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第67話 月神様

「揃いも揃って……! この期に及んで何を言っているんだよ!」


 族長はじめ、抗う意思の見えないハック族の大人たち。

 ただ祈り、中には「これが運命なら」と抜かした彼らに、トオルは怒りの大声を上げた。


 直後、メガロジョー級のステータスのままに。

 掴んできていた族長たちの腕を、力ずくで強引に振りほどくトオル。


「――おっかあ! おっかあ!」


 破壊と殺戮が行われている湖の反対側から、子供の泣き叫ぶ声が響く。


 大人たちはムーンヤオフーを止めようとはしている。

 ……だがやはり武器は持っていない。ただ鎮まってくださいと、丸腰状態で無力に言うだけだ。


「ッ――転移の兄従者! お前の出番だ!」

「え?」

「俺を向こう側に飛ばせ! 湖に沿って走っている場合じゃない!」


 と、ここでトオルが双子従者の兄に指示を出した。


『転移魔法』の使い手である、女王の試練の従者の一人。

 事前に受けた説明から、トオルは彼の能力を把握している。


 だからすぐに自分を転移させろと、トオルは指示を出したのが――。


「だ、ダメだ! 向こうにはいかせないぞ!」

「アンタは月神様を傷つけるつもりか!?」

「魔物ではないのだ! それは許される行為ではないぞ!」


 指示通りに双子従者の兄が動こうとした寸前、それを止める族長たち。


 必死で掴んだのはトオルではなく双子従者の兄の方だ。

 スキルを発動させまいと、大人四人がかりで動きを止めている。


「……!」


 それ見た瞬間。槍を手にして戦闘に入る準備万端だったトオルは――ついにブチ切れた。


「お前ら! いい加減にしろ! この状況で何も見えていないのかよ!?」


 すぐ近くにも恐怖で震えている子供たちがいる。

 村までトオルを案内してくれたヘンリーもそうだ。

 荒れ狂うムーンヤオフーの姿を見て、ずぶ濡れになって怯えている。


 ――月神様には刃を向けられない。崇拝の対象に抗うことなどしてはいけない。


「そんなもん全部! 大人たちの勝手な考えだろう!」


 叫ぶと同時、トオルは動いていた。


 族長やケガをしている大人の男衆を、またステータスの高さのままに引き剥がす。

 上級職の者もパワーで圧倒して、転移担当の双子従者の兄を力ずくで自由にさせた。


「何をする!? 女王の試練を受けし者よ!」

「うるさい! もう死人も出ているのにお前らは……! 大切な仲間や家族は失ってからじゃ遅いんだよ!」


 また叫び、槍の穂先を向けて族長たちを牽制するトオル。


 その脳裏に浮かぶのはカンナ村の人たちの顔だ。

 ハック族とは初対面で、彼らの文化や生活を正確には理解していないとしても、


 自分が間違っているとは思わない。

 もう完全にハック族とは敵対的な感じになってしまったが……気にせずトオルはまた指示を出す。


「兄従者、俺を向こうに飛ばせ! んで、戦っている間に子供を全員、村から避難させろ! 回復の妹従者はケガ人の手当てを!」

「あ、ああ!」

「了解ですわ……!」


 もはや互いに干渉しない、などとは言っていられない。

 一刻一秒を争う緊急事態を前に、トオルに続いて決断した双子従者も動く。


「『空間転移』ッ!」


 激しい暴力と雨がハック族の村を襲う中――トオルを湖の対岸へと転移させたのだった。



 ◆



「……よお。だいぶお怒りの極みじゃないか、白狐しろぎつね!」


『転移魔法』によって、トオルは一瞬にして五十メートル先に飛んだ。

 そうして湖の反対側に立ったトオルは、目の前にいる大きな白い三尾狐を睨む。



【名前】 ムーンヤオフー

【種族】 魔獣族

【状態異常】 狂獣きょうじゅうの呪い


【HP】 814/814

【MP】 865/865

【攻撃力】 968

【防御力】 740

【知力】 973

【敏捷】 1211


【スキル】

月界滅光げっかいめっこう

『三日月(そう)

『瞬動』

『月下HP・MP中回復』



「……ビンゴ、か」


 ステータスを確認した瞬間、理解したトオル。

 高い敏捷やバランスのいいステータス、固有スキルも四つあるが……注目すべき点はそこではない。


【状態異常】――『狂獣の呪い』。


 本来はないステータスの欄だ。

 今まであるとすれば、異名持ちの【異名】の欄だけだった。


 このわざわざ表示されている【状態異常】は、どう考えてもおかしすぎる。


(『狂獣の呪い』……。名前からしてもこれが絶対に原因だろ!)


