第63話 試練の前に
「んじゃ、本番の前に。しっかり準備するとしますか」
明日の日の出とともに始まる女王の試練。
最上級職であっても過酷で厳しいとされるその試練の前に、一度、宿へと戻ったトオルは仲間たちと王都を歩いていた。
これまでの伯爵領の領都と比べても、巨大で発展している王都フレグラシア。
その活気溢れすぎる街を歩き、トオルたちがやってきたのは――武器防具屋だ。
「らっしゃい。ウチは王都一いいもんが揃ってるよ!」
威勢のいい店主の声を受けて入店するトオルたち。
なぜ武器防具屋を訪れたのかといえば、当然、武器と防具を買い換えるためである。
現在は槍も防具(胸当て、籠手、脚甲)もすべて魔鉄製だ。
装備としては充分なレベルにはある。だが女王の試練の舞台となる『女王の庭』は、強力な魔物が多いと聞く。
「備えあれば憂いなし。まあ、魔鉄もかなり頑丈ではあるけど……」
「今回はより強力な装備がほしいところでありますね」
「最弱でもケーブナーガ級って……試練の場はトンデモねえ場所だし」
トオルの呟きに、マルコとウーゴが続けて言う。
犬猿雉トリオは各々が好き勝手に剣を見ている中、トオルはまず一本の槍を手に取った。
穂先の形状は十文字。材質はミスリル合金製だ。
長さは約二メートルのその槍に即決すると、次に防具が陳列されている場所に移る。
そこで手に取ったのもミスリル合金製だ。
物理的にも魔法的にも、魔鉄よりも強くて上等な魔法金属。
そのミスリルが含まれたものを、命を守る防具として選ぶ。
「うん、これなら予算的にも大丈夫だな。さすがにミスリル百%のは無理だけど」
現在の所持金は約四千万ゼニー。
トオルの四つの装備すべてをミスリル合金製に買い替えても、
槍が三百万で、胸当てが四百五十万。
籠手と脚甲がそれぞれ二百万づつと、合計一千百五十万ゼニーと手が届く額である。
「これが試練に挑む者の平均的な装備でありますか」
「なのに九人連続で失敗中って……。女王様の試練ってのはやっぱり恐ろしいし」
「まあ、とにかく油断はせずに頑張ってみますよ」
このミスリル合金製の装備一式に加えて、トオルは魔道具を二つ装備する予定だ。
マルコに渡していた『回避の腕輪』と、アドルナート伯爵からの褒美の『幽魔の指輪』。
回避速度を上げて消費MPは下げて、少しでも強化を図るつもりである。
「――もしや若者よ。それだけ揃えるということは……女王の試練に挑むのか?」
「……ん?」
――と、トオルが装備を購入すべく、カウンターに行こうとした時だった。
突然、隣から話しかけてきた一人の老人。
ついさっきまで店内にはトオルたちと店主しかいなかった。
また誰かが入店した音も気配も一切なし。
にもかかわらず、いつの間にかいた白髪で白ローブを纏った猫背な老人は、興味津津にトオルにそう聞いてきた。
「あ、はい。そうです。よく分かりましたね?」
「ほっほっほ。何、老いぼれのカンというやつさ」
老人は笑い、そうかそうかと頷く。
虚を突かれる形となったトオルが戸惑う中で、その老人は優しい口調でさらに話しかける。
「ならば頑張りなさい。試練は誰でも受けられるものではないのだ。……もし失敗しようとも、スタート地点に立てただけで儲けものさ」
「そ、そうですね。できる限り頑張ろうと思います」
「ほっほっほ。若者よ、せっかくの機会だから全力で楽しんできなさい」
老人はにこやかに笑う。
さらに、優しい眼差しでトオルを見ると、
「あそこには部族もおる。本当に楽しく、特別な場所であるぞ」
「え? ぶ、部族ですか?」
「そうだ。けれど心配は無用。別に敵対的な存在ではないからな」
白髪の老人はトオルに語る。
『女王の庭』には、遥か昔から部族が住みついていると。
その部族も王国も、互いにずっと干渉せずにやってきた。
部族側は試練のことは知っており、かつ王家には忠誠を誓ってはいる。
だからいわゆる蛮族とは違う。
試練の最中に部外者だと襲ってくることは絶対にない。
「……なるほど、勉強になります。でも何であなたはそんなに詳しい――あれ?」
と、トオルが感謝のあとに疑問を口にしたら。
隣にいたはずの老人の姿は、いつの間にか消えていたのだ。
「あれ? いやおじいさん……どこにいったの極みだよ?」
「ん? どうしたのですか、トオル殿」
「何をブツブツ言ってるんだし? トオル隊長」
困惑するトオルに、マルコとウーゴが声をかける。
対して、トオルは白髪で白ローブの老人のことを話すが……二人は誰も見ていない。
しかも、すぐ近くにいたトオルの話し声さえ聞こえていなかった。
(……おかしいな。一体、どうなっているんだ?)
