーーン!』
月の力と月の力が幾度となくぶつかり合う。
その度に照らされるハック族の村。
日没と雨雲のせいで暗くなっていても、二つの月明かりは湖面にもハッキリと映し出されている。
――そうして、本当の月の姿は完全に隠れたまま。
両者とも『月下HP・MP中回復』の出番もなく、HPの削り合いが続いていき――。
「悪く思うなよ、月の狐!」
パパラッチ分の敏捷と『回避の腕輪』で、速度に上回ったトオルが叫ぶ。
ダメージで動きが鈍ったムーンヤオフーの背後を取ると、月の輝きを放つ槍の刺突を繰り出した。
そして、ドシュッ、と。
振り向いたムーンヤオフーの頭蓋を貫き――異世界で初めて魔獣を討伐したのだった。
これまでに登場した魔物の強さの並びです。
ムーンヤオフー
メガロジョー
リッチ
グリムリーパー
グランドドラゴン
オーガ、クラーケン、ロックビートル
シーサーペント、メタルガーゴイル
異名持ちマンティス、デュラハン
異名持ちオーク、ミノタウロス
ケーブナーガ、マーダーコカトリス
ジャイアントスパイダー、ブラッドベア、マミー
オーク、トレント
レイス
ギャングウルフ
ワイルドボア、キラーラビット
グール
ゴブリン、コボルド、スケルトン