 トオルは知らないが、ムーンヤオフーの瞳は本来、美しい琥珀色だ。


 嫌に赤すぎる現在の瞳の色から見ても、また異様に逆立った全身の毛を見ても、

 やはり通常と比べれば、明らかにおかしな状態となっていた。


 ……これでもう確定だろう。

『女王の庭』の前半で見た白装束の何者かが、何かよからぬことをして、魔獣に呪いをかけたのだと。


『クォオオーーーン!』

(くッ、さすがに速いな……!)


 転移して現れたトオルに気づき、狂獣化したムーンヤオフーが鋭利な右爪を振るう。


 瞬時に一歩、距離を詰めての一撃だ。

 スキル『三日月爪』により美しく輝いた爪が、真正面に位置するトオルを襲った。


「ぐぬぅ!」


 高い敏捷からのその攻撃は凄まじく速い。

『回避の腕輪』を装備していても、基本の敏捷が低いトオルは回避できずに槍で受ける。


 ――メガロジョーのステータス(総合値)との差は700以上。

 だいぶ格上ではあるが、高い防御力に支えられてトオルに大したダメージはない。


「『牙鰐挟撃ががくきょうげき』!」


 間髪入れず、トオルがカウンターでスキルを発動した。

 虚空に現れた真っ赤な鰐の大顎が、ムーンヤオフーの白い巨体を狙うも――結果は不発。


 倍以上もある敏捷の差から、一切の当たる気配もなく、くうを噛み砕くだけに終わる。


(……うおお、こりゃキツイな。笑っちゃうくらい当たりそうにないぞ)


 とはいえ、そこまでトオルに焦りはない。

 こっちの攻撃を当てるのに苦労しそうでも、逆にあっちの速い攻撃もほとんど効いていない。


 トオルのHPは1300超えで、防御力は約1200。

 おまけに固有スキルの『魔法半減』もあるため、魔法攻撃には滅法強い。


 また攻撃面の威力についても心配なし。

 1100超えの攻撃力と『全攻撃スタン』があれば、耐久力は低めのムーンヤオフーは攻略できる。


「つまり! 全部削られ切る前に、俺が一撃入れればいいだけの話!」


 ――と、そう思っていたのだが、


『クォオオーーン!』

「ぐはッ!?」


 刹那、トオルを襲った眩いばかりの一本の光。

 ムーンヤオフーの口から放たれたそれは、光の速度で反応できないトオルに直撃する。


 そして、大きなダメージをトオルの体に残した。

 高い防御力も『魔法半減』も、なぜか仕事をしなかったのだ。


(ちょ、ちょっと待て! どうなっているんだよ!?)


 当然、大ダメージを受けたトオルは大混乱である。


 今の一撃がスキル『月界滅光』なのは分かる。

 ただ、それが攻撃力あるいは知力依存にしろ、物理攻撃あるいは魔法攻撃にしろ、


 耐久自慢なメガロジョー級のトオルが、ここまでの大きなダメージを受けるはずがない。


「まさか……貫通効果か? だったら相性最悪の極みだぞ、俺!?」


 混乱はしても、すぐに頭をフル回転させて考えるトオル。

 もし『月界滅光』のスキルが、ゲームでもある貫通効果を持っているのならば、


 今の受けたダメージや感覚的にも納得がいく。

 防御力と『魔法半減』があったとしても、結局、どちらも『月界滅光』の前には意味がない。


 ……相変わらずハック族の大人たちはトオルに止まれと叫んでいる。

 ……激しさを増す雨もトオルの心を挫くように降り続けている。


「ああ、もう! 仕方ないな!」


 こうなれば予定変更だ。


 だが、それは戦闘を中断するという意味ではない。

 狂獣化した魔獣を前に、ハック族を見放すという選択肢はないのだ。


 自慢の耐久力で守って耐えての時間稼ぎ。

 双子従者の兄が『転移魔法』でハック族を逃がすまで、最低でも子供が退避する時間を稼ぐ予定だったのを――。


「お前が月の力でくるのなら! 俺も同じ力で対抗してやるよ!」


 そう叫んだ数秒後――トオルの全身が満月のように光り輝いた。

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