第59話 特大の褒美
「失礼します! またお招きいただきありがとうございます!」
「ああ、よく来てくれた。待っていたぞ」
無事にアルヘイムの街へと帰ってきたトオルたち。
その翌日、伯爵に呼ばれたトオルは一人で屋敷へと足を運んでいた。
そして、前と同じく応接間に通されて伯爵の前へ。
大きな窓から海を眺められる部屋で、トオルと伯爵はソファに座って対面する。
「トオルよ。今回の活躍、まことに見事であった」
「はっ。ありがとうございます」
トオルが呼ばれた理由は、ほかでもない海賊討伐の件だ。
もしあのまま海賊連合を放置していたらどうなっていたか。
知らずに視察で海に出た伯爵は、海上にて五つの海賊団と交戦。
切り札のメガロジョーの存在もあり、今頃は海の底に沈んでいただろう。
――つまり、護衛につくはずだったリカルドとカーティアも同じ運命に。
戦力が足りずに敗北を喫し、アドルナート伯爵家は三人を失っていたのだ。
「インザーギ伯爵と同じだな。我々もまた、トオルに助けられたというわけだ」
伯爵は改めて礼を言う。
すべての原因は海賊への締めつけの強化。そのせいでまさか海賊団同士が結集して、自分の命を狙ってこようとは予想していなかった。
「まあ、本当にヤバそうの極みでしたからね。止められてよかったです」
一方のトオルはというと、そこまで自分がスゴイことをしたとは思っていない。
そもそも一人でやったのではないのだ。
十七人の戦闘員(と漁師のネロ)の全員で、海賊連合を打ち破ったのだから。
……とはいえ、褒美を受け取る気は満々である。
一通り伯爵からの感謝の言葉を受け取ってから――いよいよ本題に入ることに。
「では、持ってきてくれ」
伯爵の一声に執事が扉を開けると、応接間にメイドが台車を押して入ってくる。
そこに乗っているのは一つだけではない。
三つの褒美がキレイに並べられた状態で、功績を挙げたトオルの前に止まった。
「まず一つ目は褒賞金だ。これにはバルトロら海賊団の船長の懸賞金も含まれている」
でっぷりと太った大きめの巾着袋。
中身は大金貨が三十枚と、三千万ゼニーもの大金が入っている。
内訳は五人の海賊の懸賞金分で九百万ゼニーだ。
バルトロ一人が五百万で、残る四人が一人百万づつである。
「おおお……」
「次に魔道具だな。これは我が領主軍の幹部格のみが装備するものだ。本当ならトオル隊の人数分を揃えてやりたいところだが……すまん。一つしか用意できなかったのだ」
「い、いえ! 貴重な魔道具をもらえるだけでありがたいです!」
巾着袋に続いては、指輪の形をした魔道具が。
『幽魔の指輪』。
指にハメて装備をすれば、スキルの消費MPが一割減少するという効果を持つ。
「――そして、最後にこれを。今度こそ正式に受け取ってくれ」
「え? い、いいのですか!?」
トオルが最後に受け取ったのは、見覚えのある拳大サイズのものだ。
剣と波の模様が刻まれた金属のプレート。
すなわちアドルナート伯爵家の紋章であり、約一週間前にトオルが返却したものだった。
「もちろんだ。ぜひ受け取ってくれ。今回の功績に応えるには、我がアドルナート家の信頼こそ相応しいだろう」
「……分かりました。では今度こそ、ありがたく頂戴致します」
「ああ、大事に持っていてくれ。もし何か困ったことがあれば、いつでもその紋章を出せばいい」
紋章を受け取って、トオルは大切に魔法袋にしまう。
一つだけでも効果絶大な伯爵家の紋章だ。
それがインザーギ伯爵家のものと合わせて、正式な形で二つも所持することになった。
(ありがたやありがたや。まあでも、できれば使わざるを得ない状況にはなりたくないけど)
――こうして、伯爵からのすべての褒美を受け取ったトオル。
その後にマルコや犬猿雉トリオ、さらには漁師のネロやウーゴら十二人の元捕らわれの村人たちも屋敷に招待されて、
十八人の客人が揃ったところで、盛大な食事会が開催された。
「ほ、本物の伯爵だ……!」
「こ、これが貴族……!」
「き、緊張して味がしないわ……」
「リカルド様とカーティア様までいるよ……?」
……とまあ、何人かは伯爵家の面々と屋敷の雰囲気に終始、ガチガチだったものの、
食堂ではなく大広間で行われた、賑やかな立食形式の食事会。
料理長が腕を振るい、数々の揚げもの料理も出たその食事会で――海賊と戦った勇敢なる者たちは感謝され労われたのだった。
◆
「……失礼します。父上」
「ああ。夜遅くすまんな、リカルド」
その日の夜。
夕食も済んで静まり返った屋敷の執務室に、長男のリカルドはやってきた。
次期伯爵であり、アルヘイムの領民たちからの人気も高いリカルド。
顔や実力だけでなく頭もいい彼は、父である伯爵が自分を呼んだ理由を分かっていた。
「トオルは……想像を遥かに超える男だな。素晴らしい逸材だと分かっていたつもりだったが、まさかこれほどとは」
「ええ、本当に。トオルを見抜いたカーティアの眼力、我が妹ながら恐れ入りましたよ」
ずばり、トオルだ。
カーティアが自分自身で見つけた夫候補筆頭。
黒髪黒眼と顔の大きな傷が目を引く、謎の多い男である。
「単刀直入に聞こう。リカルドよ、トオルはどうだ?」
「はい。平民の血で出自も不明ですが……あの実力と人柄の前では、大したことではありません」
「ほう。……つまり?」
「私は賛成です。むしろ兄として、こっちからお願いしたいくらいですよ」
比較対象はほかの貴族の息子たち。
位が上の侯爵から下級貴族の男爵まで、カーティアに求婚する貴族の息子は枚挙にいとまがない。
「……そして職業はパパラッチか。聞いたことはないが、未知の最上級職という認識で間違いないだろう」
約一週間前にはリッチ級の魔道士タイプ。
それが巨大無人島から帰って来た今では、さらに強力かつタイプも違うメガロジョー級となっていた。
――加えて、最弱な存在として知られる村人たちの強化である。
一人だけでも充分であるのに、下級職の平均レベルを大きく超えた戦力を揃えたのだ。
「腕狩りの討伐に始まり、イザベリスのスタンピードに亡都ザパハラールの解放。さらに海賊連合の壊滅、か」
「この短期間でこれほどの功績を……。前代未聞とはまさにトオルのことですね」
その実力にもはや疑いの余地はなし。
もし剣聖のリカルドと本気で刃を交えても、互角以上に戦えるはずだ。
鍛え抜かれた肉体から『彫像伯爵』とも呼ばれる伯爵。
まず第一に戦場での実力を重要視する彼は、白い歯を見せてニカッと笑う。
(少し見極めさせてくれなど……今思えば失礼極まりなかったな)
今回の件で命も救われる形となったアドルナート伯爵家。
息子であるリカルドの意見もあり、大きくトオルの立ち位置を修正することにした。
つまりは夫候補筆頭から夫確定へ。……ある意味、紋章よりも特大の褒美だ。
「フッフッフ。修行に没頭しすぎて行き遅れたと心配していたが……」
「はい。まさに待ったかいがありましたね」
本人の知らぬところで、伯爵と次期伯爵からもお墨付きをもらったトオルは――正式に夫確定となったのだった。




