第60話 女王の使い
「じ、じじょ女王様から……?」
海賊連合との戦いから早くも一週間が経った。
アルヘイムの海で冒険者生活(たまに漁の手伝い)を送っていたトオルは、また伯爵の屋敷へと向かっている。
三度目となる今回、そこに同行するのはマルコと犬猿雉トリオ、そしてウーゴだ。
すでにほかの村人十一人はそれぞれの島へと戻っている。
もう二度と会えないはずだった家族と再会し、元の生活に戻ったのだ。
……ただ実は、多くの者がトオル隊に残りたいと志願していた。
とはいえ、あまり大所帯になっても大変なのは事実。
トオルが「得た力で島の治安を守ってくれ」と説得して、ほかの海賊や魔物対策で地元の島に残ってもらったのだ。
「まさかの展開だし。まあでも、トオル隊長なら全然、おかしなことじゃねえし」
その中でただ一人だけ。
親も親戚もいなければ、ついていくと譲らなかったのがウーゴである。
相変わらずの力強い目と、その下の強烈なクマの眼差しを受けて……新たにトオル隊に入隊(?)していた。
そんなトオルたちが伯爵の屋敷を訪れる理由は、何を隠そう女王からの使いである。
フェイレーン王国女王、セラフィーナ=フェイレーン。
王都にいるこの国のトップからの使者が、トオルに会うためにアルヘイムまで来るというのだ。
(俺、何かしでかしたっけ? ……いやまあ、色々と暴れてはいるけど)
とにもかくにも、無視などできるはずもなく。
この件を伝えてきた伯爵の屋敷に、これまで以上の緊張で向かうトオルたち。
いつも通りに門番に通されて、庭を歩いて玄関の前で出迎えた執事と挨拶を。
そして応接間に通されたあとに伯爵も入ってきて、海を眺めながら待っていると……。
「お初にお目にかかります。私の名はクレメンテ、女王様から預かった手紙をトオルさんに届けに参りました」
最後に入ってきたのは、尖がった耳の紳士なエルフだ。
これぞ見本のような優雅な挨拶をするクレメンテ。
スーツにも似た紺色の礼服に身を包んだ使者は、ソファへとゆっくり腰を下ろす。
そうして、対面する緊張気味のトオルに――蝋で封をされた一枚の手紙を手渡したのだった。
◆
「……し、試練……ですか?」
「はい。トオルさんはそれを受けるに値する実力があると判断致しました」
女王の使者である紳士なエルフ、クレメンテから手紙を受け取ったトオル。
それをマルコたちと読んで、クレメンテがわざわざ王都から来た理由を知ることに。
「トオルよ、これは大変名誉なことだぞ。何せあの『花紋王隊』だからな!」
と、興奮気味に言うのは同席する伯爵だ。
――そう、『花紋王隊』。
女王からのトオルへの手紙には、それに関してのことが書かれてあった。
『花紋王隊』とは女王直属の部隊のことだ。
実力を認められた精鋭のみが所属を許される、王国の全戦闘職の憧れとも言っていい存在である。
ちなみに、女王の護衛を務める近衛部隊とは違う。
あっちはあくまで領主軍所属で、女王の直属の部下というわけではない。
「女王様の試練――。その試練をぜひ、トオルさんには受けてほしいのです」
紳士エルフのクレメンテが、改めて自身の言葉でも伝える。
どこかの領主軍の兵や冒険者かは問わず、実力を認められた者にだけ届く推薦の手紙。
……ただし、待ちうけるのは過酷な試練だ。
それを突破しなければ、『花紋王隊』になることはできない。
「試練を突破できる者はごく稀であります。高い実力者であっても、ほとんどがなれないと聞くのでありますよ」
「俺も島の冒険者から聞いたことがあるぞ。女王様の試練ほど厳しいものはねえって」
伯爵と同じく興奮気味なマルコとウーゴ。
トオルと犬猿雉トリオはあまりピンと来ていないが、とにかくスゴイことなのは理解できている。
「な、なるほど」
「はい。ですからトオルさんには女王様の試練を受けてほしいのです。『花紋王隊』の席はいつでも空いておりますので」
現在の隊員数はわずか五名。
試練を突破できるほどの精鋭中の精鋭――最強クラスの最上級職はいくらいても困るということはないのだ。
「トオルさんの功績はすでにインザーギ伯爵やアドルナート伯爵の報告で聞いております。腕狩り、スタンピード、亡都ザパハラール。女王様もとても驚いておりました」
「――そして、バルトロ海賊団の討伐もだな。クレメンテ殿」
「え? バルトロ海賊団!?」
と、ここで。
クレメンテに対して誇らしげに言ったのは伯爵だ。
すでに女王への報告で使者を放ったが、ちょうど入れ替わる形になったのだろう。
つい一週間前にトオルが挙げた新たな功績。
それを伯爵の熱い語りで聞かされたクレメンテは、大きく目を見開いて驚いた。
「まさかあのバルトロ海賊団まで……。しかもほか四つの海賊団も纏めて、ですか。……これはもう我々としては、何が何でも試練を受けていただきたいですね」
トオルの目を真っすぐと見たまま、うんうんと頷くクレメンテ。
「…………、」
対するトオルはというと、突然のことに驚きはしたが……正直なところ満更でもない。
女王の試練を受けるなら王都にいく必要がある。
マルコからは『花の都』と呼ばれる、世界一美しい街だと聞いている。
だからいずれ行ってみたいとはカンナ村時代から思っていた。
(映えそうな感じがムンムンの極みだしな。今なら乗せて行ってももらえるみたいだし)
もし試練を受けるならば、このままクレメンテとともに王都に行くことも可能。
女王の使者に相応しい、専用の特殊な馬車に乗って移動することもできるのだ。
――さらに詳しい説明では、『花紋王隊』は普通の領主軍とは違って、
領主軍のように一つの場所に常駐はしない。
問題がある場所に赴き、女王に代わってその力をもって解決に当たるのが仕事だ。
(なるほど。ということは……)
だからこそ、トオルの思いとは合致している。
もっと王国中を回って多くの景色を心のシャッターに収めたいトオル。
現在の冒険者ほどではないにしろ、『花紋王隊』も自由な部分はあるので、ちょうどいい話ではあった。
「……決めました。試練を受けようと思います。まあ、あまり自信はないですけども」
「おおっ、本当ですか、トオルさん!」
「よく言った、トオル! ……フフ、もしカーティアの夫確定のトオルが『花紋王隊』になれば――ほかの貴族連中も文句は言えまい!」
「……え? いやちょっと伯爵? あくまで俺は夫候補筆頭だったのでは??」
ある意味、記念受験。――こうして、面会から十数分でトオルの次の目的地が決定する。
カンナ村から始まり、イザレーナ、イザベリス、ザパハラール、アルヘイムときて、ついに王都にいくことになったのだった。