いきなり現れて、いきなり消えた謎の老人。
なぜか『女王の庭』についても知っていて、どう考えても普通の老人とは思えないが……。
「ま、まあいいか。とにかく装備を買うとしよう」
――こうして、ちょっと不思議な体験をしたあと。
トオルはミスリル合金製の装備を揃えて、明日の本番に備えるのだった。
◆
賑やかな王都の人々や花々がまだ寝静まっている頃。
早起きしたマルコとウーゴ(犬猿雉トリオは起きれなかった)に見送られながら、トオルは迎えの馬車に乗って王都を発った。
向かうは西にある『女王の庭』だ。
王都を囲む巨大花畑の中を進み、さらに巨大な異世界エアーズロック、超巨大一枚岩へと向かう。
そして、三十分ほどで現場に到着。
軽く数百段はある長い階段の前に、準備万端のトオルは降り立った。
「……では、参りましょうか」
「この階段を登ってから、日の出とともに女王様の試練は開始ですわ」
同じ馬車に乗っていた女王の試練の従者二人が、まだ暗くてよく見えない上を指差す。
黄色いマントを纏った男一人と女一人。
同じ赤茶色の髪で顔も似ており、ここまでの道中で二人は双子だと判明している。
そんな回復担当(女)と転移担当(男)の従者二人を引き連れて、トオルは階段を登っていく。
「ちなみにトオルさん。『女王の庭』には昔から部族が住んでおります」
「ただ敵ではありませんので心配は無用ですわ。我らが女王様にも忠誠は誓っておりますので」
階段を登りながら、あうんの呼吸で説明をする双子従者。
その情報は昨日の武器防具屋、謎の白い老人の言っていたことと同じだった。
「みたいですね。試練にも干渉せずにスルーしてくれるなら問題ないです」
「「え?」」
そうトオルが言った瞬間、双子従者が顔を見合せてキョトンとする。
……なぜ、トオルはもう知っているのか?
部族の存在はどこにも漏れないようになっている。
彼らの生活を脅かさないためにも、試練直前に初めて伝える慣例なのだが……。
「あ、昨日、聞いたんですよ。神出鬼没の極みみたいなおじいさんに」
「お、おじいさん……ですか?」
「い、一体、どこの誰なのかしら?」
トオルの言葉にさらに混乱する双子従者。
……とはいえ、今はもう試練に集中だ。
女王の試練を受けるトオル本人は当り前。最悪の事態に備えてつく従者側もまた、常に集中しなければならない。
三人とも高いステータスから階段をスイスイと登り――もうすでに残り三分の一も過ぎている。
――ここで試練の前に、トオルの現在のステータスについて触れておく。
超大型の魔物のメガロジョー級となった、槍を武器にするトオルの力は、
【名前】 トオル
【種族】 人間
【年齢】 二十五歳
【職業】 パパラッチ
【レベル】 37
【HP】 1332/1332
【MP】 712/712
【攻撃力】 1136
【防御力】 1170
【知力】 436
【敏捷】 477
【スキル】
『モンスターパパラッチ』
『パパラッチギフト』
『牙鰐挟撃』
『魔法半減』
『全攻撃スタン』
ほかの最上級職で言うなら守護戦士。
この高攻撃で高耐久なステータスをもって、トオルは女王の試練に挑む。




