第62話 花紋王隊
「か、『花紋王隊』の方だったんですか……!」
「そうだよ。まあでも、僕のことはいいんだ。それより君がここにいるということは、やはり試練を受けに来たんだね」
王城の中庭を囲む回廊で、トオルは予期せぬ人物と遭遇した。
『花紋王隊』の一人、チェルソ=ベルナルディーニ。三十二歳。
この銀髪の優しそうな男は、精鋭中の精鋭である女王直属の部下の一人だ。
――つまり、今のトオルが目指すべき存在である。
王城内ゆえに武器は携帯していない。
白地に青と金の刺繍が施された服の上から、上等そうな金属の軽鎧を纏うだけ。
だが、醸し出ている雰囲気は……メガロジョー級のトオルさえも圧倒していた。
そんなチェルソが女王から送られた花は、夢幻薫衣草。
過酷な試練を突破した者は、女王から稀少な花を一つ送られる風習があるのだ。
「はい。これから受ける予定です」
「そうか。ならぜひ頑張ってほしい。女王様の試練は厳しいものだけど、力と諦めない心さえあれば、必ず扉をこじ開けられるはずだよ」
トオルの言葉に、にこやかな笑みを浮かべて頷くチェルソ。
そして背中をポン、と叩くと、チェルソは回廊部分から王城の建物内へと入っていく。
(……めちゃくちゃ強そうだったな。あれが最上級職でもトップクラスの人なのか)
と、チェルソの背中を見送りながら。
強くなった実感はあるも、自分はまだまだなのだと痛感するトオル。
一方、先輩として声をかけたチェルソの方はというと、
「うん。今回の子は……いずれ会えそうだね」
トオルやクレメンテから離れたところで、一人満足気に笑う。
現在、『花紋王隊』の人数はわずか五名。
女王の試練は九人連続で失敗中であり、新顔はもう二年以上も入ってきていない。
だからこそ、トオルを見抜いたチェルソは笑ったのだが……気になることが一つだけ。
一瞬、黒髪黒眼のトオルの背後に、メガロジョーの巨体の幻影が見えた気がしたのだ。
(……面白い存在だ。なぜだか底も見えなかったしね)
振り返ったチェルソは、トオルの背中を見て楽しそうに笑った。
◆
女王の試練。
フェイレーン王国の男なら、一度は受けてみたいと言われるその試練を受けるため、トオルは王城の一室に通された。
「はじめまして。インザーギ領のカンナ村出身のトオルと申します!」
「うむ。よく来てくれたのじゃ、トオルよ」
そこで待っていたのはセラフィーナ女王、ではない。
宰相だ。
女王を支える最高位の官職の老人が、トオルのことを待っていた。
使者のクレメンテから事前に聞いていたので、特に驚きはしないトオル。
宰相に促されてソファに座り、案内をしたクレメンテは部屋から退出して外で待機する。
「遠路遥々、ご苦労じゃったな。私が宰相を務めておるモデストじゃ」
名乗った宰相はテーブル越しに手を伸ばしてトオルと握手を交わす。
雰囲気も声も熟成されたような深みの塊だ。
対面するトオルがまるで赤子。そう思えてしまう宰相の口から、今回の試練の説明を受ける。
「すでにクレメンテから聞いておるじゃろうが、改めてもう一度。女王の試練とは――」
女王の試練とは、直属の部下である『花紋王隊』を選ぶためのもの。
代々の王や女王から脈々と引き継がれる、歴史ある試練の一つである。
それが行われるのは『女王の庭』。
巨大な花畑に囲まれた王都フレグラシアの西に見える、さらに巨大な一枚岩の上が試練の場だ。
小国程度なら収まりきる、その超巨大一枚岩。
そこで行く手を阻む強力な魔物を撃退しながら、最奥を目指して進んでいき、
歴代の王族が眠る墓に、花を供えるというのが試練の内容である。
「その試練を突破して初めて、女王様に謁見できるのじゃ。残念ながら、失敗した者はそのまま帰ってもらうことになる」
「はい。承知しております」
宰相の言葉に一つ一つ頷くトオル。
頼れるのは己の力のみ。
『回復魔法』と『転移魔法』の二人の従者はつくが、それは緊急事態に備えてのもので、基本は関与してこない。
「ポーションとMPポーションはそれぞれ三本まで支給じゃ。そして制限時間は二十四時間。それまでに花を供えるのじゃ」
「……はい」
宰相からの説明が終わり、トオルは日本式に頭を下げてから部屋を出る。
その際、ザッパローリ元男爵家の紋章も渡しておく。
亡都ザパハラール解放の時に得た悲劇の貴族家の紋章を、これで宰相伝いに主(女王様)に返すことができた。
「……ふう。こっちはこれでよし、と」
――残すは女王の試練のみ。開始は明日の日の出と同時だ。
つまり、リミットは明後日の日の出まで。
それまでにトオルは『女王の庭』を進み、最奥にある王族の墓にたどり着かねばならない。
「まあ、気楽にいきますか。記念受験気分で……と言ったら怒られますかね?」
「いえ、そんなことはありません。そもそも女王様の試練を受けられるだけで名誉なことですから」
部屋から出たトオルは外で待っていたクレメンテと合流。
ものの十数分で用を済ませて王城から出ると、ここでクレメンテとも別れて、マルコたちが待つ宿を目指す。
(明日の未明には迎えが来るらしいけど……。それでも寝坊は厳禁の極みだな)
若干、早くも緊張してきたトオル。
イザベリスやアルヘイムよりも多くの人々で賑わい、あちこちに花壇の花が咲く王都の景色を楽しむ余裕は……ちょっと今はない。
――とにもかくにも、もうやるしかない。
女王の試練に命の危険は当然、つきものだ。
それでも、近年は突破者だけでなく死者も一人も出ていなかった。
「これまでの経験に比べれば、だな。サポートもちゃんとしているっぽいし、まあリラックスして臨みますか」
フーッと息を吐き、トオルは美しき『花の都』をゆく。
花壇の花の香りが街中に溢れているが……実はその中に、
王都にも伝わっていた、フライドポテトの匂いも混じっていて――トオルの緊張をほぐすのに役立ったのだった。




