第64話 女王の試練
「いざ尋常に! 勝負しようか『女王の庭』!」
地平線から太陽がのぞいた瞬間、トオルは走り出した。
直前に双子従者から渡された大切な花を、最奥で待つ王族の墓に供えるために。
――その制限時間は二十四時間。明日の日が昇るまでだ。
(まあ、記念受験とはいってもだ。やるならやっぱり突破したいぞ!)
小走り程度の速度で『女王の庭』を走るトオル。
前半も前半なここは草の一つも生えていない、荒野みたいな環境となっている。
その後ろに続くのは、『回復魔法』と『転移魔法』の使い手である双子従者だ。
きっちり三十メートルの距離を保ち、もしもの緊急事態に備えて追っていく。
『コゲェエエエ!』
「ふむ。最初の相手はお前か!」
まずトオルの行く手を阻んだのは、マーダーコカトリスだ。
筋肉隆々で攻撃力と敏捷が高く、爪には猛毒も有する殺人鶏。
北の森でいうケーブナーガ級で、それでも『女王の庭』では最弱クラスの魔物である。
「ふんッ!」
対して、トオルは走る勢いのままミスリル合金の十文字槍を一突き。
1100超えの攻撃力で、一撃のもとにマーダーコカトリスを討伐した。
「(強いですね)」
「(強いですわ)」
それを見て、小声で一言、感想を言い合う双子従者。
サポートのために事前に確認していたステータス通り、圧倒的な攻撃力だ。
(敏捷が低い点は心配ではありますが……。なるほど、これなら大抵の魔物が相手でもビクともしなさそうですね)
そんな双子(兄)の従者による評価など知る由もなく。
トオルは小走りの速度を維持したまま、今は荒野な『女王の庭』を進む。
(先は長い。だから雑魚でも戦闘は極力、避けたいぞ)
一体一体だけなら問題はない。
女王の試練が過酷と呼ばれているのは、長時間におよぶ移動と、度重なる魔物との戦闘が続くからだ。
試練を受けるに値する実力者であっても、所詮は人間。
後先考えずに一直線に進み、邪魔者すべてをなぎ倒せば――待っているのは失敗である。
――――――…………。
そうして、時に迂回したり、時に岩陰に身を潜めてやり過ごしたりと。
日の出とともに始まった試練が、二時間近く経過しようとする頃。
「ここは……戦闘を避けるのは無理な話の極みだな」
最初の荒野地帯から次のエリアへ。
とはいえ、環境的には似たようなものだ。
まだ草木が生えていない現在地は、左右を急傾斜の岩壁に挟まれた、峡谷みたいな場所だった。
「完全なる一本道だぞ。これが二キロ近く続くのか……」
進みやすそうで進みにくい、小さな峡谷エリア。
トオルはバシバシと頬を叩いてから、覚悟を決めて足を踏み入れる。
――すると案の定、一直線に進んでいたら……やはりいた。
全身が硬い岩でできた、大熊サイズのロックビートルが二体。
まるで通せん坊でもするかのように、狭い道に居座っていたのだ。
◆
「邪魔は邪魔だけど……ちょうどいいな」
トオルはニヤリと笑う。
昆虫系の魔物二体に接近して、そのステータスを詳細に確認してから。
【名前】 ロックビートル
【種族】 ビートル族
【HP】 489/489
【MP】 515/515
【攻撃力】 312
【防御力】 543
【知力】 564
【敏捷】 410
【スキル】
『土魔法』
『HP・MP変換』
見た目は完全に物理でも、意外にも魔法タイプの魔物だ。
ただそこは体が頑丈な岩でできているため、高い防御力で決して打たれ弱くはない。
「何より、シーサーペントの一つ格上っぽいのが、二体いるとはありがたい!」
早速、狙いを定めたトオルは一体目を撮影する。
パシャパシャパシャ! と『村人フィルム』で撮影すると――まずフィリッポを選択した。
(……距離は問題ないのか。姿が見えていなくても、上書き保存できる対象ならオーケーって判定みたいだな)
もうだいぶ王都のマルコたちとは離れていても、上書き保存が可能。
天の声の問いかけを受けたトオルは、さらに続けてガスパロにも、もう一体のロックビートルをコピーさせた。
「よし。これで多分、大丈夫だな。――んじゃ、邪魔だし倒させてもらうぞ!」
トオルは手に持つ槍をぐるん、と回す。
後ろにいる双子従者は、なぜすぐに戦わないのか分かっていなかったが……とにかくやっと戦闘が開始。
犬猿雉トリオを仲よく同程度の強さにしたトオルは、心おきなくロックビートルの討伐当たる。
◆
「ふおぉおおお!?」
「ぬぁああああ!?」
――一方、その頃。
宿の一階の食堂で朝食を取ろうとしたフィリッポとガスパロは、豆スープを口に運ぶ途中で時間差で叫んでいた。
理由は当然、急に自分の体が光り、力が漲ってきたからだ。
すなわち、トオルの『モンスターパパラッチ』&『パパラッチギフト』によって、コピーされた新たな魔物の力が入ってきていた。
「お、驚いたのであります。この距離でもコピーが可能でありますか……」
「まあ、我らがトオル隊長の力なら……いやそれでもビックリでしゅね」
「名前は全然、強そうじゃねえのに……。パパラッチに限界はないんだし?」
そんな叫んだ二人を見て、マルコもドゥッチョもウーゴも驚きの声を上げる。
……まさかここでコピーしてくるとは予想外だ。
マルコたちは驚きはしたものの、とりあえずコピーできる余裕があると分かり、ちょっと安心する。
とにもかくにも、受け取ったのだから確認を。
温かくて美味しそうな朝食は一時中断だ。
フィリッポとガスパロは自分のステータスを確認して、マルコに報告したところ、
「なるほど、であります。そのステータスとスキル編成を見るに、撮影対象はロックビートルのようでありますね」
今や魔物の知識は相当、頭に叩き込まれているマルコ。
下級職の剣士であって村人ではない。
だからパパラッチの恩恵は受けられず、戦力的には一人大きく劣るからこそ、こういう部分で努力を重ねていた。
「ロックビートルはクラーケンと同等の強さの魔物であります。これで三人はまた並んだのでありますよ」
「むむぅ。早くもでしゅか」
「やったッス! オイラたちに優劣がつくのはダメッスよ、ドゥッチョ!」
「だぜ。これこそトオル隊の『三獣刃』のあるべき形だ!」
「……まあ、何だし。あとから入った後輩から言わせてもらうと、仲よくやってくれればいいし」
ちょっと残念そうなドゥッチョと、嬉しそうなフィリッポとガスパロ。
――こうして、試練中のトオルによって、トオル隊はさらに強化されたのだった。




